脱ケミカルデイズ

身の周りの化学物質を減らそうというブログです。 

マイクロバイオーム

2012年09月23日 | 化学物質

日経サイエンス2012年10月号 特集 マイクロバイオーム
究極のソーシャルネット

人体には自身の細胞の10倍もの数の細菌が存在し、複雑な生態系を構築している。この生態系の異常が、肥溝や自己免疫疾患の増加につながっている可能性がある
J.アッカーマン(サイエンスライター)

KEY CONCEPTS 健康の陰の立役者

・人体には、自身の細胞の10倍にも及ぶ細菌細胞が存在する。これらの微生物が私たちの健康に有用な役割を果たしていることがわかってきた。

・私たちの身体が作ることのできない有益な化合物の遺伝子を持つ細菌や、過剰な免疫反応を抑える細菌などだ。

・このような「マイクロバイオーム」を構成する全細菌遺伝子の詳しいカタログを作ることが、コンピューターと遺伝子配列解読技術の進歩によって可能になってきている。

・残念なことに、人聞の生活の変化(とリわけ抗生物質の使用)によって有益な微生物が消えてしまい、その結果、自己免疫疾患や肥満が増加している可能性がある。

 

 かつて生物学者は、ヒトは生理学的に独立した存在であり、自らの体内活動を完全に制御する能力を持つと考えていた。食物を消化したり、栄養素によって身体の組織や器官を動かしたり、修復したりするのには酵素が必要だが、これらはすべて自分で作っている。空腹や満腹といった身体の状態を知らせるシグナルは自身の組織が伝えている。また、免疫系は、危険な微生物、つまり病原体を認識して攻撃する一方で、自已の組織への攻撃は控える方法を自ら学んでいる――そう考えられていた。

 しかしここ10年前後で、人体は結局のところ、自分できっちり何でもこなしているわけではなく、それほど独立した存在でもないことがわかってきた。人体はむしろ複雑な生態系のようなもので、皮膚や生殖器、口、とりわけ腸にいる何兆もの細菌や微生物を合わせた社会的ネットワークと見なすことができる。実際、人体の中にある細胞の大部分はヒトのものですらない。人体にはヒトの細胞の10倍もの数の細菌がいるのだ。

 このような微生物の生態系は「マイクロバイオーム」や「細菌叢(そう)」と呼ばれている。そこに含まれる細菌やその遺伝子は、人間にとって危険なものではなく、消化から免疫応答に至る基本的な生理機能を助けてくれる、極めて重要な存在になっている。

 人体の自律性とはそんなものだ。生物学者は人体で最も一般的な微生物の特性を着々と明らかにしてきた。最近では、これら住人が持つ特有の作用もわかり始めている。その研究過程で、人体はどう機能しているのか、また、なぜ肥満や自己免疫疾患といった現代病が増えているのかについて、新たな見方が浮かび上がっている。

(中略)

 「これらの病気にはみな、遺伝的要素も環壕的要素もある」とマズマニアンは言う。「環境的要素とは微生物のことで、その変化が人間の免疫系に影響を及ぼしている」。私たちの生活の変化とともに微生物の構成が変わり、フラジリス菌などの抗炎症性作用を持つ微生物も減った。その結果、制御性T細胞は十分に作られなくなった。この変化が、遺伝的に自己免疫疾患になりやすい人々での発症の増加につながったのかもしれない。

 もっとも、これは仮説だ。今の研究段階では、微生物の感染が減ったことと免疫疾患が増えたこととの間に相関は見られるが、あくまで相関にすぎない。まさに肥満の問題と同じで、どちらが原因でどちらが結果かを知るのは難しいだろう。共生菌が失われたために、自已免疫疾患と肥満の割合が急増したのかもしれないし、自己免疫疾患と肥満が増えたことで、これらの常在菌に適さない環境が作られたのかもしれない。

 マズマニアンは前者が正しいと確信している。すなわち腸内細菌叢の変化が、免疫疾患の大幅な増加につながったと考えている。それでも、「私たち科学者には、これらの相関を研究し、その根底にあるメカニズムを解き明かして因果関係があることを証明する責任がある」と、マズマニアンは言う。「それが、私たちのこれからの仕事だ」。(翻訳協力:千葉啓恵)