有名人の顔は、時に、遠い親戚や職場の同僚より、鮮明に焼きついているのです。
ひとこともお話をしたこともなく、とくに先方は私のことなど知る由もないのですが、
知らない間に親しみを覚えて、勝手に記憶のアルバムにお入れしていたりすることって、
どなたも経験があるのではと思います。
有名な俳優さんとか、タレント、政治家。マスコミに露出の多い評論家とか・・・。
●
金田一春彦さんは著名な言語学者で、伝説的な言語学者・金田一京助氏のご子息です。
といっても、私とは何の関係もありません。
私が先生を存じ上げていたのは、テレビを通じてです。
その頃、我が家では、NHKの教育番組をよく見ていたのです。
私がとくに勉強熱心だったというより、
「チャンネル権」を握っていた家族の選択でした。
でも、金田一先生の穏やかな笑顔とわかりやすい説明は、一時間ほどの番組を飽きさせず、
連続であれば、また、観たいと思わせられる魅力がありました。
●
はっきりした日付は思い出せないのですが、80年代始めごろでしょうか。
新宿から東京行きの中央線に乗っていたときです。
向かいの座席に、金田一先生が掛けておられるのに気がつきました。
私の胸はときめきました。
すごい先生が目の前におられる!
先生がちらっと眼を上げられた時です。
私は思わず、頭を下げていました。
先生は、すぐに、眼もとに笑みをにじませて目礼を返してこられました。
それだけのことだったのですが、
私はまるで、なつかしい恩師にお会いしたようにうれしくなりました。
誰かが、このやり取りに気づいたとしても、先生とかつての学生の出会いくらいに思われたでしょう。
じっさい、金田一先生には、ものすごい数の学生やお知り合いがおられるでしょうから、
覚えのない顔からあいさつをされることも、めずらしくなかったかもしれません。
それにしても・・・。
この出来事で、私は金田一先生を、勝手に私のアルバムに
入れさせていただいたのです。
自分の行いに多少のうしろめたさを覚えたのは、だいぶ後のことでした。
反省?!
いえいえ。
感謝です。