Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

愛の白夜

2009年05月09日 | 音楽
 1940年にリトアニアのカウナス日本領事館領事代理であった杉原千畝が、外務省の指示に反して大勢のユダヤ人にビザを発給し、おそらく6,000人ほどの命を救ったとされる逸話をオペラにした「愛の白夜」。台本は辻井喬、作曲は一柳慧(いちやなぎとし)で、2006年2月に初演されたが、今回一部改訂して再演された。
 私は初演をみて大いに感動した。そこで今回も期待をこめて出かけたが、結果は――。

 結論を先にいうと、今回は初演のときに感じた異様な熱気がなく、妙に淡々とした演奏だったので、作品のいろいろなことが気になった。

 演奏は、歌手、合唱、オーケストラ、いずれも初演のときと同じメンバーだが、指揮者が外山雄三さんから大友直人さんに変わっている。そのせいなのか、あるいは初演と再演のちがいなのか、いずれにしてもどこかさめたところがあり、安全運転に終始した。

 こうなると、作品のことが気になりだす。まず音楽面ではパワーの乏しさ。日本語のリズム処理はよく考えられていると思うが、音程的な魅力がいまひとつだ。
 個々の場面では、千畝がビザ発給を決断するときの間奏曲は表現主義的で、このオペラの一番のききどころだと思うが、前後の脈絡がなく唐突にきこえる。酒場の場面でのアコーディオンの使用や、夜の公園の場面でのリトアニアの作曲家チョルリョーニスの引用などは成功しているが、前奏曲と若い恋人たちの二重唱に出てくるワルツはすこし安っぽい。

 台本面では、悪の存在をゲシュタポのオットーひとりに負わせて、ほかの人物はすべて善意の存在であるため、ドラマの骨格がひ弱に感じられる。ほんらいは逆のはずで、圧倒的な悪の存在があってこそ、理想家肌の千畝の人間性が生きてくると思うのだが。

 今回の改訂では、初演時の3幕5場の構成から2幕6場の構成に変わっている。初演時の第2幕第2場をふたつに割って、その前後を第1幕と第2幕にした形だ。理由はあるのだろうが(推測するなら、千畝とその妻の愛の二重唱で第1幕を終わりたかったのか)、私には第1幕はあっさり終わってしまって、拍子抜けだった。
 そのほか、音楽的にすっきりしたように感じるが、初演時の記憶がそんなに残っているわけではないので、断言はできない。

 千畝の逸話は世界につながる貴重なものなので、できることなら世界と対話し、共感を広げるオペラを望みたいところだが、「愛の白夜」はその点でどうか。
 残念ながら、このオペラは千畝の苦悩を共有しているとは感じられず、美談のレベルにとどまっている。全体的に甘い情緒が支配し、それが私の共感を薄める。
(2009.05.08.神奈川県民ホール)
コメント
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