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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CDレビュー◇アルバン・ベルク四重奏団のドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」/スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」

2019-05-07 09:33:42 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」 (ライヴ録音)
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」(ライヴ録音)

弦楽四重奏:アルバン・ベルク四重奏団

          ギュンタービヒラー(第1ヴァイオリン)         
          ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)         
          トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)         
          ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

CD:ワーナーミュージック・ジャパン WPCS‐28193

 アルバン・ベルク四重奏団は、1970年にオーストリアで結成された弦楽四重奏団。ウィーン国立音楽大学の教授でありウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めたギュンター・ピヒラーが1970年に同僚と共に結成した。名称についてはアルバン・ベルク未亡人から許諾を得たという。1971年にウィーンのコンツェルトハウスでデビュー。設立当初、アメリカのシンシナティに1年間留学し、当時新ウィーン楽派を得意としていたラサール弦楽四重奏団に師事。これは、ウィーンの伝統に安住せず、現代音楽に積極的に取り組むことをポリシーにしていたため。1980年代には、世界を代表するカルテットと言われることがあるほどの実力を有していた。何回かのメンバーチェンジにもかかわらず、その精緻なアンサンブルは、高い評価を得ていた。ウィーンの伝統を守りつつ、20世紀の曲も取り上げるポリシーを貫いたが、残念ながら、2008年7月をもって解散した。

 ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」は、1893年にドヴォルザークがアメリカ滞在中に作曲した作品。1892年9月、ドヴォルザークは、ニューヨーク・ナショナル音楽院の院長としてアメリカに渡った。彼は黒人霊歌やアメリカ先住民達の歌に興味を持ち、さらにフォスターが作曲した歌曲にも興味を持っていたという。こうしたアメリカの音楽が、アメリカ時代の作品には大きな影響を与えている。その代表作として挙げられるのは、これより前に書かれた交響曲第9番「新世界より」、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、そして後に書かれるチェロ協奏曲である。ドヴォルザークは、チェコからの移民が多く住んでいた米国アイオワ州スピルヴィルで過ごしたが、滞在先の一家が演奏するように書かれたのが、この弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」で、1893年6月8日に着手し、6月23日には完成させたという短い期間での作品。しかし、その内容は充実したものになっており、現在、最も人気の高い弦楽四重奏曲の一つとして、演奏会でしばしば取り上げられている。

 スメタナの弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」は、スメタナ52歳の時に作曲した作品。スメタナは、オペラや交響詩などの作品は多いが、室内楽作品は少なく、弦楽四重奏曲は晩年に2曲を遺したのみ。第1番 「わが生涯より」は、自らの人生を振り返った内容を持つ作品。スメタナは、50歳のころから耳鳴りや幻聴に悩まされ、最後は、失聴してしまうという悲劇に見舞われる。このため、娘夫婦が住む、プラハから60㎞離れたヤクペニツ村に移り住んだ。移り住んだ直後の1876年10月から書き始め、その年の暮れに完成させた。全4楽章からなるこの曲の各楽章には、スメタナ自身による標題が付けられている。それらは、第1楽章「青春時代の芸術への情熱。ロマンティックなもの、表現しがたいものへの憧れ、そして、将来への一抹の不安」、第2楽章「楽しかった青春の日々が甦る。その頃、私は舞曲を作曲し、踊りに夢中になっていた」、第3楽章「後に私の献身的な妻となった少女との初恋の幸せな思い出」、第4楽章「民族的な音楽への道を見い出し、仕事も軌道に乗ったところで、聴覚を失うという悲劇に襲われる。暗澹たる将来と一縷の望みも」とあり、この曲を聴く手がかりとなる。

 先ず第1曲目のドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」を聴いてみよう。このCDは、ライヴ録音なので先ずは拍手から始まる。アルバン・ベルク四重奏団の演奏は、精緻を極めた静寂さとでも言える雰囲気が全体を覆う。どちらかというと内省的な演奏内容なのだが、それにも増して、アルバン・ベルク四重奏団が抱く、この曲への共感が強く滲み出た演奏内容に仕上がっている。アメリカに渡ったドヴォルザークは、故郷チェコ(ボヘミア)への想いをこの曲に精一杯封じ込んだわけであるだが、その想いを隣接国であるオーストリアのウィーン出身のアルバン・ベルク四重奏団員の一人一人が、心を込めて演奏する。特に第2楽章や第3楽章の切々とした演奏内容は、他のカルテットではなかなか奏でられない精神的な深みを、この演奏からは聴き取ることができる。第4楽章に入ると、それまでの情緒纏綿たる演奏から一転、軽快そのもの演奏となり、演奏を終える。異国で過ごす当時のドヴォルザークの複雑な心境を、余すところなく表現し尽した演奏として、この録音は、後世に残るものになろう。

 次の曲は、スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」である。チェコ近代音楽の父とも言われるスメタナは、祖国愛を前面に打ち出した代表作の交響詩「わが祖国」などで知られ、音楽祭「プラハの春」では毎年「わが祖国」が演奏されなど、国民的英雄となっている。しかし、その晩年は、聴覚が全く失われるという悲劇に見舞われた。この弦楽四重奏曲には、若い頃の躍動感と晩年の失意とが一つの曲に込められている。アルバン・ベルク四重奏団の演奏は、4つの楽章が意味する内容をそれぞれ的確に表現し、スメタナの人生の歩みを物語でも語るように、リスナーに分かりやすく提示する。リスナーは、スメタナ自身が各楽章ごとに記した標題を読んでから聴くことによって、この曲の真の姿を捉えることができる。同時にアルバン・ベルク四重奏団演奏が、それぞれの楽章での表現がいかに的確であるかも分かろう。スメタナの人生に寄り添うように演奏するその演奏姿勢に、多くのリスナーは共感を覚えるだろう。カルテット一人一人の心が深く宿った名演奏として、この録音も後世に残るに違いない。演奏を終え、共感した聴衆の拍手が特に印象に残る。(蔵 志津久)


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