Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

25年目の弦楽四重奏

2013年08月12日 | 映画
 ロングラン上映中の映画「25年目の弦楽四重奏」。前から気になっていたが、グズグズしていたら友人から推薦された。背中を押されるようにして観に行った。

 ある弦楽四重奏団の話。25年間演奏活動を続けてきたが、最年長のチェロ奏者が初期のパーキンソン病と診断され、引退を決意する。それを機に揺れる他の3人。今まで封印してきた個人的な感情も噴き出し、崩壊の危機にさらされる。

 濃密な映画だ。4人それぞれの個性が明確に描かれ、さらにそれらの絡み合い(=葛藤)も克明だ。弦楽四重奏の4本の線の絡み合いに似ている、といえなくもない。そういえば、4人の個性も弦楽四重奏の各パートの性格に似ている。第1ヴァイオリンは冷徹に演奏を引っ張る。第2ヴァイオリンは陰影や揺れを添える。ヴィオラは両者に寄り添う。チェロは全体を支える。もちろん実際には各パートの性格、あるいは力学はさまざまだろうが、その最大公約数が捉えられている。

 彼らが演奏しようとする曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131。この映画にはこの曲しかないという感じだ。他の曲だったら――それがモーツァルトであれハイドンであれ――この映画は成立しなかったろう、とさえ思う。ベートーヴェン最晩年の曲。「深遠な」とか「哲学的な」とかいう言葉さえ一面的な気がする曲。シューベルトやストラヴィンスキーの心を捉えた曲だ。

 映画のなかではブレンターノ弦楽四重奏団が演奏している。

 個人的な思い出になるが、少しだけ脇道に入らせてもらうと、まだ大学生だったころ――今から40年も前のことだ――クラスの友人がこの曲のレコードを貸してくれた。ブッシュ弦楽四重奏団の演奏、SPレコードの復刻版だった。それを聴いたときの衝撃が忘れられない。今まで経験したことのない深さだった。それ以来どの演奏を聴いても、ブッシュ弦楽四重奏団には及ばないと思った。

 正直な話、もう他の演奏は諦めていた。でも、ブレンターノ弦楽四重奏団はいいかもしれない。現代的な若々しさがあったような気がする。

 ラストシーンにブレンターノ弦楽四重奏団のチェロ奏者が登場する。その演奏はものすごい迫力だ。もう一人、チェロ奏者の亡くなった妻の役でアンネ=ゾフィー・フォン・オッターが登場している。じつは俳優が演じて、だれかが吹き替えをやっているのだろうと思っていた。さすがに絵になる。
(2013.8.9.角川シネマ有楽町)

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