徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十八話 儀式前夜)

2005-06-23 15:39:28 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 修たちが帰ってしまった後、腑抜けたように黒田はソファの上で仰向けに寝転がっていた。
『修は死ぬ気だ。』そう感じた。
 紫峰を護るために…?いいやそうじゃない。子どもたちだ。あの子たちを護るために決死の覚悟をしたに違いない。二人ともに相伝をと願い出たのはそのためか…。
 
 扉が開く音がして、帰ったはずの笙子が現れた。思いつめた顔をして立っている。

 「どうしたね?」

黒田は驚いて起き上がった。

 「遺言なんてとんでもないわ。私はあの人を死なせやしない。
それには本物の一左の力が必要なの。あなたがどれだけ早く本物の一左を蘇らせることができるかにかかっているの。」

笙子は激しく黒田に詰め寄った。

 「ちゃんと説明してくれないか?まずは掛けて…。」

 笙子は傍の椅子に腰を下ろすと同時に話を始めた。それは本物の一左に修の抜け殻を作らせるという信じ難いものだった。三左を修の身体に閉じ込めた段階で、修の魂はすでに外に出ているはずだから、修の身体を抜け殻と本体に分離させ、抜け殻の中に三左を封印したまま身体を別の所へ移すという。
 
 「そんなことできるとは思えないね。」

 「一左大伯父なら可能だと思うわ。紫峰の中でも特異な力を持つ人だと聞いている。勿論、抜け殻とはいえ修の一部だからダメージを受ければ本体にも影響はあるわ。でも全身を攻撃されるよりは比較的軽いダメージで済む。」
 
 いくら本物の一左であっても、人間をセミや蛇のようには脱皮させられまい。もしもそれができたとして、皮膚の無くなった無防備な修の身体をどこへ移すというのだ。

 「ひとつだけあるわ。ここに…。」

 笙子は自分の腹部をおさえた。黒田は唸った。できるとは思えない。思えないが、もし女性の胎内なら、修の身体を一時的に胎児化させれば安全に保護できるかもしれない。

 「藤宮の陰の長は代々女性が務めている。それは紫峰の相伝が『滅』であるのに対して、藤宮では『生』を表すものだからよ。
 奥儀の中に他人の胎児を自分の胎内で育成するというものがあるの。それは長の子孫を絶やさないための急迫の秘儀で通常はやってはいけないことだけど。」

 「君の身体に負担は無いのか?修はきっとそのことを真っ先に心配するだろう。」

黒田は訊ねた。豊穂が身ごもった時のことがふと頭に浮かんだからだ。

 「身体に負担の無い妊婦なんていないのよ。黒田さん。大切な命がそこにあるから耐えられるだけなの。修の命を護るのに何を躊躇うことがあるの?」

 笙子は婉然と微笑んだ。黒田はその笙子の顔をじっと見つめた。悪いうわさも耳にしていたが、この人の真っ直ぐな気性が誤解を招いただけのことかもしれないと思った。さすがに修が選んだ人だけのことはある。

 「分かった。やってみよう。一左が修を脱皮させたら、俺が胎児に変化させる。君はすぐに修を胎内へ。但し、一時でもタイミングがずれたら…修は終わりだ。」

 



 明日は本儀式という日の夜。
修はいつもどおりにいろいろな手配を済ませた後、普段より早くから子どもたちと一緒にいた。
いつもと変わりなく穏やかに会話を交わし、和やかに笑って過ごした。

 「さてと…。」

夜も更けた頃修は二人に向かってゆっくりと語り始めた。

 「三左を一族から追い出したことが、そもそもの始まりだということは知っているね?

 悪人である三左を追放したのは大祖父さまだ。親として三左を殺めたり、封印したりするのが忍びなくて野放しにしたとも取れるが、実はその頃から紫峰家には三左を押さえ込むだけのチカラの持ち主がいなかったというのが本当の所だ。

 もし、戦いになれば跡取りの子どもたちにまで害が及ぶと考えたのだろう。紫峰家の存続を守り抜くために追放という形に止めた。」

 樹の記憶なのか修は自分の生まれる前からのことをいま見てきたかのように話した。

 「僕の両親も豊穂もかなりチカラのある人たちだったから、宗主の異常さには気が付いていたんだ。それでも正体不明の敵と戦う決心がつかなくてすべてを僕に託した。

 長老衆も全く気にしてなかったというわけじゃない。だから紫峰の重要なことに関しては、幼い頃から僕を子ども扱いすることもなく当主の代理をさせてきた。
 
 それで平穏無事に過ぎていけば、わざわざ蜂の巣をつつくようなことをしないでいいと考えたんだろう。」

 「誰も戦いを望まなかった…と?」

雅人が訊いた。

 「そうだ。その判断がこの三十年近くの間に七人もの命を失わせる結果を招いた。
彼らはまだ若く将来もあったものを…。

 三左は確かに手強い。とても一筋縄でいく相手ではない。戦えばきっと無傷というわけにはいかないだろう。

 宣戦布告した僕の判断が本当に正しいかどうかは分からない。
だけど、このままにしておいたらきっとまた何人もの命が失われていく。」

 「僕は戦うよ。黙って殺されるのは御免だ。」 

雅人は息巻いた。

 「相伝の…。」

それまで黙って聞いていた透が口を開いた。

 「奥儀継承の意味はそこにあるんだね。」

修は微笑んで頷いた。

 「確かに紫峰の奥儀は怖ろしいほど危険なものだ。消滅させてしまえばいいと思うかもしれない。けれども、もし、いまの三左のようなとんでもない敵が現れた場合に、対処する方法が無ければ紫峰は黙って滅ぶしかない。

 だから門外不出の奥儀として代々相伝されてきたんだ。毒にも薬にもなる。要は使い方次第。
つまりこれからはおまえたち次第ということだな。」

 透は背筋に冷たいものを感じた。雅人もこれから背負うことになる荷の重さを痛感した。

 「明日はおまえたちに最後の術の相伝を行うことになる。
そうしたら僕の役目はもう終わったようなものだ。後はお互いに磨き合い助け合っていくんだよ。

 二人ともひとつ約束してくれないか?」

修は真剣な目を二人に向けた。透も雅人も姿勢を正して修の言葉を聞いた。

 「これから先何が起ころうと、おまえたちは信念を持って強く生き抜いていきなさい。
時がおまえたちを呼ぶまでは、決して諦めてはいけない。簡単に死を選んではいけない。」

二人は無言で頷いた。修はいつもの温かい笑みを浮かべ、満足げに二人の顔を見つめた。




 
 林の祠のところでソラと修はぼんやりと月を眺めている。
修がすっきりした表情で微笑んでいるのを、ソラはどちらかといえば痛々しげに思っていた。
修は月を眺めたまま、ソラに向かって言った。

 「なあ。ソラ。おまえは本当にいい奴だよな。
この先、千年後も二千年後もまた巡り逢えたらいいなあ…。」

 『何言ってやがる。』と言おうとして、ソラは口にできなかった。
魔獣の目には青い涙が光っていた。




次回へ














  



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