役者!、
いい言葉ですね。
伝統的な言葉なのに、いまも「生きていて」、使われている。
同じように伝統的な言葉でも、絵師(画家)とか文士(作家)とかは、
ほとんど死語ですね。
絵師は日本画製作者のイメージが強いですね。座敷で、床に紙をおいて、書道のように
描いている図です。大小のイーゼルを立てて大きな絵を制作する洋画の
絵描きさんは、やっぱり、画家と呼ばれる方が合っているでしょう。
私の知り合いの作家さんたちは、「物書き」「ライター」などと、わざわざ呼び名が軽くしています。
照れ屋さんが、多いためでしょうか。
★★ ★ ★ ★
教会の劇では、「役者」は、慢性的に不足しています。
一般社会では、潜在的にも、顕在的にも、役者を志願する人たち、すでに
役者としての実績と名声を確立している人たちもいて、
芝居も映画も、制作する側の準備が整っていれば、役者さんを募集することができます。
しかし、MCC劇団の場合、そもそも役者を志願する人や、芝居が特技の人はいません。
ほとんどが、学生とサラリーマンです。
演出家は、毎回、キャストに入ってくれる人を捜して苦労するのです。
いざ、キャストを引き受ければ、素人であってもある水準を要求されます。
脚本の流れと意味を読み取り、
セリフを覚え、ふりを覚え、互いの絡み合いや、間の取り方を習得して
初めて、観客の前に、見てもらえる舞台になるのです。
素人劇とはいえ、稽古は、真剣勝負です。
★ ★★ ★★
芝居作りは、エキサイティングな時間です。
稽古で、演出家と役者、役者同士がぶつかり、
劇が、作り上げられていく時、次第に、
人のキャラが変わっていきます。
無償の奉仕ですが、それゆえ、高まってくるものもあります。
主役も、わき役もありません。
効果音を出すだけでも、
明かりのスイッチを押すだけの人も、なくてはならない存在です。
もちろん、いつもうまくいくとはかぎりません。
でも、100点満点の80点であっても、懸命に創り上げた経験は貴重です。
そこで、私たちは、人と人のきずなを再確認します。
足りない者たちをまとめて、劇を作らせてくださった神様を思います。
劇作りが行われて八年、
毎月のように作られる多くの劇。しかし、今まで一度も、上演中止になることがなかったのは、
ほんとうに奇跡です。
ハレルヤ!