徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百十二話 ああ…眠れない…。 )

2007-02-06 17:16:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 麗香の好きだった薔薇の紅茶を飲みながら…ほっと一息ついている…。
今はもう…面影すら残っていないこの部屋で…ひとりきり…。

 それでも今は…以前のように痛いほどの寂しさは感じられなかった…。
まだ淡いながらも温かな陽光の射し込む部屋…庭田にも春が訪れていた…。

 バラ園の方から楽しげな子供たちの声…。
ちょっと微笑んで智明は席を立った…。

 窓から見下ろす庭園の中ほどに…学校帰りの少年たち…。
みんな…智明が預かった庭田の将来を担う子供たちだ…。

 これまでの庭田のやり方では、主流と傍流に隔たりが有り過ぎて、いざという時に意思の疎通を欠いてしまう…。

 お告げ師である天爵ばばさまが選ばれると…一族のことはほとんどばばさまひとりが仕切る…。
何事も無ければ…それはそれでいいのかもしれないが…万が一…ばばさま自身に何かことが起きた場合に…他に一族を動かせる者が居ない…。

子供の頃からお互いの人となりを知っておくことが大切…。
そうやって育んだ信頼関係が後々ものを言うのよ…。

そう考えて…一族から力のある子供たちを選び出し…将来の幹部として教育することにした。

 その中には…あのHISTORIANの少年も混ざっている…。
庭田の子には為り得ないが…これまでとは違う同年代の子供たちとの生活の中で自分の本当の生き方を見つけて欲しいと思う…。

 HISTORIANの誤った教理から解放された少年は、最初は戸惑いながらも他の子供たちと次第に打ち解け、手探りながらも少しずつ齢相応の生活を取り戻しつつある…。

 お姉ちゃまのように偉大な存在にはなれないかも知れないけれど…私は私なりに庭田の長としてできる限りのことをするわ…。

 飾り棚の上からこちらを見ている麗香の遺影にそう囁く…。
麗香の前では未だにスミレのまま…。
そう…多分一生…このまま…。

天爵さま…ただいまぁ!

子供たちが窓を見上げて大声で言う…。
智明は笑顔で手を振った…。
 
いけませんねっ! ただいま戻りました…と申し上げなさいっ!

三宅の叱咤する声…。

聞いた…? お姉ちゃま…。 三宅も一人前よ…。

クスクスと笑いながら智明はまた…湯気を立てているティーカップの前に戻った…。



 仕事部屋の床に腰を下ろしたまま…壁にもたれ掛かってぼんやりとイラストボードの方を見つめている…。

 このところ手元に置きたい作品…が描けない…。
依頼されたものは描けるのに…本当に描きたいものが浮かんでこない…。

やっと時間ができたというのに…。

 朝から何度…この部屋に来たことか…。
もう覚えてもいない…。

ただいまぁ…。

 仕事から戻ったノエルが子供たちを連れて部屋に入ってきた…。
可愛い手が四つ…西沢に飛びついてくる…。

 西沢はふたりをいっぺんに抱きかかえると…お帰り…と頬ずりした…。
嬉しそうにキャッキャッと笑う声…。

 お父さんの抱っこに満足すると…ふたりは滝川にただいまを言うために部屋を出て行った…。

 イラストボードを離れて壁際にへばりついているということは…思うように仕事ができていないという証…ノエルは西沢の邪魔にならないように子供たちの後から部屋を出て行こうとした…。

 「ノエル…ごめんな…。 子供たち任せっきりで…悪いな…。 」

不意に西沢が申しわけなさそうに言った。
えっ…?とノエルは振り返った…。

 「何言ってるの…紫苑さん…あの子たちは紫苑さんが育ててくれたんだよ…。
最近ちょっと面倒看てるだけで…僕…今までほとんど何もしてなかったんだから…。」

申し訳ないのは…こっちなのに…と思った。

 「少し仕事の間が空いたから…明日は子供たち置いて行っていいよ…。 」

そう言って西沢は笑顔を向けた…。 心労で憔悴した悲しい笑顔…。 
麗香が亡くなった時でさえ…これほどではなかった…。

 「ねえ…紫苑さん…先生の眼は…きっと良くなるよ…。
太極も何か考えてくれるって言ってたし…そんなに思いつめない方がいいよ…。」

ノエルはそっと西沢の頬を撫でた…。
西沢は…また微笑んで見せた…。

 「恭介の…ことだけじゃないんだよ…ノエル…。
もう少しで…大切な仲間たちや無関係な人々まで…巻き添えにしてしまうところだった…。
恭介が止めてくれなければ…僕自身が…滅びを招くところだったんだ…。 」

微笑が消えた…。
切なげな…表情だけが残った…。

 「だって…それは…紫苑さんのせいじゃないし…。
あの時…お伽さまが言ってたよ…。
紫苑は嫌でも…戦わねばならない…って…。 」

 そう…もし…西沢が居なければ…或いは戦わなければ…おそらくは宗主の後継者たちや宗主自身が動かねばならない…。
裁きの一族としては…できればそうした事態を避けるべきだ…と考えているに相違ない…。
西沢に何かことがあれば…本家の面々が表に出るとしても…まずは御使者である西沢を先陣に…ということなのだろう…。

 「それでも…この世に存在しなければ…存在しないでよかったのかもしれない…。
少なくとも…僕が居なければ恭介にひどい思いをさせることはなかった…。 」

それを否定するようにノエルは首を振った。

 「馬鹿なことを…。 紫苑さんが居なければ…僕等はとうに死んでたんだよ。
人間はみんな消えていたんだ…。 

 そんなの…紫苑さんらしくない…。 
僕に存在する意味があると教えてくれたのは…あなただよ…。 」

西沢はまた笑みを取り戻した…。
けれどそれは…自嘲するような遣る瀬無い笑み…。

 「そうだね…。 矛盾してるよね…。
偉そうなことを言っても…僕自身…未だに母の遺した呪縛から逃れられなくて…得られる筈もない答えを探してる…。 」

恭介はね…と西沢は話し始めた…。

 「いつでも…どんな時でも…紫苑のためにって…そればかり考えてくれてる…。
僕がどんなにすげなくしようと…ただ笑って…見返りも求めない…。
正直…恭介が居てくれて…どれほど…救われたかしれない…。 」

 見返り…は…結構あると思うけど…とノエルは胸の中で呟いた。
だって…ねぇ…先生ってば…わりと無遠慮に紫苑さんのこと玩具にしてるし…。

 御人好しのちょい抜けで…少しばかり鈍なところのある西沢本人は…それに気付いていないのかもしれない…。
そんなふうに思った…。

それとも…長い付き合いだから少々のことには慣れちゃったのかもね…。

 「恭介が身体張って…僕を止めようとすることくらい…分かってたのにな…。」

溜まりに溜まった怒りを自力では抑えられなかったことに対する後悔が西沢を責め立てているようだった…。

 「大丈夫だよ…紫苑さん…きっと治る…。 僕は…そう信じてる…。 」

そう言ってノエルは西沢に頬寄せた…。



 西沢を護るために滝川が怪我を負ったことについては…宗主から滝川本家に対して正式に謝罪と御礼の文書が届けられ…滝川族長は快くこれを受け取った…。

 滝川の治療と生活については宗主が手厚い保障を申し出たが…滝川は最初これを丁重に辞退した…。
能力者の間でしか通用しないものの治療師を本職とすれば…食べることくらいはなんとかなる…というのが辞退の理由だった。

 しかし…宗主の顔を潰しては族間のトラブルの元になる…と滝川家の族長が直々に諭し…滝川は渋々ながらも申し出を受けた…。

 「今の宗主の治療師は裁きの一族でも最も力のある人で…有さんがその後継に指名されているんだ…。
その治療師が…僕を有さんの後継にと推挙したらしい…。 
つまり…裁きの一族本家の治療師として雇われちゃったってわけ…名目上は…。」

同族でもないのにな…。
滝川は苦笑した…。



 明かりを消してから…かなりの時間が経つというのに…眠れない…。
眠っている滝川を起こさないように溜息もつけない…。
ノエルは風邪気味の来人について子供部屋…。
そうでなくても…滝川が眼を傷めてから…何を思ってか…子供部屋で寝ることが多くなった…。

ああ…眠れない…。

 原因は分かっている…。
昼間…滝川の兄俊介から出た話…。
恭介を引き取りたい…と…。

それを聞いた瞬間から…西沢の奥底にある恐怖が頭を擡げだした。

 「紫苑…? 」

そっと寝返りをうった時…不意に滝川が声をかけた…。

 「ごめん…起こしちゃった…?  」

西沢は済まなそうに訊いた…。
暗がりで滝川がクスッと笑った…。

 「紫苑…僕は何処へも行かないよ…。
おまえに面倒かけることは分かってるけど…。 」

面倒だなんて…。
そんなこと思ってない…。
ただ…。

 「もし…また…僕が暴走したら…今度こそおまえを殺しちゃうかも知れないじゃないか…。
僕の傍に居たら…どんな目に遭うか分からないんだぜ…? 」

それなら…それで…いいよ…。

滝川はまたクスッと笑った。
が…すぐに真顔になった…。

 「たった四歳の子供が実母に殺されかけたあげく…その実母が養母の過失によって事故死する現場を見てしまった…。

おまえが受けた衝撃がどれほどのものだったのかは想像もできないけど…。

 ケアもされずにひとりぼっちで部屋に閉じ込められ…心を病んだ従兄弟たちに暴力をふるわれ…養父母には不本意なことばかり強いられて…。

 相庭のお蔭でなんとかまともに育ったとはいえ…おまえが長年耐えに耐えて抑え込んできた恐怖と怒りが消えないのは仕方のないことだよ…。 」

それに…この眼のお蔭で…もうひとつ答えができた…。

滝川の手がそっと西沢の頬を撫でた…。

 「紫苑は…僕のために生きてくれなきゃ…。
僕の面倒…看てくれるだろ…。 ちゃんと存在の理由ができたじゃないか…。 」

 なっ…紫苑…生きていていいんだよ…。
紫苑は要らない子なんかじゃない…。
頬から頭へ…滝川の手が移動した…。

 いっそ…おまえのせいだ…と責めてくれればいいのに…と西沢は思った…。
生涯…おまえにたかってやる…とでも言ってくれた方が気が楽だった…。
懸命に庇ってくれようとする滝川の気持ちが痛かった…。

 「止せよ…子ども扱いは…。
そう簡単に死ぬわけないじゃない…ふたりも子供抱えてるんだぜ…。 
ノエルも居るしさ…。 」

 不機嫌そうに西沢は自分の髪を撫でている滝川の手をはらった。
滝川は少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが…西沢には見えなかった…。

 「紫苑…実は…もうひとつ…答えがあるような気がするんだ…。
眼を傷めてからずっと考えていたんだよ…。
おまえの中に太極がなぜ滅のエナジーを埋め込んだか…を…。 」

 滅の…エナジー…。
西沢の知らないうちに体内に潜んでいた魔物…。
怒りで我をなくした西沢に滅びをそそのかしたとんでもない奴…。

 「今の段階では…想像に過ぎないんだけど…太極と宗主が交わした契約に因るものじゃないかと思うんだ…。 」

 太極と宗主との契約といえば…能力者たちが気と交わした約束を護っている限りは怒りに任せて人類を滅ぼすようなことはしない…というもの…。

 別段…それ以外に西沢が知っている…或いは知らされているものはない…。
西沢はトップではないから…西沢自身が直接…太極と契約する権限もない…。

 それが…なぜ…西沢の存在理由に関わってくるのか…?
しかも…体内に埋め込まれた滅のエナジーという形で…。

西沢は訝しげに…薄闇の中の滝川を見つめた…。
 





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