ちゃちゃ・ざ・わぁるど

日記と言うよりは”自分の中身”の記録です。
両親の闘病・介護顛末記、やめられないマンガのお話、創作小説などなど。

創作小説 SUNSET ORANGE CHAPTER2 PART.7

2014年06月16日 06時29分57秒 | 創作小品
「ただいま、百合恵さん。」
「お帰りなさい、ユウちゃん。元気だった? 随分帰って来なかったのね。」
「ごめんね、心配かけて。大丈夫だよ。百合恵さんも元気?」
軽い調子で夫人に答えたのはユウジ、いや祐一朗です。夫人――百合恵さんに優しく微笑みかけながら玄関から上がりました。
「ええ。ユウちゃん、ちゃんと朝ご飯食べてる? 夜は早めにお布団に入ってるでしょうね?」
「大丈夫だってば。またコドモ扱い~? 百合恵さんこそ体、大事にしてよ。・・・オヤジ、いる?」
「ええ、さっきお帰りになったばかり・・・。また出かけるかもしれないけれど。」
「・・・相変わらず忙しいのね。」
「ええ・・・何かとね。」
 祐一朗はジャケットを脱ぎながら居間に通りました。それを受け取ろうと百合恵さんが手を伸ばしましたが、祐一朗は静かに制して
「いいよ、すぐ帰るから。」
「え? 泊まっていくんじゃないの?」
「うん。今日一日スタジオにこもるってマネジャーには言ったんだけど、実は抜け出して遊んじゃったんでさ、とりあえずポーズだけでも入っとかないと。」
「そんなあ・・・せっかく帰ってくれたと思ったのに。」
ちょっぴり拗ねた顔の百合恵さんは母親と言うよりまるで恋人か娘です。

「ごめんね、また今度。オヤジ、呼んでよ。」
苦笑交じりにそう言いながら祐一朗が居間のソファに座ったところへ、ちょうど父親の祐総氏が顔を出しました。メイドに聞いてきたのでしょう。まだ背広を脱いだだけのワイシャツ姿です。恰幅が良く颯爽としていて、如何にも紳士と言う貫録のある初老の男性です。眼光鋭く威厳を保ち、強い存在感を示すオーラを自然に放つあたり、さすが世界的なピアニストにして学院の理事長といったところでしょうか。
「私ならここにおる。何の用だ?」
「あなた・・・。」
祐総氏はソファにふんぞり返るようにすわっている祐一朗のななめ向かいにどかっと腰を下ろしてネクタイを少し緩めました。百合恵さんは祐一朗の傍らに佇んでちょっと不安そうに二人を交互に見ています。
「よう、オヤジ、久しぶり。元気にしてた?」
「用は何だと言ってるんだ。忙しいんだ、早く言いなさい。」
「・・・挨拶くらいしなよ、コドモですかあ?・・・まあいいや。うーん、用って程じゃないよ、ちょっと報告だけしとこうと思ってさ。百合恵さんも聞いて。」
「何なの?」
百合恵さんも遠慮がちに座ります。祐一朗はちょっと身を乗り出すと
「ちょっと前になるけどね・・・うん、10日くらい前かな・・・山科冬美さんと総二朗に会ったよ。」
「何だって・・・?」
「まあ・・・!」
祐総氏も身を乗り出しました。百合恵さんは思わず両手で口元を押さえました。二人とも心底驚いたようです。
「どこでだ?!」
「ん~、神奈川県民ホールで。オレのライブ見に来てくれたの。友達の友達の・・・イヤ、友達の連れだったんだよ。まあ、ほとんど偶然みたいなもんだけどね。」
「今どこに住んでいる?!」
「さあ、知らね。聞いてないもん。冬美さんはともかく総二朗はオレのこと知らないみたいだったし。だから何も話はしてねーよ。ただ、会っただけだ。・・・一応オヤジと百合恵さんにはそのこと知らせとこうと思ってさ。気にしてたんでしょ、長年。すぐに知らせなくてごめんね、念のために確認してたものだから遅くなっちゃった。」
「お元気だったの?!」
「ああ・・・冬美さんはね。苦労してるって感じじゃなかったよ。・・・シャンとしてて強そうな人だね、さすがだね。でも総二朗の方は数か月前にバイクで事故ったらしくてさ、車イスだったよ。なんか、歩行困難になるかもしれないんだってさ・・・。」
「まあ・・・それは大変なことに・・・。」
「だからちょっとしょげてたよ。・・・ま、無理ないっしょ。」
百合恵さんは祐総氏へ振り向きました。
「あなた・・・・・・。」
「オヤジ、まさか捜さないよな。」
「む・・・。」
祐総氏は難しい顔をして考え込んでしまいました。思いがけないことを聞かされてすぐに返す言葉がなかったようです。が、しばし黙考の末
「だが・・・総二朗が障害を持ってしまったのなら・・・親として私には援助するべき責任がある・・・。」
「何を今更。向こうはそんなこと多分望んでないと思うよ。むしろ責任なんて放棄してくれた方がいいと思ってるんじゃないの?・・・そっとしといてやんなよ。オレだって黙ってたんだからさ。」
「・・・・・・。」
「それと・・・オレが頼んだ件はどうなの? 受けてくれないの?」
「私は忙しいと言ったはずだが?」
祐一朗は後ろにもたれながら大きくため息をつきました。
「・・・それはわかっているけどさ・・・。」
「それに、お前はまだ私を許していないんじゃなかったのか?」
「前にも言ったけど、それってオレが許すとか許さないとかいうもんなの? どのみち今更取り返しもつかないことでしょーが。それとも何? まさかオレのやってることなんて音楽じゃないからとか、時代錯誤なことは言わないよね。」
「そんなことは言っとらん。」
「だったらさあ・・・。」
「お前と議論しているヒマはない。忙しいと言ってるだろう? 何度も言わせるな。」
 祐総氏は両膝を叩くように手を突くと勢いつけて立ち上がり、無言で居間を出て行ってしまいました。まるで逃げ出すように・・・。祐一朗はもう何も言わず無表情で見送りました。百合恵さんは少しおろおろして、ここに留まるべきか、それとも祐総氏を追うべきか迷いましたが結局残りました。
「ユウちゃん・・・。」
「やれやれ・・・。オヤジはホント相変わらずだねえ・・・。議論ですらないんだけど。」
「お父様もいろいろとお忙しくてお疲れなのよ。恨まないであげてね。」
「恨んだりなんてしないよ、そんなことしたら百合恵さんが悲しいでしょ。ま、気長に行くわ。てか、学院、そんなに大変なの?」
「ええ・・・。なかなか学生が集まらないんですって。うちに限らず今は私学はどこも大変みたい。学生の取り合いでね・・・少子化ですもんね・・・。」
「オレもよそに進学しちゃったし、それについては何も言えねーわ。・・・じゃ、オレも行くね。一応話すことは話したし。」
「あら、もう帰るの? さっき来たばかりじゃないの・・・。」
「だからごめんってば。また今度ゆっくり来るよ。オヤジのいない時に。」
「ユウちゃん、逆よ。お父様がいて、忙しくない時に、よ。」
「・・・そんな時あるのかね・・・。」
 傍らに置いたジャケットを肩に引っかけて、祐一朗も立ち上りました。・・・が、その体が少し揺れました。ソファの背に手をついて
「あれ・・・?」
と、もう片手を額にかざして・・・ジャケットがするりと落ちました。
「ユウちゃん?」
「あれ・・・? ヤベ・・・ちょっとめまい・・・そっか、薬・・・飲んでなかった・・・かも・・・。」
「ユウちゃん?! ユウちゃん、大丈夫?! ユウちゃん・・・!!」
「・・・ごめん・・・ちょっと・・・休ませて・・・。」
「ユウちゃん!! しっかりして! ユウちゃん・・・!!」
祐一朗はそのままかがみ込むと床にうずくまってしまいました。百合恵さんの呼ぶ声を聞きながら・・・。


・・・TO BE CONTINUED.
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