ジュリーのセトリ話、今回はアルバム「JULIE Ⅴ」ですが・・・
その前に、前回の記事での「JULIE Ⅲ」アルバムジャケをアップしときます。
ネットで拾えなかったので取りに行ってきました・・・(どこかへ。)
アルバムサイズはでかくてスキャンできないのでデジカメ撮影です。
で、裏はこれ・・・
・・・・・・・。
撮る意味なかったね。ていうか
実はこれは現物に倣って作ったものです。
レコードプレイヤーがマニア向けのレア物になりつつなる今
そのプレイヤーが壊れないうちに、とCDに録った際に作ったジャケです。ヒマ人か。
「JULIE Ⅴ」の方はこれ。これもデジカメ撮影。
で、裏はこれ・・・
撮る意味なかったね以下同文。
1972年10月17日から21日にかけて行われたリサイタルが音源で
もしかしたら収録されたものも一日ではなくミックスかも知れません。詳細は不明。
場所は前回同様日生劇場です。
発売は同年12月21日神田正輝さんの誕生日全然関係ないけど。
ではセトリをば。
1 アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック
2 クレメンタイン
3 ジェラス・ガイ(ビートルズ)
4 今、僕は倖せです
5 青春
6 心の友 WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIEND (ビートルズ)
7 レター(ボックス・トップス)
8 60才の時 SIXTY YEARS OLD (エルトン・ジョン)
9 アイ I WHO HAVE NOTHING (ロバータ・フラッタ&ダニー・ハサウェイ)
10 トラベリン・バンド(ジョン・フォガティ)
11 ジョニ-・B・グッド(チャック・ベリー)
12 トラブル(ベン・E・キング)
13 湯屋ちゃん
14 ブルーベリー・ヒル (ファッツ・ドミノ)
15 のっぽのサリー(リトル・リチャード)
16 シェイク・ラトル・アンド・ロール (ビッグ・ジョー・ターナー)
17 あなただけでいい
18 死んでもいい
19 ホワット・アイ・セイ (レイ・チャールズ)
20 ギヴ・ピース・ア・チャンス(マッド・ドッグズ&イングリッシュメン)
21 ソング・フォー・ユー (レオン・ラッセル)
22 捨てないで (ジャック・ブレル)
23 アモール・ミオ (ルチオ・バティスティ)
24 ウイズアウト・ユー (バッドフィンガー)
も、なんかカバーだらけですが・・・調べるのてーへんだった~・・・・
だからこの時代はこれが普通だったんだってばよ!
せっかくなのでちょっぴりカイセツ~!
1 ファンにはお馴染みの歌。
2 日本ではいわゆる「雪山讃歌」、正確な邦題は「いとしのクレメンタイン」ですな。
ジョン・フォードの映画「荒野の決闘」で広く知られることになったとか。
もともと民謡なのでオリジナル歌手と言うのはないのですね。
4 時のオリジナルアルバム「JULIE Ⅳ」より。
5 おおっと、これはタイガースの曲だ。
7 邦題は「あの娘のレター」と言うそうな。原題が「THE LETTER」
8 つべで見つけました。
11 有名な曲ですね。バック・トゥ・ザ・フューチャーでもお馴染み!
12 これは内田裕也さんのテーマソングと言ってもいいかも。
13 カバーじゃなくジュリーのオリジナル曲ですが裕也さんのことを歌った・・・んだよね。
4と同じアルバムから。全曲ジュリーの作詞作曲によるアルバムでした。
14 ファッツ・ドミノも実はカバーだそうで、オリジナルは古すぎてわかりませんでした。
この辺は日本でも大ヒットしたロカビリーや初期のロックナンバー。
山下敬二郎さんですね、日本じゃ、何と言っても。
15 現岸部一徳、当時修三さんのニックネーム「サリー」の元になった歌。
ジュリーと言いサリーと言い何故に女性名なのだよ?
17・18 シングルのA面(!)曲を続けて。18は当時新曲。
22 日本でも知られていますが、知られている邦題は「行かないで」です。
「Ne me quitte pas」が原題、直訳すれば「私を放置しないで」だから
まあ、どっちもあってるっちゃああってる。そこは訳者のズズさんのセンスですね。
それにしても女々しい歌だ・・・
ジュリーは「泣き」の演技の入る歌が大好きだと言ってました。得意だとも。
今は知りませんけど、まあ、女心くすぐり系だったのでしょうな。
23、24は結構よく歌っていたナンバーです。特に24はジュリー本人の訳詞・・・
・・・ってゆーても、本人曰く
「実は訳しているわけじゃ全然なくて
曲にそれらしく詞をつけているだけ」なのだそうだ。
1もまたしかり。
両方とも20年以上たってから詞をつけ直しています。
これも本人曰く「数十年ぶりに見たらめっちゃくちゃヘタクソだったので」。
久しぶりに歌いたいと思ったけどあまりに恥ずかしすぎて
書き直す気になったということなのだそうな。
演奏はおなじみ井上堯之バンドですがクレジット名は井上堯之グループ。
通称井上バンドはそうはっきりと名前をつけたのではなく
ただPYGからの流れでジュリーのバッキングをつとめ続けていて
その辺で何となく称していたので初めは一定しなかったのですね。
それからブラスセッションのゼネラルポップス。
そしてコーラスにシンガーズスリー。
この頃までのジュリーはその後以降の時期よりも声がハスキーだったように思います。
だんだん澄んだ声になっていったような。
タイガース時代、当時のナベプロ副社長の渡辺ミサさんの命により
「が」の発音を鼻にかけて発音していたそうです。
確かに、デビュー曲「僕のマリー」の「ぼく~が」は
すごい鼻声に聞こえます・・・
へえ知識ですがこれを字で書く時は「か」に「゜」をつけるのだそうな。
でも、ソロになってからはそれは控えたみたいです。
てなところで今回はこれまで。
その前に、前回の記事での「JULIE Ⅲ」アルバムジャケをアップしときます。
ネットで拾えなかったので取りに行ってきました・・・(どこかへ。)
アルバムサイズはでかくてスキャンできないのでデジカメ撮影です。
で、裏はこれ・・・
・・・・・・・。
撮る意味なかったね。ていうか
実はこれは現物に倣って作ったものです。
レコードプレイヤーがマニア向けのレア物になりつつなる今
そのプレイヤーが壊れないうちに、とCDに録った際に作ったジャケです。ヒマ人か。
「JULIE Ⅴ」の方はこれ。これもデジカメ撮影。
で、裏はこれ・・・
撮る意味なかったね以下同文。
1972年10月17日から21日にかけて行われたリサイタルが音源で
もしかしたら収録されたものも一日ではなくミックスかも知れません。詳細は不明。
場所は前回同様日生劇場です。
発売は同年12月21日神田正輝さんの誕生日全然関係ないけど。
ではセトリをば。
1 アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック
2 クレメンタイン
3 ジェラス・ガイ(ビートルズ)
4 今、僕は倖せです
5 青春
6 心の友 WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIEND (ビートルズ)
7 レター(ボックス・トップス)
8 60才の時 SIXTY YEARS OLD (エルトン・ジョン)
9 アイ I WHO HAVE NOTHING (ロバータ・フラッタ&ダニー・ハサウェイ)
10 トラベリン・バンド(ジョン・フォガティ)
11 ジョニ-・B・グッド(チャック・ベリー)
12 トラブル(ベン・E・キング)
13 湯屋ちゃん
14 ブルーベリー・ヒル (ファッツ・ドミノ)
15 のっぽのサリー(リトル・リチャード)
16 シェイク・ラトル・アンド・ロール (ビッグ・ジョー・ターナー)
17 あなただけでいい
18 死んでもいい
19 ホワット・アイ・セイ (レイ・チャールズ)
20 ギヴ・ピース・ア・チャンス(マッド・ドッグズ&イングリッシュメン)
21 ソング・フォー・ユー (レオン・ラッセル)
22 捨てないで (ジャック・ブレル)
23 アモール・ミオ (ルチオ・バティスティ)
24 ウイズアウト・ユー (バッドフィンガー)
も、なんかカバーだらけですが・・・調べるのてーへんだった~・・・・
だからこの時代はこれが普通だったんだってばよ!
せっかくなのでちょっぴりカイセツ~!
1 ファンにはお馴染みの歌。
2 日本ではいわゆる「雪山讃歌」、正確な邦題は「いとしのクレメンタイン」ですな。
ジョン・フォードの映画「荒野の決闘」で広く知られることになったとか。
もともと民謡なのでオリジナル歌手と言うのはないのですね。
4 時のオリジナルアルバム「JULIE Ⅳ」より。
5 おおっと、これはタイガースの曲だ。
7 邦題は「あの娘のレター」と言うそうな。原題が「THE LETTER」
8 つべで見つけました。
11 有名な曲ですね。バック・トゥ・ザ・フューチャーでもお馴染み!
12 これは内田裕也さんのテーマソングと言ってもいいかも。
13 カバーじゃなくジュリーのオリジナル曲ですが裕也さんのことを歌った・・・んだよね。
4と同じアルバムから。全曲ジュリーの作詞作曲によるアルバムでした。
14 ファッツ・ドミノも実はカバーだそうで、オリジナルは古すぎてわかりませんでした。
この辺は日本でも大ヒットしたロカビリーや初期のロックナンバー。
山下敬二郎さんですね、日本じゃ、何と言っても。
15 現岸部一徳、当時修三さんのニックネーム「サリー」の元になった歌。
ジュリーと言いサリーと言い何故に女性名なのだよ?
17・18 シングルのA面(!)曲を続けて。18は当時新曲。
22 日本でも知られていますが、知られている邦題は「行かないで」です。
「Ne me quitte pas」が原題、直訳すれば「私を放置しないで」だから
まあ、どっちもあってるっちゃああってる。そこは訳者のズズさんのセンスですね。
それにしても女々しい歌だ・・・
ジュリーは「泣き」の演技の入る歌が大好きだと言ってました。得意だとも。
今は知りませんけど、まあ、女心くすぐり系だったのでしょうな。
23、24は結構よく歌っていたナンバーです。特に24はジュリー本人の訳詞・・・
・・・ってゆーても、本人曰く
「実は訳しているわけじゃ全然なくて
曲にそれらしく詞をつけているだけ」なのだそうだ。
1もまたしかり。
両方とも20年以上たってから詞をつけ直しています。
これも本人曰く「数十年ぶりに見たらめっちゃくちゃヘタクソだったので」。
久しぶりに歌いたいと思ったけどあまりに恥ずかしすぎて
書き直す気になったということなのだそうな。
演奏はおなじみ井上堯之バンドですがクレジット名は井上堯之グループ。
通称井上バンドはそうはっきりと名前をつけたのではなく
ただPYGからの流れでジュリーのバッキングをつとめ続けていて
その辺で何となく称していたので初めは一定しなかったのですね。
それからブラスセッションのゼネラルポップス。
そしてコーラスにシンガーズスリー。
この頃までのジュリーはその後以降の時期よりも声がハスキーだったように思います。
だんだん澄んだ声になっていったような。
タイガース時代、当時のナベプロ副社長の渡辺ミサさんの命により
「が」の発音を鼻にかけて発音していたそうです。
確かに、デビュー曲「僕のマリー」の「ぼく~が」は
すごい鼻声に聞こえます・・・
へえ知識ですがこれを字で書く時は「か」に「゜」をつけるのだそうな。
でも、ソロになってからはそれは控えたみたいです。
てなところで今回はこれまで。