【名古屋市議選】
議会再出発(上) ボランティア化賛否
2011年3月1日
一戸建てがひしめき合う名古屋市北区の住宅地。署名集めの縁で訪問した主婦(78)と向かい合った仏間で、減税日本の荒深久明臣(49)は緊張気味に正座していた。
「金のかからない政治をします。冠婚葬祭の支出を控え、市政報告会の資料代を参加者に出してもらえば年800万円で十分です」
主婦は「若い人の仕事がない時代に、議員さんがあんなに報酬をもらっとるなんてねえ」とうなずいた。
実際、冠婚葬祭の負担は議員に重くのしかかる。名古屋市議の報酬は現在年1400万円だが、ここから政治活動費を出す点が会社員の給与とは異なる。北区で10期目を目指す自民の渡辺義郎(72)は地下鉄名城公園駅でのつじ立ちの後、こうつぶやいた。
「住民とのパイプは議員の生命線。宴席や冠婚葬祭は、市民の困り事を吸い上げる大事な機会だ。月に10万~20万円に上る出費は、年800万円の報酬では賄えん」
金がなければ、活動に限りが出る。それを踏まえ、市民に報酬額を決めてほしいと渡辺は思う。
民主の近沢昌行(40)も同じ考えだ。月18万円の事務所費は半額を政務調査費、残り半分を報酬から出す。活動報告の印刷代も、半分は持ち出しだ。
「報酬は800万円にした上で、事務所代などの経費を別途賄う方法を第三者機関で検討してほしい」
報酬問題は、市民に議会不信をたきつけた。だが報酬を少なくすれば「万能議会」になるわけでもない。
前職には「ボランティア化」への抵抗が強い。民主の服部将也(42)は、名古屋のような大都市にはプロの議員が必要と考える。
「報酬は関係ない。問題は、別の仕事をしながら年に2兆5000億円の税金の使い道をチェックできるかです。予算案を審議する議会の時には、役所で職員に説明を求め、自宅で予算書とにらみ合う。兼業では勉強が追いつかず、結果的に市民が不幸になる」
議員報酬の問題は議会定数ともからむ。定数を減らして専門性の高い議員に絞るのか、ボランティア的な議員を数多く選ぶのか。定数によって議員のありようも変わってくる。30議席減を主張する自民の小出昭司(48)は、中村区の神社で開いた座談会で20人を前に力説した。
「議員一人の仕事量を増やせば定数は減らせる。最後に問われるのは、仕事の質と政策だ」
多くの党派が定数削減を掲げ始める中、共産だけが現状維持を訴える。解散まで市議団長だった鷲野恵子(63)は、前職から定数減の声が出ることを憂う。
「議会には、幅広い市民の声が反映されるべきだ。定数の削減は民意の多様性を削ること。今の75議席は最低水準だ」
2011年3月2日
「腹でも痛くて外へ出たのだろう」。当選1回生の反乱は、同僚議員から見て見ぬふりをされた。
昨年12月8日、民主党の日比健太郎(30)は、議員報酬削減をめぐり自会派が提案した条例案の採決で本会議場から退出した。会派が一致して採決に臨む「党議拘束」に従わなかった。市民らでつくる協議会に報酬額を委ねるとの提案内容では、その後に控える市長選や市議会解散請求(リコール)の住民投票で、市長の河村たかしが掲げる半減案に対抗できないとの確信があった。
「本心では市長案に賛成し、報酬議論を早く終わらせたかった。議会を本来の政策論争の場にしたかったから。組織の決定の重みも十分理解しており、退席はギリギリの判断だった」
議場の外に出る日比を自席で見送った民主のベテラン奥村文洋(59)。会派の議論をまとめ上げる立場だ。
「何もかもを縛るわけではない。ただマニフェストを掲げる政党の公認で選挙に出ている以上、会派として一定の方向性を決める必要はある」
公明の馬場規子(55)も、政党の役割を重視する。
「有権者は政党を選ぶことで予算や議案の方向性を選んでいる。議論の上で有権者の期待に沿う意思統一は必要です」
こうした議会側の言い分に、市長の河村は「政党ごとに同じ意見なら、議員は会派の数と同じ4、5人もいればいい」と批判する。
「それは違う」と考えるのは自民の東郷哲也(39)。
「減税などの重要案件では、会派を二分する激しい議論を重ねた末に、会派として意見をまとめた。1年生議員の私もどんどん発言した」
河村の登場で、市長提案の「追認機関」とも呼ばれた議会は変わりつつある。昨年11月の議会では、議員たちが自ら議員賞与の削減案を提案した。しかし大多数の議員が削減自体には賛成だったのに、会派ごとに削減案が乱立したため、いずれも賛成少数で否決された。議員提案は以前と比べ格段に増えたが、議論を通じて多数意見を練り上げる仕組みや技量はまだ未熟だ。
当選4回の中堅で、3期目の途中まで会派に所属せず、単独で議員活動をした民主の斎藤亮人(51)。「議員力アップ」のため、議員間討議の機会を増やす必要があると考える。
「たとえば市民が市政への要望を書面にまとめて提出する『請願』の審査。市当局に議員が質問するだけで終わってしまう。本来は議会の判断が求められているのだから、請願の紹介議員に質疑をする形に変えれば、いい勉強になる」
リコール成立で、ゼロから生まれ変わろうとする議会。その名の通り、議論の場とする必要性を多くの議員が感じている。(文中敬称略)
議会再出発(下) 「住民代表」原点に戻る
2011年3月3日
新しい住宅やスーパー、薬局などが立ち並ぶ名古屋市守山区の志段味地区。宅地開発が進む一角に選挙事務所を構えた民主の鎌倉安男(53)は2月25日、支持者を前に声を張り上げた。
「政治の基本はまちづくり。志段味の皆さんの声を聞きながら、名鉄やJRで敬老パスが使えるように働き掛けていく」
守山区は市内16区で人口が3番目に多い。だが唯一、地下鉄が通っていない。鎌倉はこの格差を強調し、市バス路線の充実も訴える。近くに住む支援者の野田敬(77)は「志段味のことをよく知っている人じゃないと」と地元議員の必要性を感じている。
民主政権の支持率低迷と市長の河村たかし(62)が率いる「減税日本」の台頭。鎌倉は逆風を受ける。定数6の同区に3人を立てる減税日本と差をつけるには地元密着しかない。
そんな前職の訴えを、河村は逆手に取り「区ごとに選ばれる議員は地域代表の性格が強い。市長の政策こそ市全体の民意に沿うものだから、議会は尊重しないかん」と提案を否決する議会を批判する。
市議会の解散請求(リコール)を求め、中川区で署名集めを担当した減税日本の山崎正裕(49)は言い切る。
「市民税減税などの市長の政策を実現するために立候補する」
その他の議員活動についても、市長と相談しながら考えていく。そんな減税日本の候補者は珍しくない。
議長として市議会の声を代表してきた自民の横井利明(49)は、市長の行政運営を監視する立場の議会が、市長の言いなりになってしまうことを危ぶむ。
「市長の大政翼賛議会はいらない。議員は政策立案を競い合うもの。事業の外部評価による無駄の削減など、本会議質問で『横井じゃなきゃできない』という提案をしてきた」
そんな自負がある。でも、リコール投票で惨敗。議員の活動は、市民にはほとんど伝わっていなかった。
「何をしているか分からない議員が高い報酬をもらっている」というイメージが広がり、議会から市民をますます遠ざけていた。
2月6日のトリプル投票後、民主の立候補予定者は報酬半減の容認に傾いた。「議員はボランティアではできない」と反対していた梅村邦子(72)は、千種区で開いた座談会で力説した。
「議員報酬の話は終わりにしないと、その先の政策の話ができない。どの地域に保育所や宅老所が必要か。災害時の雨水対策は十分か。皆さんとコミュニケーションを取りながら解決していく課題はいっぱいある」
リコール投票は、前職に議員の原点を強く意識させた。選挙を経て誕生する新しい議員には、真の住民代表として議場に立つ覚悟が問われている。(文中敬称略、連載は社会部の宮本隆彦と北島忠輔が担当しました)