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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇アシュケナージ/N響のベートーヴェン:交響曲第5番「運命」/第4番(ライヴ盤)

2011-05-31 09:53:27 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
         交響曲第4番

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ

管弦楽:NHK交響楽団

CD:EXTON OVCL‐00201

 ウラディーミル・アシュケナージの名を聞くと、私などは反射的にピアニストを連想してしまう。しかし、どうも今は指揮者としての存在感が圧倒的に強くなっているようだ。名ピアニストが名指揮者になったことは、あるようでそんなには多くないのではないかと思う。どちらかというとヴァイオリニストが指揮者に転向するケースの方が多いのではないだろうか。オーケストラは弦楽器が中心で、ピアノはピアノ協奏曲のときだけだ。それにヴァイオリニストは何か協調性がありそうだし(実際はどうか知らないが)、一方、ピアニストというと何か一人でクラシック音楽の頂点を極めるのを使命としているような印象が強いのである。そんな中にあって今のアシュケナージは、現在の活動の中心を指揮者に置いている。これまで、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督、ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、NHK交響楽団音楽監督を歴任し、現在、EUユース管弦楽団音楽監督、シドニー交響楽団音楽監督の任にあり、そしてNHK交響楽団音楽監督退任後の2007年からは、同楽団の桂冠指揮者に地位に就いている。

 アシュケナージは、1937年旧ソ連のゴーリキーに生まれている。ピアニストとしての経歴は、誠に輝かしいものがある。1955年、ショパン国際ピアノコンクールで第2位。同年、モスクワ音楽院に入学。1956年、エリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝。1962年、チャイコフスキー国際コンクールで優勝(ジョン・オグドンと優勝を分け合う)。一人のピアニストがこれらのコンクールの一つだけでも入賞できれば賞賛されるところを、アシュケナージは3つの大きな国際コンクールで優勝あるいは2位入賞を果たしたのだから只のピアニストでないことが分ろうというもの。ここまでは、順風満帆といおうか、アシュケナージは飛ぶ鳥を落とす勢いのピアニストであったわけである。この頃のアシュケナージの名声は、日本にも轟き渡っていたことを思い起こす。しかし、好事魔多しといおうか、1963年、実質的な亡命に当るロンドン移住をアシュケナージは敢行してしまうのだ。アシュケナージは、時の旧ソ連政府の全体主義的政治体制に激しく反対していたようだ(アシュケナージの叔父さんが旧ソ連政府の犠牲者となったことなども強く影響しているのであろう)。現在は、妻の母国アイスランドの国籍を持ち、スイスに居を構えている。日本へは、1965年以来たびたび来日し、現在NHK交響楽団の桂冠指揮者であると同時に、2010年には、洗足学園音楽大学の名誉客員教授にも就任していることからも、日本との相性の良さが感じられる。

 このCDは、そんなアシュケナージが、NHK交響楽団の音楽監督就任記念として、2004年10月に東京・サントリーホールにおいて開催されたコンサートのライヴ録音盤で、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と交響曲第4番の2曲が収められている。結論から先に言うと、交響曲第5番「運命」は、アシュケナージとN響の息がぴたりとあった名演となっている。多分、今、N響のメンバーがこの録音を聴き直しても満足が行くのではないか、とすら思える。私などは、一寸フリッチャイとベルリンフィルのコンビを思い起こしたほどである。一方、交響曲第4番の方は、新しいN響の可能性をアシュケナージが引き出すことに成功していると思う。それでは「運命」から聴いてみよう。第1楽章は、緊張化に満ちていてテンポも申し分ない。聴いていて素直にベートーヴェンの世界に入り込めるし、凝縮感もたっぷりある。しかし、不要な堅苦しさは微塵も感じられない。しかも、ベートーヴェンでしか味わえない力強さは存分に味わうことができる。久しぶりに爽快な「運命」の第1楽章を聴くことができた。満足!。第2楽章は、アシュケナージの緻密な指揮の良い点が表出したように思え、N響もその指揮にぴたりと寄り添い何とも伸び伸びとした心地よい響きを聴かせてくれている。

 「運命」の第3楽章は、ベートーヴェンらしい雰囲気の演出が光る。弦と管と打の間のバランスも適切であるし、音楽自体がよく走っており、生き生きした表現だ。そして第4楽章に雪崩れ込む。ここでアシュケナージとN響の息がぴたりとあっており、一部の隙もない演奏を繰り広げる。過度に誇張した表現は極力避ける。しかし、全体の響きは大きく広がり、ベートーヴェンの意図した力強さがかえって強調されている結果になったようにも思われる。このアシュケナージとN響のライヴ録音は、いたずらに力むことなく、ベートーヴェンの交響曲の持つ偉大さを改めて認識させられるという点において、他の演奏を一歩抜きん出ているように私には聴こえた。交響曲第4番の方は、アシュケナージとN響は、「運命」より一層自由に演奏しているようにも思う。弦と管のやり取りは何か会話でもしているようい面白く、軽快な足取りは聴いていて小気味よい。私は、この第4交響曲の伸び伸びとした、大らかなところが昔から大好きなのであるが、そんな雰囲気を、ある意味では茶目っ気たっぷりと言っていいほどに、アシュケナージとN響は表現していて、聴いていて大いに楽しめる。(蔵 志津久)


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