これからの地震研究は先史時代まで
本格的にさかのぼる必要がある
――米国の地球物理学者が緊急提言
東日本を襲った今回の大地震は、米内務省傘下で、地球科学の代表的な研究機関であるUSGS(米地質研究所)の研究者たちにも衝撃を与えた。近年、世界各地で相次ぐ大地震とは関連はあるのか。そもそも今回の大地震はなぜ想定できなかったのか。東北大学と共同研究に携わるなど、日本の地震予知研究事情にも詳しいUSGSの上級研究者、スティーブ・カービー博士に聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト、瀧口範子)
スティーブ・カービー(Steve Kirby)米国の地球物理学者。1968年から米内務省傘下の米国地質研究所(USGS:United States Geological Survey)に所属、現在は上級研究者。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で地質学および地球物理学で博士号取得。17年以上にわたって、沈み込み帯(一方のプレートがもうひとつのプレートの下へと沈み込む地帯)の地質・地震研究に携わってきた。2004年から東北大学地震・噴火予知研究観測センターの招聘研究者として、教壇にも立つ。
――震源域がこれほどまで広範囲におよぶ超巨大地震が、東日本を襲うことを予想していたか。
マグニチュード(M)の大きさといい(M9.0)、今回の東日本大地震は、率直に言って、われわれ地震予知にかかわる研究者の想定を超える地震だった。1933年の昭和三陸地震以降、福島、宮城、岩手付近ではM7レベルの地震がたびたび起きているが、今回は(岩手県沖から茨城県沖の南北約500キロ、東西約200キロにおよぶ)広範な震源域で大規模な地震が連動して起こったとみられる。まさに、1000年に1度の大地震といっていい。
――スマトラ沖、中国、チリ、ニュージーランドと近年大地震が相次いでいるが、これらは関連しているのか。
地球科学者のあいだでは、関連はないというのが大方の見方になっている。チリと日本との間に、直接的な応力の伝達があるとは思われない。だが、一部の研究者からは、地震波は遠距離にわたって伝達されるという見解も示されている。少数派の意見だが、こうなると、無視すべきではないだろう。
――今回は地震自体よりも津波による被害が甚大だった。
岩手県釜石市のあたりを船から視察したことがあるが、津波防御壁や津波ゲートが設けられていたものの、1896年(明治三陸地震)、1933年(昭和三陸地震)の津波で被害にあった同じ地域に建造物が建てられていたのを覚えている。
防御壁を信頼してまったく同じ被災地に住居やビルを建てていたわけだ。
人々が海岸沿いに住みたがるのは、アメリカでも同じだ。だが、海岸は嵐、津波、台風などの危険に直接さらされる地域だということを忘れてはならない。日本が復興に向けて歩み出す際には、こうした地域に建設許可を与えるべきかどうかを再考する必要があるだろう。
また、福島原発が深刻な事態に陥った原因も、ニューヨーク・タイムズなどメディアの報道を信じるならば、地面の振動ではなく、津波だ。津波の高さを予測して建設していなかったために起こったものだ、と付け加えておきたい。
――今後の余震の規模をどう見ているか。
余震は続くだろうが、おそらく当初の地震に比べると小さなものだろう。だが、今回の巨大地震が隣接する他の断層システムに応力を伝達したのかどうか、それが他の地域でも地震を引き起こすかどうかは、これからの研究課題だ。分析には何週間も何ヶ月もかかるだろう。しかし、それでも地震研究はまだまだ正確に予測できるにはいたっていないのだ。
――今後の地震予知研究はどうあるべきなのか。
まず謙虚にならなくてはならない。誰一人としてこの規模の地震は予想できなかったのだから、これはある意味で地震研究の失敗だと言える。観測史上、M9を超える巨大地震は1952年以降5回(今回の東日本大地震を含めて)起こり、どれも大きな津波を引き起こしている。地震研究者は自国だけでなく、あらゆる機会を捉えて、大地震の世界的現象の研究に寄与しなければならない。
そのうえで申し上げれば、地球の先史時代における地震や津波のデータを調査する研究への投資を増やす必要がある。先史時代に地震や津波により引き起こされた地質の組成や歪みなどのデータを採集することによって、どの規模の地震や津波がどれくらいの頻度で起こったかがわかり、ひいては再発のタイミングなどに対する視野を広げることができるからだ。
――アメリカでは、先史時代の地震研究は進んでいるのか。
地震の発生確率モデルを引き出すためには膨大なデータが必要となるが、アメリカでもまだ十分なデータは揃っていない。ただ、アメリカ北西部からカナダ南西部の沖に広がるカスケード沈み込み帯の先史時代の状態については、混濁流堆積物調査を含めた地質学方法論によって調査がかなり進んでいる。
すでに1万3000年前にさかのぼって、多くの大地震や巨大津波が発生したことが、時期と共にわかっている。繰り返すが、こうしたデータがあると、どの程度の規模の地震がどれくらいの頻度で起こるかについて、大まかな予測が可能になるだろう。
実際、カスケード沈み込み帯については、発生確率に基づいた危険度マップを作成するところまでは来ている。ただ、アメリカの他の海岸地域で同様のことができているかといえば、それはまだ違う。
ちなみに、東日本でも、869年の貞観地震、1611年の慶長三陸地震による大規模な津波があったとされるが、1000年という期間も分布の地域も限られているため、全体状況が把握できない。今後の日本の地震研究にとって、先史時代の地質調査は重要なものになると考える。
ただ、地質学や地震研究だけでは、実際の社会的インパクトは測れない。地震や津波によって現実的にどういった被害が出そうなのか(あるいはどう食い止めるのか)は、それぞれの地域の建造物群、人口分布、地震への対応能力などを統合分析する危機分析の領域である。災害科学の世界はともすれば縦割りになりがちだが、この点も改めていかなければならない。