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◇クラシック音楽CD◇エマーソン弦楽四重奏団のショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番/第8番/第11番

2016-04-19 09:46:46 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第3番/第8番/第11番

弦楽四重奏:エマーソン弦楽四重奏団

CD:ユニバーサルミュージック UCCG5149

 ショスタコーヴィチ(1906年―1975年)ほど、政治に翻弄された作曲家は,いないだろう。当時のソ連政府から常に監視され続けていた。ところでショスタコーヴィチは、ソ連政府から、どのような批判を浴びていたのであろうか。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」の初演の約2年後の1936年1月28日、共産党中央委員会機関紙「プラウダ」が、「音楽の代わりの荒唐無稽」と題して、無署名論説でこのオペラを批判した。要するに、このオペラは、音楽ではなく、“荒唐無稽な音の流れ”だと言うのだ。続いて2月6日には、バレエ「明るい小川」も「バレエの偽善」として同紙は批判した。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」は、レスコーフの小説が原作である。夫が出張中に使用人と内通した主人公の女性が舅に見つかり、舅を毒殺した上に、夫も殺害してしまう。2人はシベリア送りとなるが、ここで使用人は若い恋人をつくる。この結果、主人公の女性は、この若い恋人を道ずれに自殺するという筋書きである。別に取り立てて、批判されるような内容ではないようなのだが、労働者階級の意識を向上させる芸術作品しか認めない当時のソ連政府にとっては、はなはだ面白くない作品のようであった。

 ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、そんなソ連政府のショスタコーヴィチ批判を一挙に覆し、ソ連政府はショスタコーヴィチを一躍英雄にまつりあげてしまう。共産党政権下での作曲活動の一大成果であると、西側諸国へ強くアピールすることになる。さらに、ショスタコーヴィチは、レニングラードがドイツ軍に包囲された時の「大祖国戦争」勝利を題材に、交響曲第7番「レニングラード」を発表する。この曲は、スターリン賞第一席を獲得。要するに、ショスタコーヴィチとソ連政府は、一時的には雪解け状態となって行った。しかし、交響曲第5番は、全体にソ連讃歌の基調を滲ませながらも、曲の最後には、ソ連政府の戦争政策への批判が込められている、と指摘をする識者もいる。言ってみればショスタコーヴィチは“面従腹背”を武器に、時のソ連政府から高い評価を勝ち取る一方、ソ連政府に対し、作品の隠された内容で戦った闘士としての側面が、現在再評価されているのである。ショスタコーヴィチの作品の中でも、現在特に評価が高い交響曲と弦楽四重奏曲を、ともに15曲遺したというのも、その裏に何かが隠されているのではと思わせるところが、如何にもショスタコーヴィチらしい。悲しいかな、常に何かを隠しながら作品に取り組んだのが、ショスタコーヴィチの作曲家人生だったのだ。

 ショスタコーヴィチは、その生涯で15曲の弦楽四重奏曲を作曲した。これらの作品は、弦楽四重奏曲という比較的地味な作品ジャンルにあったためか、ソ連政府も交響曲やオペラそれにバレエほどには露骨な批判を行っていない。そのためショスタコービッチの本音は、15曲の弦楽四重奏曲に込められていると指摘する識者は少なくない。このCDには、第3番、第8番、それに第11番の弦楽四重奏曲が収められている。第3番は、1946年に作曲された。初演は同じ年に、ソ連時代に名声を博したベートーヴェン弦楽四重奏団によって演奏され、同四重奏団に献呈されている。同四重奏団は、第1番と第15番を除き、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を初演している。この曲は、3年前に完成した交響曲第8番、1年前に完成した交響曲第9番と、楽章が5つであることなどの類似点があることが指摘されている。 第8番は1960年に作曲された完成した。「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げると記載されている一方、ショスタコーヴィチ自身のイニシャルが音名「D-S(Es)-C-H」で織り込まれ、自身の書いた曲の引用が多用されている。これらのことから、密かに作曲者自身をテーマにしていることを窺わせる作品。第11番は1966年に完成した。ベートーヴェン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者だったワシリー・シリンスキーへの追悼のために書かれたレクイエム。短い7つの楽章が切れ目無しで演奏される。

 エマーソン弦楽四重奏団は、アメリカの弦楽四重奏団。1976年にニューヨーク州を拠点として結成された。陰影に富んだ表現と軽やかなリズム感がその持ち味。このため、ドビュッシーやラヴェル、アイヴズ、バルトーク、グリーグ、ショスタコーヴィチ、バーバーなどの近現代作品を得意としている。また、第1と第2のヴァイオリンが曲によって交代するのが他のカルテットには見られない特徴。カルテットの名前は、アメリカの詩人・哲学者ラルフ・ワルド・エマーソン(1803年―1882年)に因んで付けられた。エマーソンは、ハーバード神学校に入学し、伝道資格を取得し、牧師になるが、自由信仰のため教会を追われてヨーロッパに渡る。帰国後は個人主義を唱え、アメリカの文化の独自性を主張した。エマーソン弦楽四重奏団は、20枚以上のアルバムのうち6枚がグラミー賞(最優秀室内楽録音賞)を受賞している。このショスタコーヴィチの3曲の弦楽四重奏曲を収録したCDは、1994年から1999年にかけて、コロラド州で行われたアスペン音楽祭でのショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全曲演奏会のライヴ録音からの抜粋である。このCDでのエマーソン弦楽四重奏団の演奏は、その持ち味である軽やかなリズム感を最大限に発揮して、すっきりと整ったショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を聴かせる。ともするとショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、難解で近づきがたい印象を持ちがちであるが、エマーソン弦楽四重奏団の演奏に限っては、決してそのようなことはない。悲劇的な部分でも、あくまで澄み切った音色で演奏することによって、陰影を含んだ爽やかさを前面に打ち出すことに成功しているからだ。ショスタコーヴィチは、交響曲では旧ソ連政府に沿った作風に曲をつくらざるを得なかったが、弦楽四重奏曲では、思う存分、自分の考える作風に徹した。そんな、ショスタコーヴィチの心情を、エマーソン弦楽四重奏団は、余すところなく伝えている。(蔵 志津久)


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