今朝の門司の空は久々に雲ひとつなく、すがすがしく青空が拡がっていました。少しですが冷えこみのある空気感も気持ちのよいものです。この二週間、伝わってくる深刻な震災被害の報道で重苦しいバリアーが被っていたような気分になっていたのですが、朝の青空で少し安らぎをもらったような気がします。
昨日Mさんが久しぶりに訪ねてきて、やはり話題は巨大地震と原発のことでした。Mさんもこのところ気が重たかったらしく、仕事に手をつける気にならなかったらしく、悶々としていたそうです。
Mさんの関東に住む大学時代の友人の子供さんを非難ホ-ムステイ先としてMさんの家であずかっているそうです。
バスに乗っていたら、後ろ座席に子供ふたりに大きな旅行バッグ、そして付き添いらしき年長者、たぶんおじいちゃん。三人の会話が聴こえてきて、ふたりの子供の話しはやはり地震被害に合い家が無くなったとのこと。ふたりの子供は門司のおじいちゃんの家へ避難してきたようです。
ふたつの事例で門司にも現実として、間接的ですが震災を共有することになりました。
こんどの巨大地震による津波で街がそして小さなコミュニテイである町、そして人があっと云う間になくなってしまいました。そこで日々の暮しを営まれていた人たちの思いは相当きつく苦しいものであったと思います。決して全てが無くなったとは思いません、家、家族の記憶、大切なものはあたたかく心の中では記録となって消えることないとはないと思います。
昨日Mさんが久しぶりに訪ねてきて、やはり話題は巨大地震と原発のことでした。Mさんもこのところ気が重たかったらしく、仕事に手をつける気にならなかったらしく、悶々としていたそうです。
Mさんの関東に住む大学時代の友人の子供さんを非難ホ-ムステイ先としてMさんの家であずかっているそうです。
バスに乗っていたら、後ろ座席に子供ふたりに大きな旅行バッグ、そして付き添いらしき年長者、たぶんおじいちゃん。三人の会話が聴こえてきて、ふたりの子供の話しはやはり地震被害に合い家が無くなったとのこと。ふたりの子供は門司のおじいちゃんの家へ避難してきたようです。
ふたつの事例で門司にも現実として、間接的ですが震災を共有することになりました。
こんどの巨大地震による津波で街がそして小さなコミュニテイである町、そして人があっと云う間になくなってしまいました。そこで日々の暮しを営まれていた人たちの思いは相当きつく苦しいものであったと思います。決して全てが無くなったとは思いません、家、家族の記憶、大切なものはあたたかく心の中では記録となって消えることないとはないと思います。