徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十一話 藤宮のうわさ)

2005-06-15 13:53:58 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 透たちが術のこつを掴みはじめ、ようやく修練も軌道に乗り始めた頃、藤宮の隠居所には再び主だった同志が集まった。この頃になると、三左の藤宮に、特に笙子に対する嫌がらせが頻繁になり、藤宮としても黙って見過ごすわけにはいかなくなってきた。

 「笙子のことだから大事はないが、藤宮としても手をうつことにした。修も気がかりだろうからな。」
いつでも穏やかな人だが今日はとりわけ機嫌のよい輝郷の言葉に次郎左も満足げに頷いた。

 「ご高配痛み入ります。」
修が頭を下げ礼を述べた。なぜか貴彦だけが渋い顔をしていた。
 
 藤宮の人たちが何か妙に愛想のいいことに透も雅人も違和感を覚えた。後ろに座っている悟と晃を振り返ると、彼らがそれぞれに耳打ちした。

 『聞いてないのか?修さんと笙子さんの結婚話だよ。』『知らねえよ。』
 『本人同士はまだ決めてないらしいんだけどね。』『お祖父さまたちが乗り気でさ。』
 『聞いてないよ。』

 「こら。坊主たち。うるさいぞ。今日はおまえたちには特に話はないから、あっちで遊んできなさい。」
 輝郷がまるで幼い子供を嗜めるようにそう言ったので、四人は隠居所を後にした。



 悟は透たちを自分の部屋に案内した。
部屋へ入り際、晃が廊下を見回して誰も近くにいないことを確認した。
 
 「訊きたいだろ?」
悟が笑いながら言った。透も雅人もうんうんと頷いた。

 「三左の馬鹿が修さんの気を君たちから逸らさせるために、藤宮との結婚話を持ち込んだんだよ。相手は僕らの従姉で、修さんの幼馴染、笙子さんというんだ。」
すぐ後を引き継いで晃が言った。

 「その笙子さんというのが大変な人でさ。藤宮でも一、二を争うすごいパワーの持ち主なわけ。
性格も容姿もすごくいい人なんだけどさ。ちょっと問題が。」
晃は話を止めて皆を見回した。

 「両刀使いらしいんだな。しかも結構遊び好きであっちこっちに付き合ってる姉ちゃんだの兄ちゃんだのがいるらしくてさ。」

『ええーっ!』
透も雅人も思わず叫びそうになるのをやっと堪えた。

 「これは藤宮だけのうわさだよ。うわさ。世間じゃ、浮いた話一つないお嬢さまで通ってるから。」
悟が念を押した。

 兄弟の話では、藤宮としては不名誉なうわさが世間に出る前に笙子を嫁に出してしまいたいというのが本音で、紫峰家から話があった時には渡りに船、例え、あの三左の申し出でも表向きには宗主からの話ということ、一族あげて大乗り気らしい。

 『修さんはそのことを?』
透が訊こうとするのを、雅人が止めた。

 「単なるうわさだ。透。修さんには何も言うなよ。おまえたちもだ。」

 「なんでさ。そんな人と結婚したら…。」
透が雅人に食って掛かった。

 「透。これは修さんの問題だ。僕らが口を出していいことじゃない。」
雅人は皆に有無を言わせなかった。『何か知ってるな。』透はそう感じた。

 「あっ…それはそうとさ。おまえたち調子はどうなの?」

 「そうそう。今日、儀式の日が決まるんだろ?僕たちまた手伝いに行くことになってるんだ。」
二人が気まずくなりそうなので藤宮の兄弟は急いで話題を変えた。

 「それがさ…マジやべえの。」

 透も雅人も『よくぞ訊いてくれました。』と言わんばかりに勢い込んで話し始めた。日頃愚痴もこぼせない彼らにとってはいい鬱憤晴らしだった。
勿論、相伝の内容や修の過去に触れることはしなかったが。 



 隠居所では最終儀式の段取りと立ち合う長老衆の名前などが決められていた。例のこともあって藤宮側は終始和やかだった。

 「これで大方決まったな。後はあのお二人さんのがんばり次第ということだ。」
輝郷が言った。一同はほっと息をついた。

 「今一度、大叔父さまにお伝えしておかなければならないことがあります。」
修が次郎左のほうに向き直った。

 「何ごとかな。」
次郎左はただならぬものを感じ取った。こういう時の修には有無を言わさぬ迫力がある。
大叔父次郎左といえど姿勢を正さざるをえないほどの威圧感を感じる。
その場の皆に緊張が走った。

 「三左は悪人とはいえ、大叔父さまにとっては血を分けた兄弟です。親しくなさっていなくともそれなりに情がおありでしょう。

 もし、眠れる一左を救い出すことができれば、三左の魂はその時点で行き場を失います。
うまく冥界へ行けばよし。そうでなければ奴のことだ。また他のものに憑依する。今度は一族のものとは限らない。

 紫峰家の奥儀が門外不出なら、紫峰家が出した悪もまた門内で絶たねばなりません。」

 「それはおまえの言うとおりだ。」
次郎左は頷いた。

 「絶つと決めた以上はたとえ相手が身内であろうと決して手加減は致しません。
その場で何が起ころうと大叔父さまにはその旨肝に銘じておいて頂きたい。
よろしいですね。」

 次郎左は完全に気圧された。『手加減をしない…。この男が本性を現すというのか。』
身のうちに震えが起こり額に汗がにじみ出た。
 修の持っているチカラが並でないことくらいは次郎左も知っている。自分よりはるかに大きなチカラだということにも気が付いている。おそらくは長老衆も…。

 だが、それに触れるのが怖ろしくて誰も確かめたことはない。確かめる必要も無かった。
穏やかな樹の御霊の存在だけで十分だった。

 樹の御霊の怒りに触れるなど禁忌のこと。

『もはや…避けられぬか。』
次郎左の胸の内に底知れぬ恐怖が渦巻きだした。 



  
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