御託専科

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今回の芥川賞は不作だな -「火花」と「スクラップアンドビルド」-

2015-09-03 18:35:38 | 書評
正直今年は不作だったかなあ。最近はちょくちょく飛ばすこともあるが、池澤夏樹の受賞以前から比較的まめに芥川賞を読んできた自分の感想からすると、まあこのレベルの作品は過去にもあったので今年が特に落ち込んでる、というわけではないかもしれない。たとえば三井物産の社員の人の作品とか「うん?」ってな感じだったし、小川洋子も僕はよくわからなかった。まあ少なくとも僕にとっては過去の受賞作の共食い(田中慎弥)とか苦役列車(西村賢太)のレベルの作品ではなかった。

さて各論。火花は率直に言って論外である。何でこんなのが受賞作になったんだろうか。そもそも候補作になったのか? もちろん、芸人という、夢がありながら栄光をつかむものが少ない世界に身を置く人々の日常が面白くないわけがなく、主人公の先輩の神谷のような変わったというかゆがんだ性格の人も大変面白い素材である。しっかしあの生煮えの生硬な表現はどうにかならんものか。
「大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい日差しの名残を夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながらにぎわっている。」
これが冒頭である。ここでやめようかと思った。力みすぎだし、第二文はまあかろうじて文意は通じるが、ちょっと流れがおかしい。こんなのが随所に出てくる。何を考えているのか。編集さんはちゃんと仕事をしたのか?三島の天人五衰の冒頭でも読んで改めて打ちのめされて出直してきてほしいね、これは。
ストーリーも問題がある。これは高木のぶ子氏の選評、「破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それとともに本作の魅力も萎んだ」「火花は途中で消えた。作者は終わり方がわからなかったのではないか。」がすべてかな。
又吉という人間にとってこの賞が不幸のきっかけとならないことを祈るばかりだ。率直に言って基礎訓練ができていない状態で、かといって爆発的な何かを抱えているわけではない人物が出てきてしまった。本人はそういう天狗になる人間ではないと思うが、関係者の集団的力の恐ろしさには用心してほしい。

スクラップアンドビルドはちょっと良く理解していない。気が向いたらもう一度みたい。僕も身内に要介護の人が居るので祖父を世話する主人公の日常の様子はよくわかるなあ、とは思えるのだが、老人の繰言的な「死にたい」発言をウーン、真に受けるかなあ?と思う。とはいえあっさり否定もできない、これは。最後のほうで風呂場でおぼれてまさに死にかけた祖父が、「おかげで命拾いした」と主人公に言ったので、主人公は自分の理解(祖父は死にたいのだ、という理解)を考え直す、ってコトらしいがこれもなんかすんなり行かないね。こうしたメインの話に限らずすっきりしてないのがこの小説で、その分また読もうかという気になる。ただしスケッチ的な描写は心理も情景もすっきりしていて、これは作家の技量に達していると思った。