今日『小島輝正著作集』の「エッセイ集1」を読んでいて興味を持った所。
《私が、到底学者などにはなれぬな、と思いきめたのは、しかし、そのような寛いだひと時の(渡辺一夫)先生との接触を通してであったと思う。当然のことながら、先生の学識は、私のようなものを完膚なきまでに圧倒してなお存分に余りがあった。しかし、私をひそかに驚嘆させたのは、そのことだけではない。それは、いわば、当り前のことであった。私をほとんど絶望させ、「学者」たる資格の欠落を痛感させたのは、その渡辺先生がそれでもなおかつ「分からない、分からない」を連発されることであった。これほど勉強して、まだ「分からない」ことがそれほどあるのか。分からなければならないことがそれほど残されているのか。俺などは、一生かかって勉強しても、その「分からない」ことの一万分の一をすら「分かる」ようにはなるまい。私は、そこで先生の学識に圧倒されると同時に、「学問」そのものの深遠に圧倒されたのであった。その「恐ろしさ」を、いやというほど思い知らされたのであった。そして、間違っても「学者」面するまい、と思い決めた。》
この中の《間違っても「学者」面はするまい、と思いきめた。》というところ。
ああ、小島さんとはそういう人だったのか!会っておきたい人だったなと思った次第。

《私が、到底学者などにはなれぬな、と思いきめたのは、しかし、そのような寛いだひと時の(渡辺一夫)先生との接触を通してであったと思う。当然のことながら、先生の学識は、私のようなものを完膚なきまでに圧倒してなお存分に余りがあった。しかし、私をひそかに驚嘆させたのは、そのことだけではない。それは、いわば、当り前のことであった。私をほとんど絶望させ、「学者」たる資格の欠落を痛感させたのは、その渡辺先生がそれでもなおかつ「分からない、分からない」を連発されることであった。これほど勉強して、まだ「分からない」ことがそれほどあるのか。分からなければならないことがそれほど残されているのか。俺などは、一生かかって勉強しても、その「分からない」ことの一万分の一をすら「分かる」ようにはなるまい。私は、そこで先生の学識に圧倒されると同時に、「学問」そのものの深遠に圧倒されたのであった。その「恐ろしさ」を、いやというほど思い知らされたのであった。そして、間違っても「学者」面するまい、と思い決めた。》
この中の《間違っても「学者」面はするまい、と思いきめた。》というところ。
ああ、小島さんとはそういう人だったのか!会っておきたい人だったなと思った次第。