徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第四十三話 『 滅 』 )

2005-07-02 20:49:57 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 祈祷所に漂う冷気と霊気。透も雅人も歯の根が合わないほどに震えていた。
酷く寒いというわけではない。これから起ころうとすることへの漠然とした恐怖心が無意識のうちに二人を震えさせているのだ。

 さすがの透も修の様子がいつもと違うことには気が付いていた。前修行のときに感じた樹の御霊に対する違和感よりも、もっと受け入れ難い雰囲気がいまの修はあった。

 「わしを殺せば、おまえ自身の身体とて無事では済まぬぞ!」

悪あがきとも取れる三左の脅しに、修の口元が僅かに笑みを含んだ。

 「頑丈なよい檻であろう?三左よ。その身体欲しくばくれてやろう。」

 「檻…だと?」

三左は訊き返した。

 「飛んで火にいる夏の虫というではないか。おまえは自ら檻に入ったということだよ。
檻で悪ければ棺桶か…。」

 透は耳を疑った。修は三左に奪われた自分の身体を棺桶と言った。

 「修さんは…まさか…。」

 雅人が頷いた。

 「そのまさか…だよ。」

 『嫌だ…そんなのだめだ…。』透は叫び出したいのをやっと堪えた。握り締めた拳の中が身体の震えとは逆に汗ばんできた。
 『僕らに生きろといったのはあなたじゃないか…。』

透の心の叫びを捉えたのか修は透を見て微かに微笑んだ。しかしすぐに三左の方に向き直った。

 「おまえを冥界だの霊界だの…そんな所へは往かせない。
紫峰の当主として…そしておまえのような者をこの世に生み出してしまった祖霊の責任として…。

 おまえの存在を絶つ。」

 「やめろ!おまえは命が惜しくないのか?
この身体がなければおまえは元には戻れんのじゃぞ! 子どもたちはどうする?
捨てて逝くのか?」

 三左は喚いた。何をどう喚き散らそうと修は眉ひとつ動かさない。肉体を離れたその身体から凄まじいまでの霊の波動が感じられる。青白く揺らめく炎のように全身から天へめがけて立ち上る。

 「樹の御霊!…いいや修よ。 頼む。 三左を許してくれ!
せめて…せめて…冥府へ送るに止めてやってくれ! 愚かな奴だが俺の弟だ。」

 それまでほとんど口を利かなかった次郎左が膝を屈して伏し拝んだ。
凍てつくような冷たい視線が次郎左のほうに向けられた。

 「手加減はせぬと…言いおいたはずだが…? 下がれ…余計な口出しは無用だ…。」

抑揚のない淡々とした声が次郎左を窘めた。

 「お怒りは最もと心得る。親を殺され、身内を殺され…だが俺もまた身内を殺されたひとりとして言う。 命乞いはしない。 しないが…。」

 「間違うな次郎左! これは修の復讐ではない! 紫峰祖霊として樹の責任を果たすまでのこと! この悪鬼をこれ以上野放しにしてはならぬ。

 おまえたちが過去にこの者の悪行をを放置したことがそもそもの始まりだ。
悪しき力を恐れ、身内という尤もらしい理由をつけて、宗主を始め長老衆や能力者たちのすべてがこの者から逃げた。 奥儀を修得していたはずのおまえもそのひとりだ。

よもや忘れはしまい!」

 怒りが修の全身を覆っている。炎はますます青く激しく燃えさかり祈祷所を突き抜けんばかり。
次郎左はガタガタと震え出した。『なぜそのことを…なぜ知っている。修が生まれる前のことではないか…?』誰からも聞けるはずがない。
 
 「まだあるぞ。再び三左が舞い戻り、一左に憑依したと知りながらおまえたちは何をしていた?
一左からは絶えず信号が送られてきていたはずだ。

 知らぬとは言わせない!

 一左が黒田に信号を送るまでに何年もかかったのは、おまえたち長老衆が送られてきた信号を無視し続けたせいだ。」

 その場の誰もが耳を疑った。一左が閉じ込められて助けを求めていることを、長老衆は初めから知っていたというのだ。過去の経緯を知らない黒田が一左の信号をキャッチするまでの二十数年、一左は見捨てられた存在だったということになる。
 
 次郎左は返すべき言葉を失った。『修ではない…修であるはずがない。』
ではこの男は誰なのだ…。本当に樹の御霊だというのか…。次郎左の頭は動揺と混乱で真っ白になった。

 「紫峰の長老にあるまじきそれらの罪をいまは問うまい…。
人は弱いものだ…殊に身内のこととなれば…善人も悪に染まることもある…。

 私の邪魔をするな…こやつを救うに値する何ものもない。」

 修はうなだれる次郎左にそれだけ言うと三左の方に顔を向けた。

 三左は何とかして逃げ出そうと修の身体でもがいていたが、檻となった修の身体はがっちりと三左の魂を囲い込んで決して逃しはしなかった。

 「透。 雅人。 よく覚えておくがいい。再び目にすることはないかも知れぬ。
このような奥儀が…再び使われることのないように祈る。」

 修の全身を覆っていた青白い炎が一段と激しくその勢いを増し、修がその目を自分の肉体に向けた瞬間、鋭い炎の触手が三左の檻となった身体を襲った。
 三左を中に封じ込めたまま、青い炎は燃え上がり、断末魔の叫び声を上げる三左とともに修の身体を燃やし尽くした。
やがて、蒸気のように細かい粒子となったすべては跡さえ残さずに消えていった。

 透も雅人もあまりの光景に息をするのさえ忘れていた。
はっと我に返って修を方を見ると修はすでに消えかけていた。

 「待って。修さん。」

 二人は同時に叫んだ。修の方へと走り寄った。

 「逝かないで! お願いだよ。」

 縋るようにして修を引きとめた。
修はいつものように二人に笑顔を見せた。
 
 「大丈夫…心配ないよ…。」

 子どもの頭を撫でるように軽く二人の頭に触れた後ふっと姿を消した。

 修の消えてしまったその場所を二人はぼんやり見つめていた。
大きな喪失感が二人を包んだ。
悲しくてどうしようもないのになぜか涙さえ出てこなかった。





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