永野宏三のデザイン館&童画館  アート日和のできごと

イスラエル国立美術館、ミュンヘン国立応用美術館、国立国会図書館、武蔵野美術大学美術館図書館他に永野宏三の主な作品が収蔵。

フォレスト・ガンプ。

2009-11-29 06:18:21 | 日記・エッセイ・コラム
Kさんから定年退職したことと、それに伴い故郷に帰ってきたとを記したはがきが届いた。Kさんとは16年会っていない。いつもどうされていのかなと気になっていたが、賀状のやりとりくらいで連絡をとっていた。年代を振り返ってみると、あっという間のことで凝縮された記憶が脳裏にすぐさまリターンしてくる。自分では日常のできごとひとつひとつが、ついこの間の事象で、そんなに歳をとっているような感覚はなく、Kさんからのはがき1枚で、ずいぶんと歳を重ねてしまったなと一瞬にして、年代の記憶のひだひとつひとつが長い時の刻みのものになってしまった。16年の長い間に社会も政治も、街の光景もガラリ変わってしまつたが、変わらないものは記憶の中の人の情けと思い出である。


陽気。矛盾。エコとエゴ。

2009-11-28 09:17:48 | 日記・エッセイ・コラム
穏やかであたたかい日中、電車に乗っていたら、ぽかぽかした陽気の暖かさが窓ごしに伝わってきて、車内にはそんなに暖房の温度は必要がないと思われるのに、やたらと暖房が効いていて、かなり暑い。乗客のサラリーマンらしき人や学生でいっぱいだ。その内、「暑いのう」、「なんね、暖房効きすぎやない」とあちこちから声が上がり出した。学生は上着を脱いでワイシャツ姿になりだした。そんなに着込んでいないのに、ぼくの背中は汗びっしょりになってしまった。鉄道会社はサービス精神から暖房を効かしているのだろう。あたりが読めないでいる。小倉駅に着き、ホームに降りたら鉄道会社のポスターが貼ってあり、文面には、「エコな列車を利用しましょう。鉄道はCO2を減らします。どこまでもエコです」。どこがエコかわからない。車内の異常な暖房と人間の汗。矛盾したエコに振り回された電車内だった。生きているとエコとエゴは背中合わせということがよくわかる。お腹が空いていたので、1番線ホームの立食いそばで久しぶりにかしわそばを食べる。食べ終ると、麺をゆでる窯の大鍋のそばで、ここでも汗びっしょりになった。仕事場に帰ると急ぎタオルで汗を拭き着替えをすませる。おかげで湯上がりみたいにからだがすっきりした気分になった。


名門、初V。

2009-11-23 07:36:03 | 日記・エッセイ・コラム
社会人野球日本選手権でJR九州野球部が初Vとなった。JR九州野球部グラウンドはぼくの家から歩いて3分のところにある。JR研修場と併設されている。門鉄時代は鉄道学園と言っていた。JR九州の本社機能は福岡市に行ってしまったが、門鉄が門司を拠点にしていたころは、このあたりは門鉄の町と言っていいほど、門鉄マンと家族が暮していた町。
野球部の練習を観ていると、かなり激しい練習量だ。ほとんどプロと変わらない。野球部のメンバーは礼儀正しい。選手が近くをランニングしいていると、「こんにちは」と頭を下げながらさわやかに挨拶をしてくれる。聞くとところによると、全国各地からこの野球部に入団していると言う。
季節によって、グラウンドにはプロのスカウトらしき人が目利きしている。西武・オリックス・広島などから来ていると噂を聞いたことがある。
野球部は歴史がある。初Vでりっぱな名門になってしまった。ご近所だから、我が事のように嬉しい。



時代と世代。

2009-11-21 17:19:52 | 日記・エッセイ・コラム
デザイン会議で福岡に行く。呉服町界隈を歩いていると、九州場所のお相撲さんが着物に雪駄履きで歩いていた。通り過ぎる度にお相撲さんの鬢つけ油の甘い香りがあたりに漂う。博多の歴史ある町と、これまた歴史のある九州場所がよく似合う。秋が終り、そろそろ冬がやってきたという季節の変わりも感じるのがこの時期である。
デザイン会議では学生のデザインに対する取組み方が話題になる。若い世代は今の時代では何もかもが満たされているせいか、デザイン創造性のところで、あまりハングリーさや貪欲さがないという話しになる。教育現場の指導者が言うのだから、たぶん実態はそうなのだろう。ぼくがデザインに興味を持ったのは、表現はもちろんだが、デザインを通して社会を見たり、自分の内面的なところというか考えを社会に訴えたいと思っていた。気持ちや思考が、まだ若いし単純的なところがあったから、そういう面をストレートに表現していた。教育の指導者が言うには、学生には先が解るように教えないとついてこないと言う。それと、人と違ったことをすることを極端に嫌がるそうだ。みんな一緒、同じでないといけないのだろうか。社会のシステムが成熟して事や物の仕組みが出来上がっているからかもしれない。政治も政権が変わって、いま話題の事業仕分けでは、科学文化的な事業が見直されて後退が予想されるから、ますますデザインアートも余波を受けそうな気がする。デザイン志望の若い世代に、あまりハッパをかけるのもどうなのか、考えてしまう。



八幡からの伝言。

2009-11-19 19:00:24 | 日記・エッセイ・コラム
Hさんから電話をいただく。ことしの四月、Hさんが所属されている刺繍の会に、微々たる協力をさせていただいた以来だ。四月十七日に小倉井筒屋で刺繍の会の展覧会でお会いした時と変わらぬ明るいお声に懐かしくなった。ぼくが八幡で展覧会をしているので、八幡に住んでいらっしゃるHさんに作品を見ていただきたく先日ご案内していた。Hさんは、はつらつとされていて、人間的にとても魅力のある方だ。Hさんと会話をしていると、とても気持ちが明るくなってくる。Hさんの所属されている会の拡がりを和を持って積極的に活動されている。そういうところにHさんの持ち前の明るさと心意気が反映しているのではないかとぼくは思う。Hさんは「会のみなさんと一緒に永野さんの展覧会に行きます」と、わざわざ電話を入れていただいた。Hさんの機微なる恩情にとても嬉しくなった。