徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十三話 父二人)

2005-06-17 19:08:00 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 今日はどうしても修練をする気になれない。夕べ眠れなかった疲れもあって透はぼんやりと通り過ぎる景色をを眺めていた。乗っているのは家とは全く反対の方向を目指すバスで、どこへ行こうとしているのか自分でも分かってはいない。

 聞き覚えのあるバス停で降りた後、当てもなくぶらぶらと歩き始めた。何気なく見上げるとそこは黒田のオフィスの近くで自分が父親の所へ向かっているのだとようやく気付いた。

 ベルを鳴らすと黒田はそこにいて驚きながらも透を迎え入れてくれた。

 「逃げ出したおまえが、わざわざ会いに来てくれるとは光栄だ。」
透のためにお茶を入れながら黒田は機嫌よく言った。俯いたまま透は黙っていた。

 「何があったんだね? ん? 」

 「強く…なりたい。」

 黒田が訊ねると透は蚊の泣くような小さな声で言った。
やがて透は夕べのことをぼそぼそと話し出した。父親は相槌を打ちながら息子の話にじっと耳を傾けた。




 暗くなっても帰ってこない透を探して、雅人は心当たりあちこちに電話をかけたりしてみたが透はどこにもいなかった。
  修が帰宅しても修練を始めるわけにもいかず雅人はやきもきして透の帰りを待っていた。
 
 「雅人。いいんだよ。さぼりたいときもあるさ。」

 「言わせてもらうけど甘いよ。修さん。寛容なのと甘やかすのとは訳が違う。
透はただでさえ甘えん坊なのに。」
 
雅人のその言葉に修は悲しげな笑みを浮かべた。

 「そうだね…。でも…透は父親のところに…多分何か相談でもあるんだろう。」

 雅人は驚いた。
『知ってたんだ。』実は雅人も気付いてはいた。しかし、口にすれば修を悲しませると思い黙っていた。実の親に会いに行った透の行動を修はどう考えているのだろう…。

 「気を使わなくていいよ。雅人。僕は黒田にやきもちなんか焼かないからね。」



 

 息子の失敗談を聞いて笑うわけにはいかないが、黒田としては相手が修で不幸中の幸いだったと内心ほっとした。他の者ならあの世行きだったのかも知れない。

 「それで…自信無くしたわけか。」
 
 「雅人みたいになりたいんだ。雅人は修さんにそっくりで…何でもできる。」

黒田の口元にあのにやけた笑みが浮かんだ。『やきもち半分…悩み半分。』

 「雅人は強いわけじゃない。弱い自分を見せないように努力しているだけだ。今のところはな。
修は…まあ強いと言えば強いが弱い所も全く無いわけじゃない。

 おまえ…修だって泣くことがあるのを知っていたか?」 
 
 透は驚いたように黒田を見た。
そのことは自分の胸にしまっておこうと思っていたが、この子のためには話してやった方が薬かもしれない。黒田はそう思った。
  
 「あの前修行の夜、修はここで泣いていた。冬樹が死んだのは自分のせいだと言ってね。
自分がおまえたちを甘やかして鍛えなかったからだと…。

 俺は違うと思うね。修のせいじゃない。

 修はいつでも真剣におまえたちと向き合っておまえたちを育ててきた。ことの良し悪しを教え、必要以上に手を出さず、おまえたちに生きる術を学ばせてきたはずだ。

 自分の身を捨てて必死でおまえたちを護ってきた。それでも助けられなかった。ならば、それが冬樹の運命だったとしか言いようが無い。 

 そうだろ?」

透は力なく頷いた。 

 「だが、親の身としてみれば悔やみきれぬ思いが残るものなんだ。たとえ不可抗力だったとしてもな…。
 誰がどう慰めようと修の心からその痛みを消すことなんてできない。時が少しは癒してくれるだろうが…永久に忘れることなどできない。」

 「葬式の時だって毅然としていたんだ。修さんがあんたに…他人に涙見せるなんて…信じられないよ。強い人だもの。」
 
 修が弱みを見せるなどありえないと透は思った。透にとっての修はヒーロー的存在だった。

 「あの夜は修もぼろぼろ状態だったからな。何日も断食した後でおまえの衝撃波をまともに受けて、気休め程度の手当てだけでよく耐えていたものだよ。
ここで倒れたりしなきゃ俺も気付かなかった。

 それだけでも修は十分強いさ。

 だけど、修は人間だ。ほんの少し弱みを見せたからって何が悪い?
いつまでもおまえの理想像を押し付けられたんじゃ修だってたまらん。

 修や雅人が強く見えるのは、自分の弱さを嘆くのではなく、その弱い部分を補うように絶えず自己研磨しているからだ。生きるためにな。

 おまえは嘆いているだけ。人が何とかしてくれるのを待っているだけ。いつでも修が助けてくれると思っている。

 おまえが他力本願なのは修の育て方のせいじゃないぞ。おまえの自助努力が足りないせいだ。
要するに怠け者なんだ。」

 透は下唇を噛んだ。腹は立つけれど確かに黒田の言うとおりだ。『本当は雅人にも言われていたことなんだ。』
いつまでたっても自立できないのは修のせいではない。自覚が足りないせいだ。
何があっても自分で乗り切っていこうという自覚が足りないから何かあるとすぐにパニックに陥ってしまう。

 「このままのおまえではいくら大きなチカラを持っていても役にはたたん。
下手をすれば冬樹のように殺される。

 弱けりゃ格好つけずに弱さ前面に曝け出してもいい。おまえは何としてもしぶとく生き抜け。強さより図太さだ。図太けりゃ弱さなんぞいくらでもカバーできる。

 修が本当におまえに望んでいることはそれだけだ。

命落として修を泣かすようなことをしたら俺が許さん。」

 透は父親の顔をまじまじと見た。離れて暮らしていてもこの人は自分のことをどこかで見ていたに違いない。そう感じた。

 「親父と呼ぶべきなのかな。」

ポツリと透は呟いた。

 「俺を父親だと思うなよ。今までどおり黒田で十分だ。
おまえの親父は修だ。まあ、お袋的なところも多分にあるが…。」

黒田は声を上げて笑った。

 「修さんは…親父じゃかわいそうだよ。若いんだから。」

 「そりゃそうだな。あはは。」

笑いながらも黒田は決心していた。
『透の父親は修。それでいい。俺は親戚の小父さんでかまわんさ。』と…。





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