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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ピエール・モントゥーのベートーヴェン「英雄」とシューベルト「未完成」

2011-01-18 13:47:19 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
シューベルト:交響曲第8番「未完成」

指揮:ピエール・モントゥー

管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ

CD:ユニバーサルミュージック(DECCA) UCCD‐5132

 私は、フランスの名指揮者であったピエール・モントゥー(1875年―1964年)については、昔はあまり意識しなかったが、最近になればなるほど、その指揮ぶりの的確さや、自然な曲運び、雄大な構成力などに引き付けられる。昔は、何といっても神様のフルトヴェングラーをはじめとしてワルターそれにトスカニーニ、あるいはフリッチャイ、ベーム、ムラヴィンスキーといったドイツ系、イタリア系、ロシア系の個性ある指揮者に興味があったわけである。これらの指揮者はいずれも個性的で、その曲に対する自分の感情を、前面押し出して指揮するタイプである。猪突猛進型とでもいおうか、オーケストラを自分の思い描く世界へと引っ張っていく。これはこれで聴いていて分りやすいし、「成るほど、ベートーヴェンはこんな考えで曲をつくったのだな」と想像力が湧き上がり、若き日の感情を移入するには、これらの指揮者は、私にとっては誠にもって相応しくも有難い存在であったわけである。

 ところが、時が過ぎ、長年にわたって同じ曲を聴いていると、「ホントにベートーヴェンはあんな感情で作曲したのであろうか」という素朴な疑問が頭を過ぎるときがある。そんなときにモントゥーの指揮したものを聴くと「はっ」と思い当たることがあるのである。モントゥーの指揮は、基本は楽譜に忠実に再現するということであろう。そしてそのことが、単に楽譜に忠実にだけで終わらないところが凄い所なんだろうと思う。曲づくりはあくまで自然で、自分の意思を強烈に打ち出すようなことをモントゥーはしない。しかし、いずれの場合でもスケールの大きな曲づくりは、凡庸な指揮者には到底真似できないところなのである。その結果、聴き終わった時には、個性の強い指揮者以上に、雄弁にその曲をリスナーに強烈に印象付けるという結果をもたらす。これは、オーケストラのメンバー一人一人の持ち味を最大限に発揮させたうえで、曲全体のバランスがづくりが誠に当を得ているから成せる技なのであろう。

 このCDは、そんなモントゥーがロイヤル・コンセルトヘボウを指揮し、名曲中の名曲ベートヴェンの「英雄」とシューベルトの「未完成」の2つの交響曲を録音したもので、ドイツ系指揮者では到底望めない、それぞれの曲の原点がリスナーの前に自然に提示されることに驚かされる。ベートーヴェンの「英雄交響曲」の第1楽章の響きからして、ドイツ系指揮者とは全く違う。力強さはあるが、同時に明るく爽快な響きが辺りを覆う。古い絵画を修復してみたら、我々が日頃見慣れたものとは違う絵が現れた、とでも表現したらいいのであろうか。もし。今ベートーヴェンが聴いたら、多分「僕のイメージはフルトヴェングラーよりモントゥーの方に近い」というのではないかと、私は密に思っている。この第1楽章のスケールの大きさは、他に比較するものがないと言ってもても言い過ぎでないだろう。第2楽章も、基本的には第1楽章と代わりはないが、葬送行進曲の足取りは限りなく悲しみにくれている表現が強烈であるし、ゆっくりとしたテンポがその思いを倍増させる。第3楽章のスケルツォもドイツ系指揮者ならおどろおどろしく指揮するところが、モントゥーはあくまで爽やかな曲づくりを目指す。しかも、オーケストラのメンバー一人一人のつくりだす響きは限りなく美しい。第4楽章も通常我々が聴きなれた「英雄」とは違う。モントゥーは、一音一音を確かめるようにゆっくりと曲を進める。そこには熱狂は少しもないが、逆に作曲家ベートーヴェンの姿がくっきりと現れてくるから不思議だ。ここでもオーケストラの響きは限りなく美しいことを特筆しておく。

 シューベルトの「未完成交響楽」指揮ぶりは、ベートーヴェンの「英雄交響曲」ほど意外性は少ないが、それでもオーケストラの持てる能力を自然に発揮させ、その上で曲づくりをするというモントゥーの真価は発揮されている。第1楽章は、スピード感を持った曲運びが聴いていて心地良いし、統率力のある、全体に締まった指揮ぶりには共感が持てる。第2楽章は、モントゥーの持ち味を最大限発揮させており、自然に盛り上がるオーケストラ響きが何とも心地よい。上辺だけの悲愴感なんてモントゥーはオーケストラに決して求めはしない。あるのは「シューベルトの作曲した未完成交響楽はこんなにも豊かな響きに満ち満ちている」という表現なのだ。そして指揮者とオーケストラの一体感が手のとるように分る演奏だ。凡庸な揮者が演奏するお涙頂戴指揮の演奏とは月とすっぽんなのだ。モントゥーはその人柄から、生涯にわたって、聴衆からもオーケストラのメンバーからも敬愛された指揮者であったわけであるが、このCDを聴いていると、そのことがひしひしと伝わってくる。(蔵 志津久) 


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