Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

読響の12月定期

2008年12月16日 | 音楽
 読響の12月定期は、広上淳一を指揮者に迎えて、次のようなプログラムが組まれた。
(1)ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(ヴァイオリン:ルノー・カプソン、チェロ:ゴーティエ・カプソン)
(2)ブラームス(シェーンベルク編曲):ピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)

 二重協奏曲はブラームスの晩年の作品で、オーケストラ曲としては最後の作品だ。ブラームスはこの後、まだ室内楽の傑作をかく仕事が残されているが、オーケストラ曲にはもう戻らなかった。また、シェーンベルクの編曲は、第二次世界大戦の勃発をうけて、アメリカに渡った後の仕事だ。すでに主要な作品はかきあげていて、この後はピアノ協奏曲などわずかの作品しかかかなかった。
 つまり、2曲とも、ブラームス、シェーンベルクそれぞれのオーケストラ書法の最後の時期のものだ。実に渋いプログラムで、期待値は高まった。

 二重協奏曲はカプソン兄弟の艶やかな音色が印象に残った。オーケストラも明るい音色だった。弦が第一ヴァイオリンから順に12‐10‐8‐6‐4の編成で、第一ヴァイオリンがコントラバスの3倍あることも影響している。全体的に色彩感の豊かな華やぎのある演奏で、これが晩年のブラームスだろうかと思ったが、よく考えてみると、この曲をかいたときのブラームスは54歳、ふつうならまだ若いのだ。

 シェーンベルクのこの編曲は、いつきいても衝撃的だ。ブラームスの室内楽が巨大なオーケストラに変貌していることはもちろんだが、さらに、たとえば第2楽章以降の木琴の使用など、ブラームスでは考えられないオーケストレーションになっている。いってみれば、第1楽章、第2楽章と楽章を追うにしたがって、ブラームスの下地からオペラ「モーゼとアロン」をかいたシェーンベルクが顔を出す。
 広上淳一は全身を駆使して、この曲を極限まで大きな振幅で表現した。私をふくめた聴衆は、指揮者の百戦錬磨の手腕とオーケストラの優秀さに盛んな拍手をおくった。

 けれども、会場を出て、帰路につきながら、2曲とも楽天的だったかなと思った。
 ブラームスは、不器用な性格で、とくに晩年は友人との不和に苦しむことが何度かあった。二重協奏曲は、長年の盟友ヨアヒムとの仲たがいに悩んでいたブラームスが、和解のためにかいた曲だ。
 また、シェーンベルクは、ユダヤ人としての出自のためにナチスに追われ、ヨーロッパを去った。なぜこの編曲をしたかは、シェーンベルク自身が語っているが(「この曲が好きだが、めったに演奏されず、しかも演奏されるときは、ピアノが大きすぎてすべての音がきこえないことがあるから」という趣旨)、私見では、ヨーロッパにたいする郷愁もあったのではないかと思う。
 そういった人生のわだかまりは微塵も感じられず、ともにピカピカに磨かれた演奏だった。
(2008.12.15.サントリーホール)
コメント (2)
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