「・・・総くん・・・。」
「わかったようなこと言うな!! 何にも知らないくせに勝手なことすんなよ!! 続けようがやめようが決めるのはオレだ!」
「あ・・・アタシは・・・。」
「諦めたくて諦めたんじゃねえ! 諦めさせられたんだよ! オレの気も知らねえで、勝手にあれこれ言うな! おまけにこんなもんまで・・・。」
「怒ってるの? 総くん、アタシそんなにいけないことしちゃったの? アタシは・・・アタシはただ・・・総くんが少しでも元気になればって・・・」
「いいよ、もう!!・・・それ以上言うな。ほっといてくれ。・・・もう・・・帰ってくれ・・・。」
総くんは怒鳴るのをかろうじて押さえてそれだけ言うと布団をかぶって向こうを向いてしまった。アタシは謝ることもできず身のすくむ思いで総くんの背中をじっと見つめて・・・それ以上いたたまれなくなって背を向けると黙ってそのまま部屋を出た。・・・出るしかなかった。
どうしてこうなっちゃったんだろう・・・。アタシは思考停止したままふらふらと廊下を歩き、ロビーを抜けて外へ出た。秋風が吹くはずの時期だというのに、日向は夏のように暑い。その暑い日差しもアタシは感じられなくなっている。それくらい気が動転している。アタマの中が真っ白なまま、アタシはふらふらと道を歩く。
どこへ行くんだろう、アタシは・・・。どこを目指しているのか自分でもわからない。総くんもきっとそうだ。今、どこへ行けばいいのかわからないでいるんだ。目指す先がわからない。どうしていいのかわからない。アタシはそんな彼に目指す先を示してあげたかったのに・・・なのにアタシ自身がたった今どこへ行けばいいのかわからないでいる。
だけど、アタシは無意識に目指していたみたいだ。気がつけば――どれだけ時間がたったんだろ、どれだけ歩いたんだろ――海岸通りを歩いていることに気づいた。そして、無意識に目指した先がどこなのかようやくわかった。今、話を聞いてくれる人がそこにいる。アタシがこのあたりじゃ一番頼りにしている人がいる。
いつの間にか雨も降っていた。さっきまでの晴天は薄暗い雲に覆い隠され、大した雨ではないけれど、でも確かに静かに降っている。アタシは視野にその「喫茶店」が入って来たことろで思わず駆け出した。その喫茶店とは・・・
実はそこはアタシのバイト先。店の名前は何と「SUNSET」っていう。ユウジの歌を思い出すけど、もちろんこれはタダの偶然。この店自体はもっとずうっと前からこの店名であるんだもの。アタシはここに四年前からお世話になっている。院生になってからは実験や就活の関係で週に1回か2回、それも数時間しか行かないけれど、学生下宿で一人暮らしのアタシにとっては家族のように思える人たちがいる店だ。ううん・・・白状すると、ちょっぴり憧れた人がいる店。結果はあえなく失恋したけど、でもそれはどうでもいいんだ・・・今もずっと妹みたいに大切に思ってくれているんだもの。ホントに、ずっと・・・。
店に近づいてアタシはようやく今日そこが定休日なのに気づいた。駐車場にはチェーンが掛かっていて、店のドアには「CLOSED」の札が掛かっている。ちょっとウッカリしていたな・・・。だけどアタシはおかまいなしに別のドアへ向かった。ここは店舗兼住宅。だから定休日でもいる可能性はある。ドアそばのインターフォンを押す・・・お願い、いてよ、店長! 話、絶対聞いて欲しいんだもん・・・。
すぐに「はい」と男の人の声が返って来た。よかった・・・店長いてくれた・・・。
「・・・涼香です・・・。」
「・・・ちょっと待って。すぐ開けるよ。」
ほどなく鍵を回す音がしてドアが開いた。その向こうにはアタシが大好きで、憧れて、失恋して、でも今も頼りにしている兄貴みたいな――ここの店長がいつものように優しい目でアタシを迎えてくれた。・・・店長と言ってもオジサンじゃないよ、まだ30そこそこ(ついでに長身でシュッとしてて結構イケメン)。アタシはここに来て急に泣けてきて、ていうか、店長の顔を見るなりわあっと泣き出してしまった。
「涼香・・・どうしたの? ・・・とにかく入んなさい、びしょ濡れだ・・・。」
アタシは両手で顔をぬぐいながら促されて中へ入る。ああ・・・むしろ定休日でよかったよ・・・。店長はアタシを待たせて一旦二階へ上がると、すぐに女物の服を持って降りてきた。そしてそれをアタシに押し付けながら
「バスルームで着替えてきなさい。タオルは洗面所にあるもの勝手に好きなの使っていいから。何ならシャワーもかぶって・・・着替えたら店へおいで。」
「はい・・・。」
店長がアタシに押し付けた服は奥さんのもの。ていうことは、今は奥さんは出かけてるみたい。奥さんの留守に上がりこんじゃうことになるけど、そこは大丈夫。その奥さんもアタシにとってはお姉さんみたいな人だもの。ていうか・・・お二人はめちゃめちゃ仲がいい。アタシの入り込む余地は1ミリ・・・イヤ、イチ刹那もない。だからかえって遠慮しない。特に今は・・・話、聞いて欲しいんだもの、どうしても・・・。
アタシはシャワーを使わせてもらいながら、その音に紛れ込ませてもう少しだけ声を出して泣いた。それで少し落ち着けて、着替えた後は勝手知ったる家の中を抜けてお店に出た。カウンターの内側から出ると、店長の「座りなさい」というのに促されて、そのほぼ正面に座った。アタシの様子をうかがってたのだろう、ちょうどのタイミングで淹れたてのコーヒーを目の前に置いてくれた。ほわっとあったかい香りが店の中に漂っている。
「すみません、店長・・・お休みなのに。」
「いいよ、気にすんな。」
「みゆ希さんは? 仕事?」
みゆ希さんというのが奥さんの名前で、神奈川テレビの局アナウンサーをやってらっしゃる。以前は東京のテレビ局に勤めていたすっごくきれいで元気ありあまるパワー全開の素敵な女性。そんな人が相手じゃ、アタシは失恋せざるを得ないでしょ?! イヤイヤイヤ・・・そんな属性がなくても、彼女の店長を思い続けていた思いには、どんなセレブグラマースポーティーカリスマ知的美人でも勝てないと思う・・・。
「いや、今日はオフだよ。今はちょっと買い物に出てるだけ。アイツの買い物は長いから俺はついてけないよ。まあ、車で出てるから荷物持ちもいらんだろうし。」
そう言って笑う店長は、言いながらもみゆ希さんを思いやる気持ちがあふれて見える。はいはい、御馳走さまです、ぐっすん。でも、アタシも少し気持ちが和らいだ。やっぱり来てよかった・・・。
「で、どうしたの?・・・言いたくなければ聞かないけど。」
「ううん・・・聞いてください・・・。」
実は、みんなのことは、これまで既にちょくちょく話していた。出会って仲良くなった時からずっと、みんなの夢の話もことも、総くんが事故にあったことも・・・。その時々に話して、そのたびに店長は耳を傾けてくれている。そして今日、ついさっきあったことを聞いてもらって・・・。アタシがいろいろ考えたことも調べたことも含めて・・・。店長は時々頷きながら黙っておしまいまで聞いてくれた。話し始めて少しした頃ちょうどみゆ希さんも帰って来て、一緒に話を聞いてくれた。ちなみに二人の愛娘たる美佳ちゃん(生後9か月くらい)は二階で爆睡中だとか。みゆ希さん曰く
「お姫様は一度お昼寝爆睡モードに入ると当分起きないから大丈夫、気にしないで話してよ。」
・・・なので、アタシは話を続けた。
ひととおり話し終わって、アタシは大きくため息をついてつぶやいた。
「店長、アタシ・・・やっぱり余計なことしちゃったのかなあ・・・。」
「うん、そうだな。」
店長はアッサリ言ってくれた。えーん・・・。
「うう・・・やっぱりそうですか・・・。」
「まあ、涼香がその彼のことを本気で心配して、あれこれ調べて考えたのは決して悪いことじゃないよ。間違ってるわけじゃない。せっかく彼のためを思って言ったのに・・・だろ?」
「うん・・・。」
「でも考えてみなよ。彼のために誰がそう思ったの?」
「え?」
「彼のために涼香が思った、こうしたらいいのにって。そうだろ?」
「・・・・・・・。」
・・・TO BE CONTINUED.
「わかったようなこと言うな!! 何にも知らないくせに勝手なことすんなよ!! 続けようがやめようが決めるのはオレだ!」
「あ・・・アタシは・・・。」
「諦めたくて諦めたんじゃねえ! 諦めさせられたんだよ! オレの気も知らねえで、勝手にあれこれ言うな! おまけにこんなもんまで・・・。」
「怒ってるの? 総くん、アタシそんなにいけないことしちゃったの? アタシは・・・アタシはただ・・・総くんが少しでも元気になればって・・・」
「いいよ、もう!!・・・それ以上言うな。ほっといてくれ。・・・もう・・・帰ってくれ・・・。」
総くんは怒鳴るのをかろうじて押さえてそれだけ言うと布団をかぶって向こうを向いてしまった。アタシは謝ることもできず身のすくむ思いで総くんの背中をじっと見つめて・・・それ以上いたたまれなくなって背を向けると黙ってそのまま部屋を出た。・・・出るしかなかった。
どうしてこうなっちゃったんだろう・・・。アタシは思考停止したままふらふらと廊下を歩き、ロビーを抜けて外へ出た。秋風が吹くはずの時期だというのに、日向は夏のように暑い。その暑い日差しもアタシは感じられなくなっている。それくらい気が動転している。アタマの中が真っ白なまま、アタシはふらふらと道を歩く。
どこへ行くんだろう、アタシは・・・。どこを目指しているのか自分でもわからない。総くんもきっとそうだ。今、どこへ行けばいいのかわからないでいるんだ。目指す先がわからない。どうしていいのかわからない。アタシはそんな彼に目指す先を示してあげたかったのに・・・なのにアタシ自身がたった今どこへ行けばいいのかわからないでいる。
だけど、アタシは無意識に目指していたみたいだ。気がつけば――どれだけ時間がたったんだろ、どれだけ歩いたんだろ――海岸通りを歩いていることに気づいた。そして、無意識に目指した先がどこなのかようやくわかった。今、話を聞いてくれる人がそこにいる。アタシがこのあたりじゃ一番頼りにしている人がいる。
いつの間にか雨も降っていた。さっきまでの晴天は薄暗い雲に覆い隠され、大した雨ではないけれど、でも確かに静かに降っている。アタシは視野にその「喫茶店」が入って来たことろで思わず駆け出した。その喫茶店とは・・・
実はそこはアタシのバイト先。店の名前は何と「SUNSET」っていう。ユウジの歌を思い出すけど、もちろんこれはタダの偶然。この店自体はもっとずうっと前からこの店名であるんだもの。アタシはここに四年前からお世話になっている。院生になってからは実験や就活の関係で週に1回か2回、それも数時間しか行かないけれど、学生下宿で一人暮らしのアタシにとっては家族のように思える人たちがいる店だ。ううん・・・白状すると、ちょっぴり憧れた人がいる店。結果はあえなく失恋したけど、でもそれはどうでもいいんだ・・・今もずっと妹みたいに大切に思ってくれているんだもの。ホントに、ずっと・・・。
店に近づいてアタシはようやく今日そこが定休日なのに気づいた。駐車場にはチェーンが掛かっていて、店のドアには「CLOSED」の札が掛かっている。ちょっとウッカリしていたな・・・。だけどアタシはおかまいなしに別のドアへ向かった。ここは店舗兼住宅。だから定休日でもいる可能性はある。ドアそばのインターフォンを押す・・・お願い、いてよ、店長! 話、絶対聞いて欲しいんだもん・・・。
すぐに「はい」と男の人の声が返って来た。よかった・・・店長いてくれた・・・。
「・・・涼香です・・・。」
「・・・ちょっと待って。すぐ開けるよ。」
ほどなく鍵を回す音がしてドアが開いた。その向こうにはアタシが大好きで、憧れて、失恋して、でも今も頼りにしている兄貴みたいな――ここの店長がいつものように優しい目でアタシを迎えてくれた。・・・店長と言ってもオジサンじゃないよ、まだ30そこそこ(ついでに長身でシュッとしてて結構イケメン)。アタシはここに来て急に泣けてきて、ていうか、店長の顔を見るなりわあっと泣き出してしまった。
「涼香・・・どうしたの? ・・・とにかく入んなさい、びしょ濡れだ・・・。」
アタシは両手で顔をぬぐいながら促されて中へ入る。ああ・・・むしろ定休日でよかったよ・・・。店長はアタシを待たせて一旦二階へ上がると、すぐに女物の服を持って降りてきた。そしてそれをアタシに押し付けながら
「バスルームで着替えてきなさい。タオルは洗面所にあるもの勝手に好きなの使っていいから。何ならシャワーもかぶって・・・着替えたら店へおいで。」
「はい・・・。」
店長がアタシに押し付けた服は奥さんのもの。ていうことは、今は奥さんは出かけてるみたい。奥さんの留守に上がりこんじゃうことになるけど、そこは大丈夫。その奥さんもアタシにとってはお姉さんみたいな人だもの。ていうか・・・お二人はめちゃめちゃ仲がいい。アタシの入り込む余地は1ミリ・・・イヤ、イチ刹那もない。だからかえって遠慮しない。特に今は・・・話、聞いて欲しいんだもの、どうしても・・・。
アタシはシャワーを使わせてもらいながら、その音に紛れ込ませてもう少しだけ声を出して泣いた。それで少し落ち着けて、着替えた後は勝手知ったる家の中を抜けてお店に出た。カウンターの内側から出ると、店長の「座りなさい」というのに促されて、そのほぼ正面に座った。アタシの様子をうかがってたのだろう、ちょうどのタイミングで淹れたてのコーヒーを目の前に置いてくれた。ほわっとあったかい香りが店の中に漂っている。
「すみません、店長・・・お休みなのに。」
「いいよ、気にすんな。」
「みゆ希さんは? 仕事?」
みゆ希さんというのが奥さんの名前で、神奈川テレビの局アナウンサーをやってらっしゃる。以前は東京のテレビ局に勤めていたすっごくきれいで元気ありあまるパワー全開の素敵な女性。そんな人が相手じゃ、アタシは失恋せざるを得ないでしょ?! イヤイヤイヤ・・・そんな属性がなくても、彼女の店長を思い続けていた思いには、どんなセレブグラマースポーティーカリスマ知的美人でも勝てないと思う・・・。
「いや、今日はオフだよ。今はちょっと買い物に出てるだけ。アイツの買い物は長いから俺はついてけないよ。まあ、車で出てるから荷物持ちもいらんだろうし。」
そう言って笑う店長は、言いながらもみゆ希さんを思いやる気持ちがあふれて見える。はいはい、御馳走さまです、ぐっすん。でも、アタシも少し気持ちが和らいだ。やっぱり来てよかった・・・。
「で、どうしたの?・・・言いたくなければ聞かないけど。」
「ううん・・・聞いてください・・・。」
実は、みんなのことは、これまで既にちょくちょく話していた。出会って仲良くなった時からずっと、みんなの夢の話もことも、総くんが事故にあったことも・・・。その時々に話して、そのたびに店長は耳を傾けてくれている。そして今日、ついさっきあったことを聞いてもらって・・・。アタシがいろいろ考えたことも調べたことも含めて・・・。店長は時々頷きながら黙っておしまいまで聞いてくれた。話し始めて少しした頃ちょうどみゆ希さんも帰って来て、一緒に話を聞いてくれた。ちなみに二人の愛娘たる美佳ちゃん(生後9か月くらい)は二階で爆睡中だとか。みゆ希さん曰く
「お姫様は一度お昼寝爆睡モードに入ると当分起きないから大丈夫、気にしないで話してよ。」
・・・なので、アタシは話を続けた。
ひととおり話し終わって、アタシは大きくため息をついてつぶやいた。
「店長、アタシ・・・やっぱり余計なことしちゃったのかなあ・・・。」
「うん、そうだな。」
店長はアッサリ言ってくれた。えーん・・・。
「うう・・・やっぱりそうですか・・・。」
「まあ、涼香がその彼のことを本気で心配して、あれこれ調べて考えたのは決して悪いことじゃないよ。間違ってるわけじゃない。せっかく彼のためを思って言ったのに・・・だろ?」
「うん・・・。」
「でも考えてみなよ。彼のために誰がそう思ったの?」
「え?」
「彼のために涼香が思った、こうしたらいいのにって。そうだろ?」
「・・・・・・・。」
・・・TO BE CONTINUED.