徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十七話 遺言)

2005-06-22 12:14:11 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「決まったな。とうとう。」

 黒田が書状をひらひらさせながら言った。
輝郷たちとの会合で大まかに決めてあった相伝本儀式の日取りが確定し、紫峰家では長老衆を招集する案内状を送った。

 祈祷所に入るのは紫峰家が指定した立会人のみだが、祈祷所の外を長老衆が固め不測の事態に備える。長老衆はまた、余所者が近付かないように監視する役目も果たす。

 修の時には内密緊急のため誰一人立ち会うことができなかった。しかし、長老衆には相伝を受けた者を見分ける力があると言われている。事実、相伝を受けたことは誰も知らないはずだったにもかかわらず、修は奥儀継承者として認められている。
  
 「透も雅人もまだまだだけど、彼らが一人前になるのを待っていたら犠牲者が増えるだけだし。
まあ実践も修練のひとつだからね。」

 修が相伝に踏み切ることにしたのは、透や雅人の完成度の良し悪しではなく他家へ及ぼす影響によるものが大きかった。はるが名前をあげた多貴子や古都江の他にも夢を利用される能力者が増え、それは紫峰一族に止まらず藤宮にも及んでいた。

 「紫峰一族の長老衆が異変に気付き始めたし、藤宮一族にもすでに警告を出してあるわ。」

 参戦の決意をしてからの笙子の動きは早く、藤宮本家を通じて一族の隅々にまで『相伝を妨害しようとする得体の知れない夢使い』への注意情報を行き渡らせ、主だった能力者たちによる夢の監視を始めさせた。その結果、藤宮への嫌がらせは未然に防げるようになった。
 
 「ただ、ソラの話だと意識的に三左に協力している人もいるらしいの。勿論、相手が三左だとは知らずにだけど。」

 修には思い当たる人たちがいた。岩松の妻多貴子は娘豊穂の子である透を宗主にと望んでいるだろうから、同時に相伝を受けることになった雅人は邪魔な存在だ。 
 古都江は姉咲江の子修を差し置いて、宗主になろうとしている透や雅人が気に喰わないに違いない。
 他にも紫峰と利害関係のある者が、口車に乗せられ、その心の闇をうまく三左に利用されてしまっている。

 「いっそ奴が偽者だってことを知らせてやった方がいいんじゃないか?
自分の正体を知られたって多分白を切りとおして居座るだろうし。ここまできたら状況は変わらんだろう?」

黒田が二人にコーヒーを勧めながらそう訊いた。

 「闇の者は闇へ葬る。僕はそう考えている。やがて戻る本物の一左のためにも誰にも遺恨を残させてはならない。だから、三左のことは僕らだけの胸のうちに止めておきたい。」

 「あんたは本当に俺より十も若いのか?とても信じられんね。」

黒田は肩をすくめコーヒーをすすった。

 「鯖を読むな。十五は離れてる。」

修は笑った。黒田は参ったなというように頭を掻いた。

 笙子は二人を見つめながら何事も無ければ皆こうして和やかに時を過ごせたのにと思った。
失われたものの大きさを思うとやりきれない気持ちでいっぱいになる。これより先にはこんな傷ましいことが起こらないように祈るばかりだ。



 「二人に頼んでおきたいことがある。」
 
 黒田とのやり取りでしばらく楽しげにしていた修が急に深刻な表情を浮かべ、代わる代わる黒田と笙子を見つめた。黒田は襟を立たした。

 「儀式開始と同時に、透と雅人に三左をあの身体から引っ張り出させるよう指示する。
勿論、僕が力を貸してやらなければならないが、二人は結構うまくやるだろう。
三左が二人に入り込まないように笙子は二人の身体に、黒田は一左の身体に結界を張ってくれ。」
 
 分かったというように二人は頷いた。

 「行き場を失った三左は自分が入り込める身体を捜すだろう。下手をすれば他所に逃げ出してしまうかもしれない。そうなっては意味が無い。同じことの繰り返しだ。

 だから奴を僕の身体に入り込ませる。」

 「何だって?」

黒田は驚いて訊き返した。笙子の表情が曇った。笙子には修の言いたいことが分かっていた。

 「奴が僕の中に入ったら奴を閉じ込めておくから、皆で…それこそ総力をあげて僕の中の三左を攻撃しろ。遠慮は無用。 
 必要なら、僕の身体ごと攻撃対象にしてくれて構わない。」

 「馬鹿言ってんじゃないぞ! おまえ死ぬ気か?」

黒田は激しく動揺した。

 「おまえに攻撃を仕掛けるだと? おまえを殺すも同じじゃないか?
そんなことをあの子たちにさせようというのか? できるわけがない。
あの子らにとっておまえがどんなに大事な存在か…おまえは親なんだぞ。」

 「親は…おまえだ。」

修はそう言うと寂しそうな笑みを浮かべた。黒田は言葉に詰まった。

 「俺が…俺がその役目をするよ。その方がおまえも動き安かろ?」

黒田はもつれながら、それでも必死で食い下がった。

 「そんなに心配しないでくれ。そう簡単にはくたばらないって…。

 おまえが言うようにあの子たちは躊躇うだろう。
だから頼んでおきたいんだ。決して迷うな。思いっきりやれと尻を叩いてやってくれないか。

 その結果、最悪僕が死んだとしてもそれは僕の天命だ。後悔するなと伝えてくれ。
黒田…それを伝えるのが親としてのおまえの最初の役目だぜ。

 万一、そうなったら笙子があの子たちを鍛えてくれる。
おまえはちゃんと父親に戻ってあの子たちを支え、独り立ちさせてやって欲しい。」

黒田は頭を抱えた。修の説得にただ頷くばかりだった。

 笙子は何も言わなかった。同じ立場に立たされたら笙子も同じことをするだろう。
だから何も言えない。

 『だけど…修。あなたを死なせやしない。悲しい涙は見たくないから。』 

修からの遺言を受け取った笙子は無言のままにそれを破り捨てた。





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