Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

カンブルラン/読響

2015年04月11日 | 音楽
 大野和士/都響のアグレッシヴなプログラミングに熱いエールを送ったばかりだが、カンブルラン/読響も相変わらず尖っている。

 1曲目はリーム(1952‐)の「厳粛な歌‐歌曲付き」。歌曲付きという添え書きは奇妙な感じがするが、楽譜出版元のホームページを見ると、歌曲部分を付けて演奏することも可能だし、オーケストラ部分だけを演奏することも可能な曲とのこと。

 オーケストラ編成は、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、トランペットの高音楽器を欠く特殊編成。チューニングはイングリッシュホルンとヴィオラの首席によって行われた。珍しい光景だ。

 そういう特殊編成のオーケストラ部分は、低く蠢くような音型が延々と続いた。クラリネットやイングリッシュホルンに旋律のようなものが出るが、あまり印象に残らない。色を失った音楽。灰色の音楽。正直いって、あまり面白くなかった。

 だが、最後のほうになって、バリトン独唱(独唱者は小森輝彦)が入ると、途端に色が出た。前述の蠢くような音型にバリトンの声が――蔦が絡まるように――浮遊するような曲線を付ける。俄然面白くなった。でも、歌曲部分はそれほど長くはなかった。また元のオーケストラ部分が戻ってすぐに終わった。ともかく、演奏が歌曲付きでよかった。オーケストラ部分だけだったら、なにがなんだか分からなかったろう。

 2曲目はブルックナーの交響曲第7番(ノーヴァク版)。音が明るい。透明な叙情の世界。カンブルランのブルックナーはこうなのか――。これもブルックナーだ。ブルックナーの本質に触れている。それが発見だった。

 第1楽章コーダに猛烈なアッチェルランドが付いていた。正直、度肝を抜かれた。そういえば、提示部の第2主題の高まりの、ピークの直前にもアッチェルランドが付いていた。あのときは、なにが起きたのか分からなかった。

 第2楽章の第2主題が大きな弧を描いて演奏された。ハッとしたほどだ。歌い方の大きさもあるが、リズムに弾みがあったから、そう感じたのだ。しなやかなリズムの弾み。それはカンブルランの指揮姿に重なっていた。

 第3楽章を結節点として、第4楽章は鳴りに鳴った。豪快な響き。巨大なブロックが見渡す限りいくつも並んでいるインスタレーションのような演奏だ。デジタル思考のブルックナー。ブルックナーにはそういう一面もある。これも発見だった。
(2015.4.10、サントリーホール)
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大野和士/都響のB定期

2015年04月11日 | 音楽
 今気が付いたのだが、4月3日に聴いた大野和士/都響のB定期の記録が消えていた。いつから消えているのだろう。ともかく、なにかの拍子に誤った操作をしたようだ。記憶を頼りに復元することも面倒だから、そのままにしておこうかとも思ったが、大野和士/都響の新たな船出を祝う定期なので、拙いながらも記録にとどめておきたい。

 B定期はシュニトケの「合奏協奏曲第4番=交響曲第5番」とベートーヴェンの交響曲第5番「運命」というプログラムだった。そのアグレッシヴな姿勢に熱い共感を覚えた。多少前のめりかもしれないが、それくらいのほうがいい――。

 音楽監督就任の定期。その定期によくシュニトケのこの曲を持ってきたものだ。第1楽章は、矢部達哉のヴァイオリンと広田智之のオーボエ、そしてチェンバロ(今プログラムをよく読んだら、鈴木優人と明記されていた)を独奏群とする擬バロック的な音楽だが、どこかにシュニトケらしい苦味もあった。

 第2楽章は、マーラーの若書きのピアノ四重奏曲の第2楽章(未完)のテーマを素材とした音楽(片山杜秀氏のプログラムノートによる)。原曲を知らないので、原曲からシュニトケのこの音楽に変わる過程はつかめないが、音の動きを追うだけでも飽きない、そんな音楽だ。

 第3楽章は(暗いレントの序奏を伴う)シュニトケらしい狂騒のアレグロ。エネルギーが渦巻き、饒舌極まりない。全体構成の把握は困難。ただもう呆然と聴くしかない。一転して第4楽章は悲しみのレント。晩年の苦渋はまだなく、透明な空気が漂っている。夕暮れの情景。

 ざっとこんな音楽だった。音楽監督就任後の初定期ではあるが、若いころから培ってきたパートナーシップがあってこそできるプログラミングだ。守りに入らない攻めの姿勢が好ましい。

 「運命」は、弦は16型、木管とホルンは倍管の編成だったが、少しも重くない。ことに第1楽章は快速テンポで進み、例の冒頭の音型が無限に連なっていく様子が、まるで目に見えるようだった。

 前回書いたように、4月8日のA定期はマーラーの交響曲第7番だった。興味深い点がいくつかあったが、全体としてはB定期のほうが、今後の可能性を期待させた。問題意識の高い大野和士と、今それを受け止める状態にある都響のことだから、刺激に満ちた、音楽のフロンティアを開拓する演奏活動を期待したい。そんなエールを送りたい。
(2015.4.3.サントリーホール)
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