Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ナチス、偽りの楽園

2011年05月02日 | 映画
 ドキュメンタリー映画「ナチス、偽りの楽園」をみた。すぐれた俳優であり、映画監督でもあったクルト・ゲロンの、ユダヤ人であるがために、ナチスに翻弄された人生を描く映画。不条理な力によって悲劇の人生を強いられたゲロンを通して、当時の社会が浮き上がってくる。

 ゲロンは俳優として、さらには映画監督として、成功した人生を歩んでいた。ベルリン郊外の、湖に面した高級住宅地に豪邸をかまえた。当時はナチスの台頭期だった。ユダヤ人への迫害は日増しに激しくなり、ゲロンはパリに逃れた。やがてオランダに移り、アムステルダムで捕えられた。テレージエンシュタット(ドイツ語の地名。元々は、そして現在でも、チェコのテレジン)の強制収容所に送られた。

 テレージエンシュタットの強制収容所は、ナチスが第二次世界大戦中に建てた各地の強制収容所のなかでも、特異な存在として知られている。そこにはオーケストラがあり、作曲もおこなわれていた。もちろん人道的な理解があったわけではない。連合国側をあざむくプロパガンダだった。

 よく知られているエピソードだが、1944年に国際赤十字社とデンマーク赤十字社の査察があった。ドイツおよびその支配地域から姿を消したユダヤ人たちの運命について、疑問の声が高まったからだ。ナチスはユダヤ人たちに、査察官を笑顔で迎えさせ、サッカーの試合をさせ、オペラを上演させた。査察官たちはだまされた。

 驚くべきことには、本作にはその映像が出てくる。書物でしか知らなかった史実。しかも、当時26歳だったという査察官が、後年、インタビューに答える映像も出てくる。わたしは今まで、査察官が気付かなかったとは、信じられなかった。しかしインタビューでは、気付かなかったと言っている。ほんとうだろうか。嘘かもしれない。が、自らそう信じこまないと、生きていけないのは確かだろう。国際社会とは、なんと無力なことか。

 合唱の練習風景も出てくる。断片的なので、曲名はわからないが、美しいハーモニーがきこえる。生殺与奪の権をにぎられ、明日(アウシュヴィッツなどの)絶滅収容所に送られるかもしれない人々は、たとえ偽装の練習風景であろうと、そのハーモニーのなかに「神」を感じなかったろうか、ほんの一時であれ、「永遠」を感じなかったろうか、と思った。すべての人々がそうだったとは言えないにしても、何人かの人々は――。

 わたしは、なにかの天啓のように、音楽の力を感じた。
(2011.5.1.新宿K’s cinema)

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