永野宏三のデザイン館&童画館  アート日和のできごと

イスラエル国立美術館、ミュンヘン国立応用美術館、国立国会図書館、武蔵野美術大学美術館図書館他に永野宏三の主な作品が収蔵。

フォークな情景が残る風景門司港清滝、日のあたる坂道。

2016-04-29 13:31:45 | アート・文化

絵著作:〈C〉永野宏三


門司港清滝四丁目にある坂道です。わたしは日のあたるこの坂道が好きでよく散歩します。勝手にネーミング、この坂道を日なた坂とよんでいます。
左手の日本家屋は旧料亭・三宜楼です。昭和6年に建てられた木造3階建ての現存する建造物です。故佐藤栄作さんや故出光佐三さんがこの料亭を愛し、足繁く通われていらしたそうです。故古川ロッパさんも来門された時に利用されたそうです。ちなみにロッパさんは、子供の頃、一時門司に住んでいらしたそうです。
この絵、向って右側の土塀は現在壊されてありません。この土塀は風情があって好きな風景だったのですが残念です。幸い、坂道をずうっと登って錦町に抜ける細い道には土塀が残っていて、なかなかいい雰囲気を醸し出しています。




ロムな時代は、何かつかみどころがないような。

2016-04-28 12:51:50 | 日記・エッセイ・コラム
最近フェイスブックをはじめたんですが、何だか虚しくなってきてわずか三週間でストップしてしまいました。
情報の時代であるとするならば、スピードを持って、発信する、情報を知るというのもFBもやってみて、確かに有りだなとわかったのですが、キーボードひとつで、気になること情報を仕入れたり、発信したりと確かに凄いのですが、やっていて、なにか虚しく淋しくなってきました。情報に振り回されているような感じになってきたのです。数秒もかからず情報の交換ができることは確かに便利なのはわかるのですが、わたしにはなんか違うのです。このブログを書くことも同じことかもしれなせんが。
子供のころ、なにか気になる人物や事象を知りたいと思った時は事典や専門の本などで情報を引っぱり出して調べたものです。得たものは今でもしっかり頭にはいっていますし、いろんな枝葉の知識も得たものです。いわゆる学ぶ楽しさみたいなものがありました。
パソコン、携帯は今の時代では必要でしょう。こんな便利なツールをもし使用しなかったら、時代に取り残されてしまいそうな不安な気になってしまいます。
でも、自分のペースを知り、価値観を定めておかないと、周りの情報激流に飲み込まれてしまいそうです。こう言っても、またFBを再開するかもしれませんが、しばらくは情報のスピードからスローダウンして、いわゆる地に足をつけるというか、もうすこし歩を揺るくして自分らしくいきたいと思います。

落ちつかない天気

2016-04-25 15:14:15 | 日記・エッセイ・コラム
九州門司は今週末からの連休を前に、天気が不安定です。温かいのか冷えているというのかのか重たい感じの天気です。
昨日は朝から昼にかけて関門海峡を挟んで、門司と下関は濃霧で辺り一帯が靄っていました。地震があったせいもあり気分が重い感じでした。
五月に向ってスッキリした天気になってほしいものです。

九州の思い

2016-04-23 13:33:16 | 日記・エッセイ・コラム
熊本、大分地震から10日ほどが経ちました。
熊本にいる親族、親友に連絡をちょこちょこ安否確認を取ってみると、返ってくる言葉には元気そうに表現しているのですが、やはり言葉のはしはしに疲れがでてきているようです。たぶん、連日続いている余震に疲れとストレスが溜ってきているようです。
それと、「なぜ熊本が?」という無念さみたいな言葉が出てきます。わたしが子供のころ熊本に住んでいたころ、よく頻繁に地震はありました。たぶん、また阿蘇に何かあったんだろうという感じで日常のことと思っていました。こんどのまさかの大地震は非日常のできごとでショックが大きいできごとです。
すこしでも、余震がおさまることを願っています。
九州新幹線博多熊本間が動きだしたのですこし安心しました。