永野宏三のデザイン館&童画館  アート日和のできごと

イスラエル国立美術館、ミュンヘン国立応用美術館、国立国会図書館、武蔵野美術大学美術館図書館他に永野宏三の主な作品が収蔵。

またまた70年代。

2010-12-14 15:25:16 | 日記・エッセイ・コラム
1970年のころは1ドルが360円くらいだったでしょうか。当時その状況で、300円を割って円高になるとたいへんだと新聞などが騒いでいました。今では80円台で大騒ぎになります。
当時と今の経済状況は違いますが、80年代に向うと「 オー、モーレツ!」とか「ゆっくり行こうよ」などのフレーズによるCMソングがありましたが、当時の社会現象としてこのフレーズが生まれたようにいわゆるモーレツ社員という表現が象徴するようにサラリーマンが日本の経済を支えていました。団塊世代という人たちが必死になって働きまくっていました。ぼくの年齢は団塊世代の類には入りません。その下の世代です。経済が成長していたそのころ、団塊世代の人たちの話しを聞いているとぼくは、ぼくの世代とは違う感覚で受けとめていました。団塊の人たちは理詰めというか理屈でぐいぐい迫ってくる感じで、話しを聞いていると疲れるなという感じでした。でも話しは結構おもしろかったと思います。
団塊世代の人たちの人口は中学生時代はすし詰め教室で育った時代ですから、人口的にみてもかなりの人口です。70年、80年と衣類などに気を使ったり、そろそろ自分の車を持ったりと消費に貢献していて当時の経済を支えていたのでしょうね。
70年から80年代はベースアップ要求手段でシーズンになると旧国鉄、西鉄などの電車・バスがストでよくストップしていました。
この頃の時代にはぼくはあまり興味はなく、仕事のデザインに集中していました。そのころはよくデザインやアートの情報をもとめて、時々夜光列車みずほに乗って車中2泊3日で東京に行ったものです。その頃見た展覧会と云えば、「アンディー・ウォーホール展」や「ピーター・マックス展」「ポール・デイビス展」などが懐かしい思い出です。青山のギャルリー・ワタルの現代アートは先端の感覚を行っているような感じで興奮して観たものです。かと思えば一転上野や浅草の演芸場で落語を聞いたりするのも楽しみでした。