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内倉真裕美の晴耕雨読

恵み野は「花の街」と言われています。HP「内倉真裕美のガーデニングダイアリー」もご覧下さい。

コーヒー農園視察

2011年04月21日 19時02分45秒 | アフリカ旅行



2011.4.19宿泊ホテル・ミル・コリン

8時30分にルワンダコーヒー協会のエリックさんが迎えに来てくれました。
今日のスケジュールはコーヒー農園を巡り2箇所のウオッシングステーションを回り昼食を取って、コーヒー協会訪問とカッピングや豆の選別作業する場所と、その他の施設を見て回る。かなり強硬スケジュールとなる。


1時間の予定で、ムヨンゲウオッシングステーションに向かうがアップダウンの多い道路は予定を遥かに押していく。車中ではエリックさんのレクチャーが開始される。ルワンダに現在あるウオッシングステーションは120箇所。2005年が40箇所だと言うから飛躍的に増えているといえる。

今回向かうムヨンゲは古い場所で2300件のファーマーズからなる大きなウオッシングステーションである。今回持参したミビリッチは最初からあるウオッシングステーションである。ミリングステーションはキガリにしかなくて、洗われた豆はミリングステーションに全て運ばれる。

ムヨンゲのコーヒーファーマーズは1800メートルの高地で生産されていて、キレイな酸味が特徴である。ウガンダはロブスター種が殆どで、沢山の収穫するが、インスタントコーヒーに使用する豆が多いが、ルワンダは政府の政策の中で小規模の農家に土地を与え、クオリティの高い豆を生産することで高く豆を買ってもらい農家の生活水準を上げていく政策を打ち出した。それはコーヒー豆だけではなく、ティー、ベジタブル、フルーツ、フラワーも同じ考えで行われている。

又、小さなファーマーズの集合体は地区で作られ、政府は売り上げ等の管理はしない。ただし、システムや美味しい豆を作るうえで指導者の派遣をし高品質の製品を作り出す手助けをしている。ルワンダのコーヒー協会は品質管理や指導者の育成、販売ルートの開拓等を行っている。国は個々が良くなれば国も良くなるという考えで徹底したサポーターに回っている。

1995年からこのプロジェクトがスタートしたが、それまでは2箇所のウオッシングステーションしかなくて、豆には石やその他の混入物が混ざり、大きさもまちまちでクオリティは低かったが元々99パーセントがアラビカ種であったことがシステムを作ったことでクオリティーは一挙に高まっていった。
 
ルワンダの人たちはコーヒーを飲む習慣が無い。輸出して売るコーヒー豆は生活の糧なのでコーヒーを飲むことは無いのである。そこで、政府は国内の人たちにだけ売るコーヒーの生産を始めた。そのコーヒーの名は「ハートオブアフリカ」千の国の丘、というコーヒー豆で、スーパーマーケットやホテル等に卸している。

 ムヨンゲに向かう道は13キロ地点から、アップダウンが多い細く曲がりくねった道路が続く。昔は木製の自転車で荷物を運んでいたが、マウンテンバイクの会社がコーヒー自転車プロジェクトを作り、売上金の1部から自転車が購入され送られるようになった。
 途中、コーヒーの木に実ったビーンズの写真を撮りながら、豆の生育に着いての説明を聞きながら動いていると、まもなくウオッシングステーションに到着した。
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ルワンダ初日

2011年04月21日 15時52分15秒 | アフリカ旅行
ルワンダの2泊3日の旅も実り多すぎて書ききれない
18日はジェノサイト関係
20日はコーヒー農園とウォッシュステーション
帰宅してからゆっくりアップしますね。

20011.4.18
 エアポートホテル6:30に食事を終え7:00に出発。途中荷物検査の為、車から降りて女性は女性の警察、男性は男性の警察に身体検査及び荷物の検査をされる。車の中も見られてゲートを過ぎてから車に乗り込む。撮影禁止、銃を持っている警察官がいたるところに立っている。エンデベ空港前の鳥の巣を許可をもらって撮影。ウガンダは空港でも勿論撮影禁止。娘にも写真撮るのは気をつけてと注意される。
 空港に着いてルワンダ行きの時刻表を見ると9:30分行きが12:30分と表示されている。「え~っ何で・・・」でもここはウガンダだからこんなことでヘタっていてはいけないらしい。みやげ物売り場やカフェに行って時間つぶし。まもなくすると案内のアナウンスがされ、小百合が「大変今、ルワンダ行きのゲートが開いた。急いで、急いで」お勘定は小百合に任せて、いざゲートに向かう。小百合は時間が変わるたびにジャイカ、ルワンダ事務所に連絡を入れる。ルワンダに着いたら真っ直ぐルワンダ事務所に行き、ルワンダでの行動チェックの注意点を教わるという。飛行機の航空時間は45分だが、時差は2時間。なんだか変な感じ。ルワンダ空港はこれまたウガンダとは違い洗練されている。対応もきちんとしている。早速ホテルの車に乗ってチェッイン。ここがホテル・ルワンダのモデルとなった支配人のいたホテルミル・コリン。このことは又後ほど。
 ジャイカ事務所に向かい、事務所の方に3人一緒にレクチャーを受ける。

注意すること
1、 政治の話はしない
2、 ジェノサイトとは言わない。大量虐殺とか日本語で話す。
3、 ツチ、フツと言う言葉も言ってはいけない。1994年15年前の出来事。ツチ族、フツ族の対立で大虐殺が起こった。虐殺されたのはツチ族50万人とも100万人とも言われている。だからツチ、フツの名は口にしてはいけない。
4、 どこの部族かと人に尋ねてはいけない。
5、 バイクタクシーに乗ってはいけない。
6、 夜間(6時以降)歩いてはいけない。
以上のような注意点を聞いて、タクシーを捕まえ娘は交渉し、ジェノサイト資料館に向かう。興味深い話として、ルワンダの街並みはゴミがなく美しい。土曜日の午前中は国民全ての人が営利目的のことをしてはいけない決まりになっていて、国を挙げて清掃する時間だという国道や公共の場所がきれいなのはこうした強い政府の決まりがあるからに他ならない。

ジェノサイト資料館
 この場所にも10万人の遺体が収容されている。資料館の中では展示されているパネルの解説を小百合がしてくれる。虐殺の様子や遺体が転がっている様子がテレビで放送されていたのを見て胸の奥がギュッと締め付けられた。2階の展示場ではドイツのユダヤの虐殺やその他の虐殺の展示がされていた。


ニャマタ教会メモリア
 もう1つのジュノサイトが展示されている場所を予定しているが、どうする?と娘に聞かれたが、折角だから事実を知りたいから行く。と告げた。待っていてもらったタクシーに乗り向かうこと30分。美しい女性が案内してくれた。 
 外に出て、遺体である頭蓋骨や足や腕の骨が安置されている地下室に案内された。棚の上に並んだ頭蓋骨や骨。3万5千体の遺体が安置されていて1万はこの教会で虐殺された人の遺体。

辛く悲しすぎる出来事に言葉が出ないが、コレも事実。
災害も人災も、人が壊れるように亡くなるのは、タダタダ辛い。
重たい1日だったけれど、良かった。

今回、ルワンダに来れたことに感謝。
こんなときがなくては、親子して語れることも無いかもしれない

夕飯は高台にあるイタリアンレストラン。4種類のチーズを4ブロックに分けて焼き上げた。生地から作り、パンも焼きたてが出てきた。
毎日美味しいものも食べ続けていますよ

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