たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

市内散歩 その4

2015年10月23日 | その他

JR高山線鵜沼駅近くに、もう一つ飛鳥時代の村国郷の豪族・壬申の乱で活躍した村国男依(むらくにのおより)をご祭神の一人に祀る神社・村国真墨田神社がある。尾張一宮・真墨田神社の系列らしい。ここも小さな村の鎮守様というお社だ。

  

ここから少し南下し、木曽川沿いに陵南小学校があり、正門を入ってだらだら坂を校舎に向かい、校庭に入る直前に「大牧1号古墳」がある。学校内に古墳がある珍しい小学校で朝晩こどもの登下校を埋葬者が見守ってくれている。
校下の市民以外は気がつかない場所だ。この小学校には孫娘の保育を預かっていた20年ほど前、愚息がお世話になった縁で、運動会を見に行き、はじめてお目にかかった。その運動会に亡妻や、嫁、孫と行き最後の整理体操で愚息が指揮者を勤め、来賓席に孫と自分が座って堂々と拝見した。父と孫が目が合いコンタクトしたのを、目ざとく同僚の女先生二人が見ていて、終わるとすぐそばへ駆けて来て、孫に「誰と来たの・・」と話しかけた。「おじいちゃんと~、おばあちゃんと~、おかあさんと~・・」と孫は答えた。そんな昔話を思い出して写真に撮った。その孫が来春教職に内定を頂いた。よく整備された岩屋古墳だ。

その近くに、もう一つ「ふな塚古墳」がある。整備されていなく単に雑草地になっているが立派な小さな前方後円墳のようだ。

 木曽川が運んだ肥沃な沖積地・各務原台地は太古の昔から人が住み、市内は古墳だらけです。鵜沼の地、村国郷には国道21号線沿いの、小山にしか見えないが、県下では大垣市の昼飯(ひるい)大塚古墳に次いで2番目に大きい「坊の塚古墳」その埋葬者の衣装を葬った「衣装塚古墳」などがある。


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