Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

日本管弦楽の名曲とその源流(12)

2011年01月25日 | 音楽
 都響の1月定期のAシリーズは「日本管弦楽の名曲とその源流」の12回目。今回は西村朗さんとアンドレ・ジョリヴェを組み合わせたプログラム。指揮は先日のBシリーズと同様アメリカの若い指揮者ヨナタン・シュトックハンマーさん。

 1曲目は西村さんのサクソフォン協奏曲「魂の内なる存在」。サクソフォン独奏は須川展也さん。西村さんはプレトークで、「ジャズっぽくきこえるかもしれませんが、音は全部書いてあります」といっていた。たしかにジャズ、それも即興的なフリージャズのようにきこえる。言い換えるなら、不定形なものを、合理主義で割り切らずに、あえて不定形なまま引き受けようとする潔さ。演奏終了後、指揮者は指揮棒を下ろさず、ホールは長い静寂に包まれた。

 2曲目はジョリヴェの「ハープと室内管弦楽のための協奏曲」。ハープ独奏は吉野直子さん。ジョリヴェは若いころにオリヴィエ・メシアンらとともに「若いフランス」を結成して、当時の新古典主義に反旗を翻した――といわれるが、この曲は新古典主義的な明るさと軽さにみちている。作曲年代は1952年。急進的な前衛音楽が盛んだったころ。それと対比すると、なにか不思議な感じがする曲だ。

 3曲目は西村さんの「幻影とマントラ」。3楽章構成の曲。第1楽章ではオーケストラが凄まじい音で咆哮する。前出の「魂の内なる存在」に比べると、書法の簡潔化が目立つ。第2楽章は一転して弦楽四重奏を弦とハープが包みこむ静寂と瞑想の音楽。あえていうなら、アルヴォ・ペルト風。アタッカで入る第3楽章は、前半、第1楽章では見出せなかった魂の叫びが感じられる。後半のクロマティックゴングを基調とする美しい音楽は、なにかを突き抜けて、無限の世界が広がるようだ。この曲でも、演奏終了後、ホールは長い静寂に包まれた。

 4曲目はジョリヴェの「ピアノ協奏曲」。ピアノ独奏は永野英樹さん。1951年の初演のときには「春の祭典」以来の大騒動になったと伝えられる曲だ。今きくと、西洋音楽の枠内におさまっていて、西村さんの曲と並べると、こういっては語弊があるが、ある種の呑気さが感じられた。前出のハープ協奏曲もそうだが、ジョリヴェという人は、師のエドガー・ヴァレーズのようには時代を超えた存在ではなく、むしろ西洋音楽の伝統にどっぷり浸った人かもしれない。

 どの曲もきわめてクオリティの高い演奏。3人の独奏者はいうまでもなく、都響のアンサンブルと表出力もハイレベルだ。指揮のシュトックハンマーさんも音楽的能力がひじょうに高い。
(2011.1.24.東京文化会館)
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