徒然なるままに…なんてね。

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一番目の夢(第三十二話 ちょっとした事故)

2005-06-16 12:08:39 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 修練場の壁にもたれながら透と雅人は修の帰りを待っていた。術を使うには危険を伴うので修のいない時には何もしてはいけないと固く約束させられていた。

 学校から戻ると宿題などを先に終わらせ、夕食を済ませ、修練場で修の帰りを待つ。そんな生活がどれくらい続いているだろう。

 自分たちにはまだ内緒で宿題や課題を片付けてくれる悟や晃がいるけれど、修は仕事だからそうもいかない。残業で帰って来られなかったりすることもある。

 「今日は…。」

 「デートだったりして…。」

 顔を見合わせて二人は笑った。

 「なあ雅人…おまえ何か知ってるだろ?」
透は訊いた。雅人はじっと透を見ていたが、思い切ったように応えた。

 「修さんはさ…その人が好きなんだよ。何もかもちゃんと分かってて、それでも好きなんだ。
だから僕は何も言えない。」
 雅人は人の心を読むことができる。修のようにガードが固くても雅人に対してそれほど警戒していないから少しは分かる。

 「でも、修さんはまだプロポーズしたわけじゃないんだろ?」

 「してないよ。」
 修が突然現れたので二人とも飛び上がった。片手に子犬を抱いている。もう一方の手には子犬の入った籠を持っていた。

 「そんなに気になるかい?」

修は笑いながら子犬と籠を渡した。雅人が受け取った。

 「だってさ。うわさが…。」

そう言いかけて透は雅人に止められていたことを思い出した。

 「笙子の恋人が男女を問わないってことだろう。今も女の子がひとりいるよ。
そんなにいけないことか?」

修は二人に問いかけた。二人は唖然とした。

 「別にいいと思うけどな。好きになった相手が偶然男だったり、女だったりするだけの話だ。
僕にもそういうところが全くないとは言えないよ。現におまえたちとか。」

『ううっ』と思わず二人は引いた。

 「あはは。冗談。冗談。でもな。ほんとに好きになっちまえばそれまでってこと。」
修はさも可笑しそうにカラカラと笑った。

『この人ならありえる。』と二人は思った。 



 
 「さて、今日はこの可愛いワンちゃんたちにお相手願おう。」

子犬は二匹とも籠の中に入れられて、可愛い顔を覗かせていた。

 「この二匹は同じ親から生まれている。大きさも柄もよく似ていて瞬時には見分けがつきにくい。だが、この二匹にも微妙に魂の波長に違いがある。まずは術を使う前によくその波長の違いを確認すること。」

 二人は真剣に子犬の波長を探り始めた。これまで植物から始まって、昆虫、鯉、鳥類と段階を追ってより複雑な思考回路を持つ生き物に挑戦してきた。

 瓜二つとも言える子犬の波長を感じ分けるには、より鋭敏に感受する能力を働かせなければならない。感受する能力に長けている雅人にとってはそれほど難しいことではないが、攻撃力が主力になっている透にとっては多少なりと努力が必要だ。

 ある程度二人が波長の差を感じ分けられるようになると、修は子犬を籠から出して自由に走り回らせた。動き回る子犬の波長の差を捉えさせるため修がわざと子犬二匹と戯れる。
 修の波長と子犬の波長が入り乱れてさらに捉えにくくなり、透は何度も探り直さなくてはならなかった。
 
 鳥に挑戦した時も手が震える思いだったが、子犬となるとさらに緊張が増した。再び籠の中に入れられた子犬たちの温かい魂の感触が二人の手に残って消えなかった。

 籠で動きを止められていた子犬で成功をすると、修はまた子犬を外に出してじゃれ付かせた。
遊び好きの子犬たちは修にまとわりつき楽しそうに跳ね回った。


 やっと子犬にも慣れてきた二人は入り乱れる波長の中からそれぞれの子犬を選び出した。
透が自分の子犬の魂に触れようとした瞬間それは起こった。透は愉快そうに子犬と遊ぶ修の方に一瞬気をとられてしまったのだ。

 急に修の身体が崩れ落ち床に倒れこんだ。雅人が叫びながら修に駆け寄った。何が起こったのか分からず透はパニックに陥った。

 「修さん!聞こえる!戻ってきて!ここだよ!」 
  
雅人は必死で大声を上げた。修の身体はピクリとも動かない。人形のようになって転がっている。

 「透!ボーっとしないでおまえも呼べ!修さん!ここだよ!」

透は頷いた。だが声が出なかった。 
透はショックで動けない。多分方法も思い浮かばないだろう。自分がやるしかない。雅人は決心した。

 「透。見てろよ。」

 雅人はすべての意識を慧眼と呼ばれる部分に集中した。ここには第三の目があると言われている。目を閉じて自分たちの周りを探り、修の波長を捉えようと試みた。
それはすぐ傍にあるのを感じた。
 
 「修さん…。そこだね。笑ってる場合じゃないでしょ。透がショック死する前に戻ってもらうからね。」

 雅人は両手の掌をそっと上に向け何かを包み込む動作をし、そのまま両手を修の額へとそっと差し伸べた。修の魂を修の身体へといざなっていたのだが、大パニック中の透には何も見えていなかった。
 
 大きく呼吸をしたあと修の身体が動き始めた。雅人はほっと息をついた。

 「透。もう大丈夫。」

 「雅人…有難う。ほんとにどうしようかと…。」

 修が頭を抑えながら、ゆっくり起き上がった。

 「今のはちょっと痛かったな…。透。頭ぶつけたし。」

 「修さん。ごめん。ごめんよ。」

 透は半泣きだった。修は叱らなかった。突然のトラブルに対処できない透の弱さは育てた自分の責任だと感じていた。この弱さが克服できなければ、どれほどのチカラがあろうと意味がない。

 「雅人。おまえはもう大方のことには対処できる。よく落ち着いて行動した。」 

 「ほっておいてもよかったんだけどね。修さん自分で帰って来るっしょ。」

雅人の言葉に修は微笑んだ。
 
 チカラでは劣っているはずの雅人が、透よりはるかに優れた働きをする。透は内心複雑だった。本当に自分は宗主として一族を率いていけるのか。雅人が宗主になるべきじゃないだろうか。
 透は自分がなかなか修から自立できないでいることや、肝が据わってないことを自覚していたし悩んでもいた。

 ふと冬樹のことを思い出した。無力な冬樹は一族からいつも透と比較されながら、それでも宗主にはおまえがなるのだと言われ続けてきた。どんな思いで毎日を過ごしていたのだろう。

透は、何を言われても笑顔を絶やさなかった冬樹の本当の心を、今になって垣間見たような気がした。



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