徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第九話 殺人と信用のない目撃者)

2005-10-05 10:22:41 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 史朗が紫峰の使者として鈴を実家へ送り届けた翌日、雅人はその様子を訊くため史朗のマンションを訪ねた。
 
 話し合いの席で雅人は自分の思いを正直に鈴に話したが、鈴はただ黙って聞いているだけで何の返事もくれなかった。
 どうにも埒があかず、後は鈴の意思にに任せるということになった。
多分鈴はひとりになってよく考えたいのだろう。
或いはもう決心していて次に会う時には結果だけを聞くことになるかもしれない。

 史朗は両親の対応などを話してくれたが、そこから察するに実家に帰っても鈴は決して幸せではないんだと雅人は感じた。

 「馬鹿だよ…僕は…成り行きで妊娠させるなんてさ。 
素人じゃないなんて言えたぎりかっての…。 
本当に可哀想なことしちゃった。」

 世間にはよくあることだけど…きみが誠実なだけまだましだよ…と史朗は内心思った。

 「まあお互いに不注意だったことは確かだね。
そういう可能性があることは分かっていた筈だし…。

 だけどきみが鈴さんを助けるために自分の過去を曝け出したんで、その事をすごく気にしてて…何度も申し訳ないと言っていたよ。 」

 それを聞いて雅人はそんなこといいのに…と呟いた。
雅人はぽつりぽつり過去のことを語り始めた。

 「僕の父が亡くなってから修さんはずっと仕送りしてくれてたんだ。
生活費やら教育費やら親子ふたり十分生活していけるくらい。

 母もパート勤めしてたから何事もなければ困ることもなかった。
でも修さんが留学したあとで母が入院したんだ。
治療も長くかかるし、手術も必要だっていうのでどうしても急なお金が要るようになって。
 紫峰家に頭下げれば済むことだったんだけど…修さん以外のやつらに頭なんか下げたくなかったから。 」

 雅人の母は紫峰家ではるの片腕として働いていた人だった。
見初められて、一旦は冬樹の父鉄人との婚約が調いながら、紫峰家の都合で身重にも関わらず屋敷を追われた経緯がある。

 「アパートの隣の部屋にいつも親切にしてくれるスナックのママがいてさ。
相談したらクラブを紹介してくれたんだ。

 身体がでかいから年齢をごまかしとけばアルバイトできるって言われて…。
愛想よくにこにこ笑って座ってることしかできなくてさ。
最初はお世辞のひとつも言えなかった。

 お客さんからは何故かそのうぶさがうけて可愛がってもらった。
うぶは当然だよな…中学生だもん。 
そのうちに客と寝たら手早く稼げるってことを覚えた。

 母の治療が一段落ついて足洗おうと思ったときにはもう遅くて…抜けさせてもらえなかったんだ。
 知らないうちに結構な稼ぎ手になってたらしくて。 」

 雅人の問わず語りを聞きながら史朗は雅人のためにコーヒーを淹れた。
部屋中が芳ばしい香りに包まれた。

 「結局、帰国した修さんが助けに来てくれるまでずっとその店で働いてた。
金を手にする快感てのはさ…魔力みたいなもんだから。
そこで働くのは別につらいとは思わなかった。 」

お金の魔力ねえ…と相槌を打ちながら史朗がカップを手渡した。

 「つらかったのは何の罪もない修さんが僕や母に謝ったこと…。
手を突いて頭下げて…自分の配慮が足りなかったために僕に身体売らせるようなことさせたって…。
 修さんのせいじゃない。 僕が勝手にしたことなのに…。 」

雅人はふうっと溜息をついた。

 「また迷惑かけちゃった…。 だめだな…いつまでたっても役立たずだ。 」

 史朗の入れてくれたコーヒーを飲みながら雅人は自嘲した。
史朗は自分の入れたコーヒーの熱さに顔をしかめながら慰めるように言った。
 
 「ま…男と女のことはそいつが持ってる力とは別もんだからな…。
聖人君子と言われるような男が女でドカンと失敗することだってあるんだからさ。
ましてや僕らは唯の人…おっと失礼。 」

 「いいよ。 そのとおりだもん。 」

 雅人は屈託なく笑った。
従兄弟同士のせいか雅人はやはり何処となく修に似ている。
修に惚れている鈴がついその気になったのも分かるような気がした。



 単独行動をとるようになっても城崎は相変わらずマスコミから離れようとはしなかった。あの事件の後も二人ほど行方不明者を発見してますます絶好調だった。

 大学構内でも行く先々で人だかりができるほどだったが、紫峰や藤宮の面々は知らん振りを決め込み、城崎も近づこうとはしなかった。

 その夜、番組の打ち合わせを終えた城崎は、珍しく取り巻く連中もなく真っ直ぐ自宅へ向かっていた。

 いつもなら表通りの明るい道を通って帰るのだが、打ち合わせが長引いて遅くなったこともあり、街灯の少ない暗い公園を抜ける近道を通ることにした。

 公園の入り口付近で悲鳴のような声を聞き、城崎は立ち止まった。
暗くて普通なら何も見えないはずだが、城崎の目には走っていく男の姿と倒れている男の姿がはっきり見えた。

 城崎の後から同じ方向へ歩いてきた女も声を聞いた。
その女は前にいるのが城崎であることには気付かなかったが、ふたりとも慌てて声のした方へ駆け出した。

 現場に倒れている男は、刃物か何かで腹や首を刺されたらしく、夥しい血が流れ出していた。

 腰を抜かさんばかりの光景だったが、それでも城崎は動揺を抑えて携帯を取り出し、震える手で何とか警察に連絡を取った。

 一緒に駆けつけた女は救急車を呼んだ。
この女がたまたま現場に居合わせたことが、後々城崎にとんでもない危機を招くなどとは、この時点ではさすがの城崎にも予想がつかなかった。

 倒れている男にはすでに息がなく、居合わせた二人には身の置き所がなかった。
警察が現場に到着するまでの間がものすごく長く感じられた。

 警察がやっと到着して二人に事情を聞いた。
悲鳴を聞いて現場に駆けつけ被害者を発見したことまでは一致していたが、城崎はうっかり現場を立ち去った男がいたことを話してしまった。

 街灯もあまりないこんな暗闇の中で普通なら見えるはずのない犯人の姿を聞いた時、事情を訊いていた警察官はこの男がいまマスコミで話題になっている超能力者だということに気が付いた。

 超能力者城崎の証言はその時点で直ちに信憑性のないものとして扱われるようになった。
 マスコミで騒がれた分だけかえって警察には、城崎という青年は信用のおけない人物という印象を与えてしまっていた。

 勿論、望まれれば城崎は逃げた男の顔や特徴を正確に話すことができたが、信用されていないのではお話にもならず、ただひとり同僚から物好きと言われながらも真面目に聞いてくれた倉吉という警官にだけは今の自分に分かっていることを全部伝えておいた。

 翌日は大変な騒ぎだった。
あの超能力者城崎が本物の殺人事件に出くわしたということで、マスコミが朝からインタビュー合戦を開始したのだ。

 城崎本人は誰に何を訊かれても、悲鳴を聞いて駆けつけたら人が倒れていたということしか話さなかったが、報道陣は城崎にインタビューするだけでなく一緒に居合わせたあの女にもマイクを向けてしまった。
  
 女の口から女には見えなかったが城崎が犯人を見ていたという話が飛び出し、マスコミの取材は一段と熱を帯びた。

 しかし城崎は警察が受け入れていない情報については一切語ろうとしなかった。
あまりの世間の加熱振りに息子の身を案じた城崎の父親は、城崎を半ば強制的に実家に連れ戻した。
 
 城崎としては強引な父親のやり方に不満はあったが、前のこともあり、表立って逆らうことはできなかった。
 紫峰の宗主が予想したとおり、あの時実家も襲撃を受けて何人か怪我人まで出る騒ぎになった。幸いなことに怪我といっても軽い打ち身程度で済んだらしいが…。

 「犯人が警察同様お前のことを大ぼらふきだと思ってくれるなら問題は無い。
だが少しでもおまえの力を信じる者なら必ずおまえを狙ってくる。
相手がひとりならおまえでも何とかなるだろうが、ひとりとは限らんからな。 」

 書斎の椅子に腰を掛けて城崎の父親は城崎に言った。

 「安っぽい正義感に駆られて隠すべきその力を世間の眼に晒した結果がこれだ。
信用されなくてもいい相手には信用されて、信用されたい相手には拒否される。

 よほどのことがなければ警察はおまえを助けには来るまい。
殺されでもしたら大勢引き連れてやって来てくれるだろうがな。

 それもこれもすべておまえ自身が招いたことだ。 」

城崎は返す言葉も無くてただ項垂れた。
 特殊な力を世間に晒すことは常に命の危険と隣り合わせだ…という紫峰の宗主の言葉が浮かんできた。

 城崎の父親は城崎に許可するまでひとりでの外出を禁止した。大学へは車で送迎させ、マスコミはシャットアウトする。
おまけに城崎の周辺を一族の能力者で固めることにした。
手枷足枷の窮屈さに城崎は不満を漏らしそうになったが、かろうじて胸のうちに収めた。



 笙子のもとに倉吉からの連絡が入ったのは事件後すぐのことだった。
倉吉は城崎が警察にまったく信用されていないことやそのために警察からの保護を受けられないだろうことを話した。

 倉吉は笙子の配下の者で、紫峰家における西野のように代々藤宮に仕えている一族のひとりである。
 紫峰では大手私企業や金融機関に宗主の息のかかった者が多く潜伏しているが、藤宮では公の機関や学校などに配属されていた。

 忠義一筋の昔とは違って、今の若い層は自分たちの存在を護るために組織的に動かざるを得ないというのが本当のところだろうが、それでも尊敬に値する長や宗主のためには労を惜しむ者はいなかった。

 笙子は倉吉に引き続き監視を怠らないように忠告した。城崎が犯人を知っている以上、城崎を監視することは警察官としての彼の仕事でもある。
 あれこれと事件の捜査をこなしながら倉吉は、同僚に不審がられない程度に城崎にも目を向けることを忘れなかった。




 
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