しばらくたった頃――
祐一朗が目を覚ましたのはその家の自室のベッドの中でした。傍らに百合恵さんが座っていて、静かに見守っていました。
「ユウちゃん、目が覚めた?」
「・・・オレ・・・寝てたみたい・・・だね・・・。・・・どんくらいたった?」
「2時間ほどよ。」
「・・・そう・・・。」
「気分はどう?」
「ん・・・。悪くないよ・・・大丈夫。ごめんね、心配かけた。・・・ここんとこ調子イマイチ良くなかったんだけど・・・今日どうしても外したくない用があってさ・・・ちょい無理しちゃったかも・・・。油断した。」
「軽い発作がでちゃったのね・・・。気をつけなさいね、あなたはヒトよりからだが弱いのだから。」
「百合恵さんに言われたくないな~。・・・でもきっと似たんだね、オレ、百合恵さんに・・・。」
「あなたと私に血の繋がりはないのよ。」
「またそれを言う・・・。人間のDNAのうち遺伝子の部分はたったの2%しかないのよ。引き継ぐのは2%ぶんだけ。ペットだって飼い主に似るっていうでしょーが。オレ達親子だよ・・・似て当然でしょ。」
「・・・そうね。・・・ごめんなさい。」
「・・・オヤジは・・・?」
「さっき理事会の方から電話があって出かけられたわ。かなり遅くなるでしょうね。」
「おーおー、息子が倒れたのにお出かけですか・・・。」
「そんなこと言わないの。心配はしてらっしゃるのよ、あなたをここへ運んで寝かせたのはお父様なんだから。」
「あらあら・・・そうなの? やっべーなあ・・・。ま、悪い気はしないっか・・・。」
「理事会も放っておけないのよ、理事長ですもの。わかってあげて。」
「・・・そんなにお祖父ちゃんが怖かったのかねえ。」
「そりゃあ、怖い方だったわよ。私には優しくして下さったけど、しょっちゅう怒鳴られて、お父様はいつも縮み上がってらしたもの。ふふふ、今の威厳からは想像できないくらい。」
百合恵さんは小さく笑い、祐一朗も少し笑いましたが、ふと視線を天井に向けて小さくつぶやきました。
「・・・オヤジにも他に夢みたいなもん、あったのかなあ・・・。」
「え?」
「・・・何でもない。それよか腹減っちゃった。何か喰わしてよ。」
「ええ。お父様、食事に手を付けずにお出かけになったから、それでよければ。」
「何でもいいや。」
「起きられる?」
「うん、大丈夫だよ。」
祐一朗は百合恵さんに支えられながら起き上りました。どうやら本当に大丈夫そうです。
「オヤジが帰ってきてメシはって聞いたらオレが喰って先に寝ちまったって言っといてね。」
「うふふ・・・わかった。・・・やっぱり泊まっていきなさいね。」
「うん、そうするわ。」
祐一朗はゆっくりベッドから下りました。
ユウさんに会ったその日はあまりの盛りダクにアタシはいろんな意味で疲れてしまった。舞い上がりすぎの部分もあれば落ち込みまくりの部分もあり、まさに感情のジェットコースター。アタシ一人のために『SUNSET ORANGE』を歌ってくれてデュエットしてくれて本名から何から話してくれたのは舞い上がりまくりだけど、その話の内容には果てしなく落ち込み・・・っていうか重くて潰されそうな気がして・・・なおかつそれは言っちゃいけない、喋っちゃいけない。あああ・・・ユウさんはアタシに天国と地獄を与えてくださいました。プラマイ? それは・・・プラスに決まってるでしょ!! 意地でもプラスよ、プラス!!
とにかくその日は全然眠れませんでした・・・。手は・・・洗いたくなかったんだけどな・・・そうもいかないでしょおおお・・・。うう、しくしく・・・。
でも・・・実はその前からなんだけど・・・アタシは何となく疎外感を感じていた。総くんのことが心配で、いろいろ余計なことまでしちゃったけど、でもアタシ的には一生懸命だった。みゆ希さんやユウさんにおちょくられたように「総くんのことが好きなんでしょ?」とかなんとかそういうんじゃなくて!! だって、友達なら心配するの当然だし、できることしてあげたいのも自然じゃないの・・・?
なのに何故だろう、最近路美ちゃんがよそよそしい気がする。すごくビミョーなんだけど、会えば挨拶してくれるし、話しかければ普通に答えてもくれるんだけど、なんていうか・・・。こないだも総くんのお見舞いに行ったら、退屈しのぎにって小学生の頃のアルバムを持って来て昔話をしていた。ううん、それは全然かまわないんだけど・・・。アタシにも見せてはくれるんだけど、当然アタシは話について行けない。つまり、アタシは一緒にいるんだけどいないも同然になってしまう。・・・イヤイヤ、考えすぎだよね、わざとこれみよがしにそうしてるなんてことは・・・。イヤイヤイヤ、ないないない!! そんな風に考えるなんてアタシのバカ!
でも・・・。アタシに向ける笑顔の目はあまり笑っていない気がする・・・。
そんなの杞憂に終わって欲しかった。でも・・・。
今日はユウさんに会ったその三日後。なんだかんだで総くんのところに行くのは一週間ぶり。コンサートの後、姫島くんと路美ちゃんと、それに総くんの四人がそろった時、アタシ達二人でコンサートでの様子を話した。元から二人には行くって言ってあったし、だからその報告くらいはしてもいいでしょ? 二人はファンではないらしいからこまごましたことまでは言わなくてもいいだろうけど、知人(もちろんみゆ希さん)のはからいでちょびっと本人に会わせてもらったってことくらい話してもいいよね・・・。だのに、姫島君は素直に「すっげー。いいなあ~。」って言ってくれたけど、路美ちゃんは反応がなんとなくクールに思えた。「へえ、そうなんですかあ。」とは言ってたけど、なんていうか・・・やっぱり目が笑ってない・・・。だから何となくお見舞いに行く足も遠のき加減だったんだよね・・・。だけどあんまり日があくのも何だし、それに姫島君から総くんがもうすぐ退院することになりそうだって聞いたので、今日は行こうと思って来た。
ところが、ドアを開けようとしたところで、アタシはその声に気づいてしまった。中から聞こえるのは路美ちゃんの声だ・・・。少し興奮しているみたいだけど、どうしたんだろ・・・。アタシは立ち聞きしては悪いと思ったし、何かあったんなら聞いてあげようと思って引き戸を開けた――まさにそのタイミングだった。
「幼馴染じゃないの! あたし達の方がずっと前から総ちゃんと一緒じゃないのよ! なんであたし達よりも涼香センパイの方と仲良くするわけ・・・」
「おい、路美!!」
ドアの開く音に気づいて振り返った路美ちゃんはアタシを見てぎょっとなった。・・・気まずいなんてものじゃないよ。・・・そっか、そうだよね、やっぱりそうだったんだ・・・。路美ちゃん・・・。
「・・・センパイ!」
「涼香・・・。」
二人はアタシを見て押し黙った。ていうか・・・何と言っていいかわからなかったみたいだ・・・。アタシは・・・アタシもどうしよう、何て言えば、何を言えばいいの?
「・・・あ・・・あの・・・ごめんね・・・。アタシ、三人の中に割り込んじゃって、邪魔しちゃってたね・・・。ごめん、そんなつもりはなかったんだけど・・・。」
「違う、涼香、そんなことない」
「ううん、ごめんなさい! 路美ちゃん、ホントにごめんね・・・。」
アタシはそれだけ言って頭を下げると、すぐにドアを閉めた。背中に「涼香、待てよ!」という総くんの声が聞こえたけど・・・そのまま小走りに病室を離れた・・・。
・・・TO BE CONTINUED.
祐一朗が目を覚ましたのはその家の自室のベッドの中でした。傍らに百合恵さんが座っていて、静かに見守っていました。
「ユウちゃん、目が覚めた?」
「・・・オレ・・・寝てたみたい・・・だね・・・。・・・どんくらいたった?」
「2時間ほどよ。」
「・・・そう・・・。」
「気分はどう?」
「ん・・・。悪くないよ・・・大丈夫。ごめんね、心配かけた。・・・ここんとこ調子イマイチ良くなかったんだけど・・・今日どうしても外したくない用があってさ・・・ちょい無理しちゃったかも・・・。油断した。」
「軽い発作がでちゃったのね・・・。気をつけなさいね、あなたはヒトよりからだが弱いのだから。」
「百合恵さんに言われたくないな~。・・・でもきっと似たんだね、オレ、百合恵さんに・・・。」
「あなたと私に血の繋がりはないのよ。」
「またそれを言う・・・。人間のDNAのうち遺伝子の部分はたったの2%しかないのよ。引き継ぐのは2%ぶんだけ。ペットだって飼い主に似るっていうでしょーが。オレ達親子だよ・・・似て当然でしょ。」
「・・・そうね。・・・ごめんなさい。」
「・・・オヤジは・・・?」
「さっき理事会の方から電話があって出かけられたわ。かなり遅くなるでしょうね。」
「おーおー、息子が倒れたのにお出かけですか・・・。」
「そんなこと言わないの。心配はしてらっしゃるのよ、あなたをここへ運んで寝かせたのはお父様なんだから。」
「あらあら・・・そうなの? やっべーなあ・・・。ま、悪い気はしないっか・・・。」
「理事会も放っておけないのよ、理事長ですもの。わかってあげて。」
「・・・そんなにお祖父ちゃんが怖かったのかねえ。」
「そりゃあ、怖い方だったわよ。私には優しくして下さったけど、しょっちゅう怒鳴られて、お父様はいつも縮み上がってらしたもの。ふふふ、今の威厳からは想像できないくらい。」
百合恵さんは小さく笑い、祐一朗も少し笑いましたが、ふと視線を天井に向けて小さくつぶやきました。
「・・・オヤジにも他に夢みたいなもん、あったのかなあ・・・。」
「え?」
「・・・何でもない。それよか腹減っちゃった。何か喰わしてよ。」
「ええ。お父様、食事に手を付けずにお出かけになったから、それでよければ。」
「何でもいいや。」
「起きられる?」
「うん、大丈夫だよ。」
祐一朗は百合恵さんに支えられながら起き上りました。どうやら本当に大丈夫そうです。
「オヤジが帰ってきてメシはって聞いたらオレが喰って先に寝ちまったって言っといてね。」
「うふふ・・・わかった。・・・やっぱり泊まっていきなさいね。」
「うん、そうするわ。」
祐一朗はゆっくりベッドから下りました。
ユウさんに会ったその日はあまりの盛りダクにアタシはいろんな意味で疲れてしまった。舞い上がりすぎの部分もあれば落ち込みまくりの部分もあり、まさに感情のジェットコースター。アタシ一人のために『SUNSET ORANGE』を歌ってくれてデュエットしてくれて本名から何から話してくれたのは舞い上がりまくりだけど、その話の内容には果てしなく落ち込み・・・っていうか重くて潰されそうな気がして・・・なおかつそれは言っちゃいけない、喋っちゃいけない。あああ・・・ユウさんはアタシに天国と地獄を与えてくださいました。プラマイ? それは・・・プラスに決まってるでしょ!! 意地でもプラスよ、プラス!!
とにかくその日は全然眠れませんでした・・・。手は・・・洗いたくなかったんだけどな・・・そうもいかないでしょおおお・・・。うう、しくしく・・・。
でも・・・実はその前からなんだけど・・・アタシは何となく疎外感を感じていた。総くんのことが心配で、いろいろ余計なことまでしちゃったけど、でもアタシ的には一生懸命だった。みゆ希さんやユウさんにおちょくられたように「総くんのことが好きなんでしょ?」とかなんとかそういうんじゃなくて!! だって、友達なら心配するの当然だし、できることしてあげたいのも自然じゃないの・・・?
なのに何故だろう、最近路美ちゃんがよそよそしい気がする。すごくビミョーなんだけど、会えば挨拶してくれるし、話しかければ普通に答えてもくれるんだけど、なんていうか・・・。こないだも総くんのお見舞いに行ったら、退屈しのぎにって小学生の頃のアルバムを持って来て昔話をしていた。ううん、それは全然かまわないんだけど・・・。アタシにも見せてはくれるんだけど、当然アタシは話について行けない。つまり、アタシは一緒にいるんだけどいないも同然になってしまう。・・・イヤイヤ、考えすぎだよね、わざとこれみよがしにそうしてるなんてことは・・・。イヤイヤイヤ、ないないない!! そんな風に考えるなんてアタシのバカ!
でも・・・。アタシに向ける笑顔の目はあまり笑っていない気がする・・・。
そんなの杞憂に終わって欲しかった。でも・・・。
今日はユウさんに会ったその三日後。なんだかんだで総くんのところに行くのは一週間ぶり。コンサートの後、姫島くんと路美ちゃんと、それに総くんの四人がそろった時、アタシ達二人でコンサートでの様子を話した。元から二人には行くって言ってあったし、だからその報告くらいはしてもいいでしょ? 二人はファンではないらしいからこまごましたことまでは言わなくてもいいだろうけど、知人(もちろんみゆ希さん)のはからいでちょびっと本人に会わせてもらったってことくらい話してもいいよね・・・。だのに、姫島君は素直に「すっげー。いいなあ~。」って言ってくれたけど、路美ちゃんは反応がなんとなくクールに思えた。「へえ、そうなんですかあ。」とは言ってたけど、なんていうか・・・やっぱり目が笑ってない・・・。だから何となくお見舞いに行く足も遠のき加減だったんだよね・・・。だけどあんまり日があくのも何だし、それに姫島君から総くんがもうすぐ退院することになりそうだって聞いたので、今日は行こうと思って来た。
ところが、ドアを開けようとしたところで、アタシはその声に気づいてしまった。中から聞こえるのは路美ちゃんの声だ・・・。少し興奮しているみたいだけど、どうしたんだろ・・・。アタシは立ち聞きしては悪いと思ったし、何かあったんなら聞いてあげようと思って引き戸を開けた――まさにそのタイミングだった。
「幼馴染じゃないの! あたし達の方がずっと前から総ちゃんと一緒じゃないのよ! なんであたし達よりも涼香センパイの方と仲良くするわけ・・・」
「おい、路美!!」
ドアの開く音に気づいて振り返った路美ちゃんはアタシを見てぎょっとなった。・・・気まずいなんてものじゃないよ。・・・そっか、そうだよね、やっぱりそうだったんだ・・・。路美ちゃん・・・。
「・・・センパイ!」
「涼香・・・。」
二人はアタシを見て押し黙った。ていうか・・・何と言っていいかわからなかったみたいだ・・・。アタシは・・・アタシもどうしよう、何て言えば、何を言えばいいの?
「・・・あ・・・あの・・・ごめんね・・・。アタシ、三人の中に割り込んじゃって、邪魔しちゃってたね・・・。ごめん、そんなつもりはなかったんだけど・・・。」
「違う、涼香、そんなことない」
「ううん、ごめんなさい! 路美ちゃん、ホントにごめんね・・・。」
アタシはそれだけ言って頭を下げると、すぐにドアを閉めた。背中に「涼香、待てよ!」という総くんの声が聞こえたけど・・・そのまま小走りに病室を離れた・・・。
・・・TO BE CONTINUED.