徒然なるままに…なんてね。

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続・現世太極伝(第百三十八話 刹那の選択 )

2008-09-13 23:54:23 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 急ごしらえの小さな白い祭壇の上から微笑みかける輝…。
西沢はひとり…ぼんやりと遺影の前に座っている…。
少し前に…滝川とノエルが最後の弔問客を見送りに出ていった…。

 喪主を務めた立場を考えれば…西沢が自ら送りに出てしかるべきなのだが…報道関係が煩くて外には出られない…。
西沢の代理人である相庭や玲人が巧く応対してくれてはいるけれど…顔を見せればそれなりに相手をせざるを得なくなる…。
弔問客には丁重に御詫びして…滝川が見送りの役を担った…。

 本来なら…輝の実兄克彦か…幼い絢人の代わりに絢人の父親であるノエルが喪主に立つのが筋なのだろう…。
けれども…妹を不憫に思う克彦が何気なく漏らしたひと言で…西沢が輝の夫として葬儀を仕切ることになった…。

どうしたって夫婦にはなれない…と…分かっているのに…馬鹿ねぇ…私も…。
それでも…同じ屋根の下に暮らすことを望んでしまったわ…。
今となっては…ただの…同居人…なのにね…。

引越しが決まった時…輝はそう言って笑ったというのだ…。
ふたりの結婚に半ば否定的だった克彦にすれば…思い出すたびに胸に棘を刺すような笑顔だった…。

同居人…だなんて…輝は歴とした僕の家族なのに…。
その話を聞いた端は…西沢もそう憤慨したが…すぐに思い直した…。
輝が本当に望んでいたこと…そして…諦めたもの…。
それは同時に…西沢が望んで得られなかったもの…だと気付いたから…。

 そういう経緯もあって葬儀は大事にはせず、身内と仲間だけで秘かに行うはずだったのに、何処から洩れたのか、今を時めく西沢の妻の葬儀である…という誤った情報を聞きつけて報道合戦が始まってしまったのだ…。
誤解だ…と言って言えないことではないが…ただ…沈黙を守った…。
明日になれば西沢は…最愛の妻を失った悲劇の夫…ということになっているだろう…。

何とでも言ってくれ…。
否定する気も起こりゃしない…。
まるで…気の抜けたビール…だ…。

どうしようもない脱力感に見舞われながら…西沢はただ…動かない輝の笑顔を見つめている…。

本当に…意地悪だなぁ…きみは…。
何にも言ってくれないのか…。

言えよ…いつものように…。
奥さんの肩書き…奪ってあげたわ…って…。

今さらなんだよ…何時だってプロポーズしてたじゃないかよ…。
すげなくふったのは…きみの方だぞ…。

子供は欲しくない…そう言ったのもきみだったんだ…。
僕は望んでた…。

けど…諦めた…。
失うよりは…そのままでいた方がいいんだ…と…。

「子供たち…はしゃぎ疲れて寝ちゃったよ…。
ケントは不安そうだったから…すぐ起きるかもしれないけど…。 」

子供部屋から戻って来た亮が、西沢に声をかけた。
弔問客の応対でバタバタしている間…子供たちの相手を買って出てくれていた…。

「紫苑…いったい…何があったの…?
輝さんほどの能力者が…何故こんなことに…? 」

仕事の都合で通夜に出られなかった亮は、まだ、ことの経緯をはっきりとは聞いていなかった…。

「何故…と言われても…僕等にも納得できる答えがないんだ…。 」

溜息混じりに西沢が答えた…。
これで元恋人を失うのは二度目…さすがに応えたのか…力のない声で…。



 それはあまりに突然で…西沢たちが輝の身に何が起こったのかを理解するまでに…かなりの時を要した…。
葬儀を終えた今でさえ…悪夢を見ているとしか思えないような出来事だった…。

「嘘でしょ…! そいつが能力者じゃない…なんて…? 」

 輝にとって降って湧いたような不幸…の経緯を聞いて亮は驚きを隠せなかった…。
島田一族の中でも指折りの能力者である輝が、ごく普通の人間の手にかかるなど、どう考えても解せなかった…。

「相手が普通の人間だったから…気付けなかったんだよ…。
輝は…そいつに狙われていたわけじゃなくて…突発的な事件に巻き込まれただけなんだ…。
警戒もしてなかったと思う…。 」

口惜しげに西沢が答えた…。

「あんなに…読みの力に優れた人なのに…どうして…?
あの場で何人もが犠牲になってるってのに…? 」

とても信じられないと亮は思った…。

「出会い頭…運悪くすれ違いざまの…最初のひとり…だったらしい…。
それに…輝の御腹にはふたりめが居たから…いつもより感度が鈍っていたのかもしれない…。
妊婦には時々…そういう現象が起こるんだ…。
逆に…鋭くなるタイプの人も居るけど…。 」

輝さん…なんて不運な…悪条件が重なったんだな…。
遣り切れない溜息が亮の唇から漏れて出た…。

「やれやれ…ようやく…外の連中も引き上げたみたいだ…。
以前なら…取材ったって記者ひとりふたり来りゃぁいい方だったのになぁ…。
ドラマの影響は怖ろしいぜ…。 」

喪主の西沢に代わって朝からあれやこれやで動きっぱなしの滝川が、さすがに疲れた顔をして戻って来た…。

「ノエルは…? 」

西沢が心配そうに開け放された襖の向こうへと眼をやった。

「キッチン…。 コーヒーを淹れてる…。 
僕が淹れると言ったんだが…大丈夫だって聞かんもので…。 」

滝川の後を追うように…芳しい香りが座敷の方まで漂ってきた…。
微かにバラの香りを含んで…。

ほどなく…小型のワゴンを転がしながらノエルが姿を現した…。
誰に声をかけるでもなく…ノエルは乗せてあるカップの中からひとつだけ取り上げると…ゆっくり祭壇の方へ向かった…。

「あんまり上手に淹れられなかったけど…ゴメンね…輝さん…。 」

そう言って…ノエルは花柄のカップを…輝の遺影の前に置いた…。
輝の好きなバラの紅茶…が白い湯気を立てていた…。

 ノエルが輝にそう語りかけている間に、亮がワゴンの上のコーヒーサーバーを取り上げてそれぞれのカップになみなみとコーヒーを注いだ。
ちょっとやそっとの量じゃ全然満足できない…とでもいうように…。

 輝は…西沢の元恋人というだけではなく…ノエルにとっても絢人を産んでくれた大切な女性…西沢以上にショックを受けているかもしれない…。
表情からは測りかねたが…亮にはそんなふうに感じられた…。

このところのノエルは…紫苑の嫁さんというより…輝さんの若い連れ合い…って雰囲気だったもんなぁ…。

「ノエル…何だか…顔色悪いよ…。
熱でもあるんじゃないか…? 」

先に西沢と滝川にカップを渡した後で、遺影の前のノエルにも手渡してやりながら気遣うように言った。
うぅん…と首を横に振って…ノエルは軽く笑みを浮かべた…。
その思わせぶりな笑顔に…亮は当惑した…。

「あぁ…そうか…亮くん…まだ知らなかったんだね…。
ノエルの御腹ん中には…輝の赤ちゃんが居るんだよ…。
あのままにしておいたら、到底、助からないんで、急遽、ノエルの子宮に移動させたんだ…。 」

どう捉えていいか分からなくて怪訝そうにしていた亮に、滝川が横から信じられないようなことを言い出した。
一か八かの賭けだった…と…。

「ノエルの子宮も…エリクを産んですぐに機能停止してたしね…。
下手すりゃぁ…ノエルの命にも関わることだから…すごく迷ったんだけれども…。

 連絡を受けて僕等が駆けつけた時には…輝はとうに亡くなってた…。
おそらくは…紫苑が…輝に何かあったと気付いた時点でもういけなかったんだと思う…。
当然…御腹の赤ちゃんも一緒に駄目になってるはずだった…。 」

それがさぁ…とノエルが引き継いだ…。

「輝さんの中で太極の気配がするって…突然…紫苑さんが言い出したんだ…。
で…探ってみたらさぁ…この子が…太極の光に包まれてちゃんと生きてた…。 」

普段より少し大きめの御腹をノエルはそっと擦った。

「だけど…大丈夫なの…先生…?
ノエルの子宮はもう…。 」

そう言いながら亮は…ノエルの御腹に…心配そうな眼を向けた…。

「止めたんだ…。 僕も…紫苑も…危険だから…って…ね…。
けど…助けられるかもしれない命を見捨てられない…とノエルが言うもんだから…。 」

輝の…最後のメッセージだから…と…。

 最初は産科医に相談するべきだと考えた…。
しかし…輝の死亡を確認した医師は…胎児の死亡をもちゃんと確認したのだ…。
今…再び医師を呼んでも…同じ診断が下る可能性の方が強い…。
胎児の生命反応はそれほど微弱で…治療師の能力で辛うじて捉えられるくらいのものだった…。
このままだと遠からず…灯は消える…。

 ノエルの強い決意を知って、それ以上は反対することもできず、西沢と滝川は胎児を移動させる方法を模索した…。
これまでに幾度もノエルの赤ちゃんを取り上げた智哉に、何か良い方法はないかと訊ねてはみたものの、さすがの智哉にも其処までの知識はなかった…。

宗主の内室…北殿なら…。

 そう思いついた西沢は、添田を通じて北殿に伺いを立ててみた…。
北殿は…家門の奥儀だから…という理由で、西沢たちにその方法を伝えることはしなかったが、わざわざ病院まで出向いて、ノエルの子宮に胎児を移動させてくれた…。

返事を貰ってから…北殿が到着するまでの時間が…どれほど長く感じられたか…。

「今のところ…何とか無事なんだけど…何時どうなるかは分からない…。
何しろ…六ヶ月にもなってたんで…自力での準備がまったくできていないノエルの子宮が耐えられるかどうか…。 」

すべては…運次第さ…。

そう言って滝川は肩を竦めた…。

滝川の言葉が途切れると…それまで黙っていた西沢が大きな溜息をついた…。

「どうして…もっと強く…反対しなかったんだろう…。
ノエルにつらい思いをさせるだけだと…分かっていたのに…。 」

相変わらずの…大馬鹿だ…と…自らを貶した。

 滝川にしても、ノエルの意思を変えられなかったことについては、後悔の念を禁じえない…。
胎児の命は大切だけれど…だからと言って…ノエルの命を危険に晒すようなことをしていいものだろうか…。
治療師としては…断固止めるべきでは…なかっただろうか…。

 あの場でも…西沢と滝川は繰り返し話し合い…ノエルに思いとどまるように何度も勧めた…。
このまま胎児が助からなければ…ノエルはつらい思いをしただけ無駄だったということになる…。
ひょっとしたら…ノエル自身も…無事では済まないかもしれない…。

 命の重みは比べようもないけれど、能力者でなければ…他人の胎児を受け継いで自分の胎内で育てる…など有り得ない選択…。
普通なら輝の死とともに胎児の命もとうに消えてしまっている…。
太極の光に護られている御蔭でなんとか命を保っているだけで…誰も気付かなければそれすらも時間の問題だったはず…。

 それなのに…止められなかった…。
ノエルの状態が必ずしも良好でないのは一目瞭然…。
刹那の判断の重さが…今になってふたりに圧し掛かる…。

西沢も滝川も…もし犠牲になるのが自分の身体であれば…ノエルと同じ選択をしたに相違ないのだが…。






次回へ…。


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