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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ダン・エッティンガー&東フィルのベートーヴェン:「英雄」(ライヴ盤)

2012-11-20 10:36:39 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
         劇音楽「エグモント」序曲

指揮:ダン・エッティンガー

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

CD:日本コロムビア(タワーレコード) TPTW1009(ライヴ録音)

 ダン・エッティンガーと東京フィルのコンビによるライヴ録音シリーズは、このCDの前に3枚が発売され、このCDが4枚目となる。このようにライヴ録音をシリーズとして発売されるケースは、私はあまり知らない。あの時のあの演奏が、特別良かったからライヴ録音盤として発売しようという試みは昔からあるが、ライヴ録音盤のシリーズ化というのは珍しい。これは一体何を意味するのであろうか。多分、ダン・エッティンガーと東京フィルの演奏会は、一期一会とでも表現したらいいような精神の高まりみたいなもので満たされ、スタジオ録音では到底表現できないような境地にあるからこそ、このようにシリーズ化して発売する機運となったのではないか。このことは意外に、これからのクラシック音楽のあり方にも一石を投じることに繋がるのではないか、と私には感じられる。一般的に言ってクラシック音楽の録音は、完全を期すあまり、完璧な演奏ではあるが、何か精気に欠けたものになってしまっていることが、少なからずからだ。

 ダン・エッティンガーは、瞬間的な感性に導かれるように指揮をするような凄みがある。安全を狙って、誰からも批判を浴びないような指揮をする方法もあろう。しかし、到底ダン・エッティンガーには、そんなことはできない相談なんであろう。音楽から感性を取ったら何が残るんだ、とでも言っているように指揮をする。ベートーヴェンが死んだのは、1827年だから今から185年も前の話となる。そんな昔の人が作曲した作品をどうして現代の我々が聴いて感動を受けるのか。それは、形式の奥に仕舞い込まれた情念が、遠い時を経て、我々に伝わるからに他ならない。幾ら外形的な形式だけをいじくってみても、何も生まれない。優れた感性にこそ、再現芸術家としての指揮者の存在価値がある。ダン・エッティンガーのライヴ録音を聴いて、欧米の一流オーケストラの録音との技術的比較は簡単なことかもしれない。しかし、現代人が共感できる感性に関する点からすると、ダン・エッティンガーと東京フィルのコンビによるライヴ録音シリーズは、少しも引けを取らないことが理解できる。

 ダン・エッティンガー(1971年生まれ)は、イスラエル出身の指揮者。イスラエル交響楽団音楽監督。バレンボイムの秘蔵っ子として国立ベルリン歌劇場のカペルマイスターおよびアシスタントとしても活躍。現在、東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者も務めている。新国立劇場には2004年の「ファルスタッフ」以来毎シーズン登場し、2006年の新制作「イドメネオ」をはじめ、「ニーベルングの指環」全曲の指揮で大好評を博した。東京フィルには2005年4月の定期公演以来毎シーズン登場し、2010年4月に東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者に就任した。このCDは、東京オペラシティ コンサートホールで、交響曲第3番「英雄」が2006年8月7日、劇音楽「エグモント」序曲が2009年4月23日にライヴ録音されたもの。

 早速、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」を聴いてみよう。第1楽章は、実に伸び伸びとした演奏を繰り広げる。一つの淀みも無いし、確信に満ちてはいるが、決して肩に力が入るような、大げさな表現は一切無い。オーケストラは、ダン・エッティンガーに全幅の信頼を寄せているかのように、大らかに、恰幅のいい音を響かせて聴いていて心地いい。第2楽章は、深みのあるというより、静かでありながら、凄みのある表現が印象に残る。ベートーヴェンの心と一体化したような演奏は、ライヴ録音独特の緊張感溢れる秀演と言ってもいいだろう。第3楽章は、力に満ちていると同時に細部まで心が行き届いているような演奏は好感が持てる。ここでも、ダン・エッティンガーと東京フィルのコンビは、大時代がかった大げさな表現は一切とらない。第4楽章は、踊るように、軽やかな進行が、とても新鮮な印象を受ける。流れるような動きは、これまでのどの「英雄」の演奏からも聴くことの無い、創造性に溢れたものになっているのだ。そうだ、ダン・エッティンガーと東京フィルのコンビは、現代の我々の琴線に響くような演奏をしようとしているのに違いない、と一人合点をしてしまった。「エグモント」序曲も、「英雄」に劣らず、豊かな感性が全体に行き渡ったような演奏となっている。その瑞々しい演奏内容に共感を覚える。(蔵 志津久)


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