徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百四十五話 嬉しくねぇなぁ…。 )

2010-08-23 21:17:17 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 日本庭園の池のような大きな湯船…趣向を凝らしたその造作に…プールだっ!…と歓声をあげながら駆け出していく子供たち…。
揃いも揃って今にも飛び込みそうな勢いだ…。

違う違う…これでも風呂なんだから暴れちゃだめっ…飛び込み禁止っ!

やんちゃな後ろ姿に慌ててストップをかけながら、西沢は足早に小さな背中を追った…。

 宿を囲む木々の闇の中に、湯の流れ出る音と季節の奏でる音だけが飲み込まれていく…。
灯籠の仄かな明かりに照らされて、乳白色の柔らかな湯気に包まれた小さな身体が四つ浮かんで見える…。

隙間無く星を鏤めたミッドナイトブルーの無限スクリーン…。
子供たちは呆然と空を見上げている。

慧勠(エリク)がそっと天に向かって手を伸ばす…。
溢れるほど光に満ちた空が不思議でたまらないようだ。

亮と温泉に行った夜も…こんな星空だった…。

ふと…そんなことを思い出した。

にわかに肌を擽る冷気…初秋とはいえ…やはり山間の夜風は冷たい…。

「風邪ひくから…少し湯に浸かりなさい…。」

子供たちにそう声をかけて、西沢自身も石造りの湯船に身を沈めた。
心地よい湯のぬくもりの中で、うんと手足を伸ばす…。
思わず知らず…ふうっと息が漏れる…。

 あの日までは他人のふりをしていた…。
突然かかってきた親父の電話で実の兄だと知られてしまった…。
星を見上げながら真実を告げたんだ…。

それももう…遠い昔…光陰矢の如し…だな…。

 子供たちは言われたとおりに一旦は湯に浸かったものの、あっという間に飛び出して所狭しとはしゃぎまわっている。
公園の人工池で水遊びでもしているかのような大騒ぎ…離れ客室専用の露天風呂でなければ即苦情がきそうだ…。

あ~ぁ…もぅ…風邪引いても知らねぇぞ…。

そう嘆きながらも楽しげな子供たちの様子に次第に頬が緩んでくる…。

いいなぁ…こういうのも…。

ノエルと輝が与えてくれた悪戯な天使たち…。
輝が逝ってしまって…西沢が想い描いていたものとは少しばかり違う形になってしまったが…それでもやっと手に入れた本物の家族との暮らし…。

僕と恭介と…ノエルと子供たち…輝とあの子が居ればパーフェクトだったのにな…。
うまくいかないもんだなぁ…。

心の中の輝がクスッと笑う…。

「人間はお星さまになれる…? 」

何を思ったのか…唐突に絢人(ケント)がそう訊ねた…。
瞬時…西沢は言葉に詰まった…。

「ママと赤ちゃんはお星さまになった…って倫祖母ちゃんが言ってた…。」

そうか…それで…お星さまが見たい…と言い出だしたのか…。

子供たちをこの温泉に連れて来たのは、絢人がいっぱい星の見えるところに連れて行って欲しいとせがんだからだった…。

「ケントは…どう思う…? 」

絢人の瞳を覗き込むようにして西沢はそう訊ねた。

「わかんない…けど…お星さまは遠過ぎて…ケントの傍に来られないよ…。
ほら…見えるけど…届かない…。 」

背伸びしていっぱいいっぱいに手を伸ばしながら絢人は言った…。

「ママはいつもケントの傍に居る…ケントには見えないけどママには見えるんだって…。
傍に居るんだから…お星さまにはなれない…ノエルはそう言ったよ…。

花蓮さんのマンションの屋上でも…届かなかった…。

それにね…ケントが見ると…お星さまはいつも違う場所に居る…。
お星さまは動くんだよ…。

じっとケントを見てるなら…動かない…。 」

 ある日突然…目の前から消えてしまった母親…。
まだ…死の意味も理解できない年…言葉にできないほどショックを受けたに違いない…。
幼いなりに絢人は懸命に考えて、どうにか納得できる答えを見つけようとしているのだろう…。

「ケント…今…ママが何処に居るか…ほんとうのところは誰にも分からないんだ…。
ママの姿はもう僕等の目には見えないから…。

でもね…ママはケントのことをちゃんと見ていると思う…。
ノエルが言うようにケントの傍に居て…ケントを護ってくれているのかもしれないよ…。

ケントのことが大好きだからね…。 」

 絢人は輝の血を引く能力者…その場凌ぎのいい加減な誤魔化しは通用しない…。
祖母である倫の昔風な慰め方の是非はともかくとして、倫よりノエルの答えの方が正しいと感じたに違いない…。

「ふうん…誰にも…わかんないか…。 見えないからか…。 
でもやっぱり…ママはお星さまになってない…。
あとで教えてあげよう…っと…。 祖母ちゃんきっと驚くな…。 」

 ずっしりと星を湛えた空…届きそうで届かない手…自分自身でそれを体感することで…絢人はひとつだけ満足できる答えを導き出したようだ…。
すべてを解決するにはまだまだ長い時間がかかりそうだけれど…。

カニっ!
カニが居るよっ!

 露天風呂を囲っている塀に近い岩の辺りで吾蘭(アラン)が嬉しそうに大声をあげた。
絢人はその声に釣られるように慌てて吾蘭の手招きする方へと向かった。
来人(クルト)と慧勠がもの珍しげに吾蘭の手許を覗いている。

お湯でも平気なのかなぁ…?

あちゅいとこ…いれてみゆ…?

え~っ…死んじゃうよ~。

「ねぇ…どうしてお風呂にカニが居るの…? 
これ…お湯ん中に入れても大丈夫なカニ…? 」

ひょいと蟹を摘み上げ、離れたところに居る西沢にも見えるように差し上げながら、吾蘭が大声で訊ねた。

「あぁ…多分…外の川から上がって来たんだよ…。
湯なんかに入れちゃだめだ…茹で蟹になっちゃうからな…。
よく観察したら放してあげなよ…。 」




 障子の向こうからぼんやりと漏れ来る光…月明かりなのか…それとも外灯か…。
離れの客室を囲む和風の庭園には景観と安全上の配慮を兼ねて幾つもの外灯が備え付けられてある。
邪魔にならない程度の穏やかな灯りだが…気になり始めると鬱陶しくって仕方がない。
幾度目かの寝返りの後…眠れぬ自分を持て余した西沢は大きな溜息をついた…。

手を伸ばして枕もとの携帯を取る。

まだ…11時にもなっていない…。

 遊び疲れた子供たちを隣の部屋で休ませたのが9時少し前…。
仕事の都合で遅れてやってきた滝川が如何にも眠たげな様子だったので、大人も早々に寝ることにしたのだが、蒲団に入ってすぐに寝息を立て始めた滝川とは逆に西沢はなかなか寝付かれなかった…。

 目を閉じると、届かぬ星に手を伸ばす絢人の様子が目に浮かんで、つい要らぬことを考えてしまう…。
大人たちが良かれと思って絢人にかけた慰めの言葉が、残念なことに、幼い心に少なからず戸惑いを生じさせてしまった…。
それでも絢人を包む周囲の人々の温かな気持ちは決して絢人に悪い影響を与えたりしないはずだ…。

 西沢には言葉に疑問を抱くほど慰めてもらった記憶が無い…。
誰も傍に居なかったのだから…捨てておかれた…というのが本当かも知れない…。
尤も、実母絵里が亡くなった経緯を思えば、養父も絵里の事故死に関わった妻子のケアで手一杯、西沢を看るどころの騒ぎではなかったことだろう…。

絵里と暮らしていた旧西沢邸の離れの部屋にたったひとり…。
屋敷を崩壊させるほどの大パニックを起こすまでは…誰も西沢に目を向けなかった…。

 無論…当時の記憶などすべてがおぼろげなものだ…。
けれど…その時に味わった底知れぬ恐怖と理由の分からぬ怒り…は…今の西沢の中にも消えずにある…。

いい加減にしろよ…。 まったく情けないやっちゃ…。 
こんなこと…いつまで覚えていても仕方ないじゃないか…。

 再度の溜息とともに西沢は起き上がり、障子の向こうの広縁に出て、閉め忘れたらしい厚手のカーテンを引いた。
外からの光は遮断され…非常灯と誘導灯の僅かな灯りだけが残った…。

ケントが元気に過ごせるようにしてやることだけ考えていればいいんだ…。

 暗闇の中で枕を放り出して、うんと手足を広げ、蒲団の上に大の字になった。
目が慣れてくると、いつの間にか滝川が目を覚ましてこちらを見ているのが分かった。

「ごめん…起こしちゃったな…。 」

ごそごそ動いてうるさかったろ…と西沢は言った…。

何の…と滝川は軽く微笑んだ。

「早くに寝過ぎて目が覚めただけさ…。 」

それはいつもの優しい嘘…。
ノエルが急用で来られなくなって、急遽、休む間もなく出先から駆けつけた滝川…疲れているに違いないのに…。

「ケントのことが気になるか…?
おまえも幼い時に母親を亡くしたから…どうしても境遇を重ねてしまうよな…。 」

努めて穏やかな口調で西沢に話しかける…。
西沢の何処かにまた新たな変調の兆しがないか…を確かめながら…。

「ケントには…ノエルがついている…。
大丈夫…ノエルは立派にケントの親父してるよ…。
僕はただ…ノエルの後押しをしてやるだけ…。

 結果的に輝は…いい男をを選んだってことだ…。
僕みたいなどうしようもない…いじけ虫…じゃなくてさ…。 」

いじけ虫…まさにぴったり…西沢はフッと笑った…。

「ノエルを選んだわけじゃないさ…。 利用したんだ…。

 輝にとって出自の違うおまえとの結婚は避けて通れない問題山積…障害物だらけで決心のしようもなかった…。
まぁ…仮に如何にかなったとして…おまえが特別な血統だってことを別にしても…結局のところ…輝の性格じゃ西沢家とはまったく反りが合わないだろうけどな…。

 だから…ノエルの子供を産むことにした…。
ノエルという媒介を通して…おまえとは切れない絆ができる…。
子供同士が実の兄弟だという確かな絆が…ね。

輝はそういう形を選んだ…。

言ってしまえば…僕だってそうだ…。
ノエルにエリクを産んでもらうことで…おまえとの間に絆を結んだ…。

利用する…なんて言葉は悪いけどもな…。
ノエルはすべてを承知の上で輝と僕に協力してくれたんだし…。」

それほど…おまえと離れたくなかったってことさぁ…。

最後のフレーズの…甘ったるい声が西沢の臍の辺りを擽る…。

その声はやめろ…っ!

げんなりしたように西沢が言う…。

滝川は声をあげて笑った…。

問題なし…だな…と…胸の内で安堵の息を吐いた。

 以前に比べれば西沢の状態はかなり落ち着いている…。
長年付き合ってきた輝が非業の死を遂げ、同時にせっかく輝との間にできた娘も失って、このところ散々な想いをしていたにも関わらず、普段と変わらぬ冷静さを保ち続けている…。

 西沢の中の4歳の紫苑もようよう成長を始めたのかもしれない…。
幾つになっても衰えを見せない祖母譲りの秀麗な横顔を見つめながら…そんなことを思った…。

 西沢の実母は早世したので面識はないが、滝川が高校生くらいの頃まではまだ巌もカタリナも元気で、西沢本家に遊びに行った折に何度か会ったこともある。
子供だったから…御祖母ちゃんが外国人なんてかっこいい…くらいにしか考えていなかったのだが…。

「結婚…と言えばさ…巌御大は何でカタリナ御祖母ちゃんと一緒になれたんだ…?
西沢本家の後継者ともあろう人が外国人との結婚なんて、一族から猛反対されそうな気がするけど…? 」

ふと滝川の脳裏にそんな疑問が浮かんだ…。

「あぁ…それね…。 話したことなかったか…?
祖父は曽祖父が高齢になってから迎えた後妻の子だったので、西沢家の後継候補からはずれてたんだ…。 」

高齢…っつっても…50ちょっと前頃だったかな…?
細かいことはあんまり覚えてないや…。

少しばかり自信なさげに西沢は言った。

「えぇっ? あの巌御大が家族から差別されてたってぇの…? 」

意外な逸話を聞いて滝川は思わず驚きの声をあげた。

とても信じられねぇ…あの御大には誰も逆らえんかった…って聞いてるぞ…。

「そういうことじゃなくて、曾祖父と先妻との間にはすでに成人した子供が4人も居たから、最初のうち祖父は自由の身だった…ってこと…。
後継はとっくに長男に決まってたんだよ…。

 ところがさ…いざ曽祖父が亡くなってみると、長男のところには子供がなくて、次男は病弱で独り身、養子に出した三男には先方の跡取りとなる男の子がひとりだけ、嫁いだ長女には男女ふたり子供はいるが、どちらも後継としての能力を持っていない…ってな状況で…。

 急遽、親子ほども齢の離れた長男が祖父を養子にした時には、すでにカタリナ御祖母ちゃんと結婚した後だったってわけ…。
御祖母ちゃんは外国人だけど能力者だし…厄介な家門もついてないし…で…まっいっか…ってことになったらしい…。 」

怜雄から聞いた話によれば…だけれどもね…と…西沢は付け加えた…。

「なるほど…それでか…。 」

滝川は頷いた。

 西沢を実の父親である木之内家の有から騙し取り、自由を奪って閉じ込めた張本人である祖父巌…。
愛情を注いだとは御世辞にも言えないが…西沢に莫大な財産を遺した…。
それも…他の孫たちとは桁違いの…。

「それでか…って…? 」

怪訝そうに西沢が訊き返した。

「巌御大の次兄さんは…多分…その後元気になったか…所帯を持ったかしたんじゃないか…?
そうなると西沢一族は次兄さんの立場を考えるようになる…。
御大はそのまま後継で仕方がないとしても…その後を次兄さんの希望する誰か…例えば次兄さんの実子なり養子なりに…と言い出したかもしれない…。

 御大がすんなり子息の祥さんを後継とするには…次兄さんと一族を黙らせるだけの何か大きな拠り所が必要だったんだ…。
裁きの一族の本流の血を引く紫苑が生まれたことは御大にとってはまさに渡りに船…。
祥さんの養子にしておけば誰も祥さんの地位を脅かすことはできなくなる…。

 ところがそんな折に祥さんの妻である美郷さんが絵里さんを事故死させた…。
祥さんの将来を思えば…真実は絶対に隠しとおさねばならない…。
養母が実母を死なせたなんてことが知れれば紫苑を有さんに返さなければならなくなる…。

そこで…有さんには自殺…表向きには薬の飲み過ぎによる事故死…としたわけだ…。」

まぁ…これは推理に過ぎんけども…それほど外れた話じゃないと思うぜ…。

眠気も吹っ飛んだか…少々興奮気味に滝川は言った…。

「母が自殺を図ったのは…事実だけどね…。 
電話で相庭にふられた直後…あれは完全に衝動的な行動だった…。

にしても…そうか…なるほど…それで祖父や養父の僕に対する異常な執着心の正体が分かったよ…。 」

 祖父が西沢を閉じ込めて他家に対して威光を示す手段としていることには、内心腹ふくるる思いもあったし、養父が告白した亡き妹への愛情ゆえの執着には、如何にもやりきれないものを感じていた。
けれども、養父の後継としての地位を確固たるものとするという実利を追ったものならば、閉じ込められた身として喜ばしくはないものの、方策としては納得できる…。

「相庭のこともさ…おかしいとは思っていたんだ…。
あの用心深い御大がわざわざ裁きの一族から御守役の相庭を招いてまで紫苑を確保しようとしたこと…。
気付いていたかどうかは分からんが相庭は宗主の密命を帯びた御使者…巌御大にとっちゃ何時破裂するか分からない爆弾を抱えるようなもんだぜ…。

だから紫苑はさ…巌御大と祥さんにとっては要らない子どころか如何あっても手放せない大事な御宝だったんだ…っ! 」

大発見をして喜びを隠せない子供のように滝川は声を弾ませた。

「期待しちゃなかったけど…あんまり…嬉しくねぇなぁ…そんな存在意義は…。
祖父もちゃんと事情を説明してくれれば良かったのに…。 
育ててもらってるんだから御養父さんの役に立て…とでも言ってもらった方が…ずっとマシ…。 」

僕にとっては実の父以上の人だったけど…養父にとって僕は…なんだったんだろうね…?

そう言って…少しばかり寂しげに西沢は笑った…。






次回へ


最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます~ (まさちゃん)
2010-08-25 08:03:24
dove-2さん、おはようさん

今朝早く起きて、これずっと読ませてもらっていましたよ

最近、本読んでないから文学もいいなぁ、、、って、本が読みたくなりました
しかし、これって、コピーしたんですか?
それとも、dove-2さんがに打ったのかなぁ・・・
暑い毎日ですが、忘れかけてた感覚を思い出させてもらえるような記事でしたよ
dove-2さん、ありがとう
返信する
まさちゃんへ (dove-2)
2010-08-25 09:36:03
まさちゃん…実はdoveのブログはもともとはdoveの小説の発表の場なんです…。
作品は全部doveの自作…オリジナルばかりです…。
今は動植物やエッセイの方が多くなってしまったけども…。
興味を持っていただけたら嬉しいです。
読んでくださって有難うございました。
返信する
またまとめて読みますね (KEN-SAN)
2010-08-27 22:24:19
ご無沙汰です。
ボチボチ始動しています。
またまとめて読んでみます。
長編だから、ブログで全て小説を続けるのも困難でちょっとジレンマを感じますよね。
返信する
KEN-SANへ (dove-2)
2010-08-27 23:27:08
まぁ…自己満足で書いてますから…。

小説の時にはほとんどコメが入らないのが現状です…。
それがちょっと寂しいかな…。
ずっと昔から読んでくださっている30人ほどの方がおられるのですが…最近は作品の発表に間が空くので…まだ読んでくださっているのかどうかも分かりません…。

本当は小説ブログの方に出した方が反応があるのでしょうけど…わざわざ別のところに書くのも面倒なので…。
返信する

コメントを投稿