聖人すぎてこっちが情けなくなってきた・・・
腐っている俺はなんだったんだ・・・
襟を正そう。
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スズキの軽で駆け付けた夕張市長・鈴木直道氏(37)が北海道知事選に出馬表明
2019/02/02 10:27
https://hre-net.com/seiji/dousei/35610/
2月1日午前、黒塗りの高級車が似合う札幌パークホテルにスズキの軽自動車が横づけされた。使い込んだ風情を醸す車の運転席から降り立った夕張市長・鈴木直道氏(37)は、同ホテルで自ら行う北海道知事選への出馬会見場に向かった。
この日、鈴木氏は4月に行われる同知事選に正式に立候補することを表明した。高橋はるみ知事の5選不出馬表明が遅れに遅れたことで、次期知事候補者選びは混迷。自民党や経済界が鈴木氏と和泉晶裕氏(57、国土交通省北海道局長)のどちらを推薦候補にするかで堂々巡りする中、鈴木氏は自ら手を挙げ無所属で立候補する意思を表明した。
鈴木氏は、石原慎太郎都知事の下、2008年に財政再生団体である夕張市に派遣された都職員だった。2年2ヵ月勤務した後、内閣府地域主権戦略室に出向して夕張市行政参与に就任。10年11月に夕張市長選に出馬を決意して都庁を退職、11年4月に全国最年少の30歳1ヵ月で市長に就任した。
それから8年目を迎え、住宅再編事業など全国初の集約型コンパクトシティ計画を策定したり、JR石勝線夕張支線の廃線を逆提案したりして持続可能な公共交通体系の再構築を目指すなど実績を積んできた。さらに誰からも不可能と言われた財政再生計画の抜本見直しを国から勝ち取り、2026年度には実質的に財政再生団体から脱却する道筋も付けた。
鈴木氏は会見で、「北海道が直面している人口減少をはじめとする様々な課題と向き合い、一つひとつ丁寧に解決してピンチをチャンスに変え、北海道が持っている素晴らしい財産、魅力を存分に生かし活力あふれる北海道にしたい。そうした思いを各地域の皆さんと共に徹底した道民目線の下で成し遂げたい。こうした思いが重なり立候補を決断した」と述べた。
さらに、「夕張に残るべきか知事選に出馬すべきか悩んだが、自分の素直な心の声を聴いた答えは、『経験と持てる力をすべて注ぎ道民の知恵と力を結集して躍動する北海道の扉を力強く押し開けていきたい』ということだった」と話した。
月額報酬25万円、妻と愛犬の柴犬5歳と暮らす鈴木氏は、37歳と思えぬ落ち着きと誰にでもわかる言葉を淡々と熱量を込めて話し、市長というより凛とした志士の風貌だ。「首長の仕事はフットワーク。経験則が通じない社会の中で皆さんの声を受けて365日24時間がむしゃらに働くことができるかどうかだ」、「若さや経験不足、至らないところを武器に変えて役割を果たしたい」、「退路を断って自分の熱い思いを道民に訴えること」、「私のモットーは、大義ある逆境に挑戦すること」など響く言葉を発し続けた。
知事選出馬の決意を固めた理由を聞かれた鈴木氏は29歳で都庁職員を辞め、市長選出馬を決意した時に参考にした言葉を披露した。《お金を失うことは小さなことだが、名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことはすべてを失うことだ》
この言葉が今回も背中を押したという。
「決意したのは1月27日。妻に『もう1回ゼロになるけど、知事選に挑戦させてほしい』と話し、理解を得てこの場にいることができた」と述べ、「妻も働き二人三脚できたが妻には苦労をかけた。仮に知事になっても北海道の今の財政状況を考えると全国最低水準の報酬で知事をやらせてもらいたい。私は逆境の中で何かを目指す人間。私が妻の立場なら嫌だなと思う。人生を賭けた2回目の決断が間違いなかったと言われるように一日一日を頑張りたい」と最後はハンカチで涙を拭った。
この日は、若手経営者たち12人が支援のために同席するなど徐々に輪が広がりつつある。会見後、鈴木氏は自民党道連や公明党北海道本部に推薦要請を行った。やはりスズキの軽に乗ってーー。
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腐っている俺はなんだったんだ・・・
襟を正そう。
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スズキの軽で駆け付けた夕張市長・鈴木直道氏(37)が北海道知事選に出馬表明
2019/02/02 10:27
https://hre-net.com/seiji/dousei/35610/
2月1日午前、黒塗りの高級車が似合う札幌パークホテルにスズキの軽自動車が横づけされた。使い込んだ風情を醸す車の運転席から降り立った夕張市長・鈴木直道氏(37)は、同ホテルで自ら行う北海道知事選への出馬会見場に向かった。
この日、鈴木氏は4月に行われる同知事選に正式に立候補することを表明した。高橋はるみ知事の5選不出馬表明が遅れに遅れたことで、次期知事候補者選びは混迷。自民党や経済界が鈴木氏と和泉晶裕氏(57、国土交通省北海道局長)のどちらを推薦候補にするかで堂々巡りする中、鈴木氏は自ら手を挙げ無所属で立候補する意思を表明した。
鈴木氏は、石原慎太郎都知事の下、2008年に財政再生団体である夕張市に派遣された都職員だった。2年2ヵ月勤務した後、内閣府地域主権戦略室に出向して夕張市行政参与に就任。10年11月に夕張市長選に出馬を決意して都庁を退職、11年4月に全国最年少の30歳1ヵ月で市長に就任した。
それから8年目を迎え、住宅再編事業など全国初の集約型コンパクトシティ計画を策定したり、JR石勝線夕張支線の廃線を逆提案したりして持続可能な公共交通体系の再構築を目指すなど実績を積んできた。さらに誰からも不可能と言われた財政再生計画の抜本見直しを国から勝ち取り、2026年度には実質的に財政再生団体から脱却する道筋も付けた。
鈴木氏は会見で、「北海道が直面している人口減少をはじめとする様々な課題と向き合い、一つひとつ丁寧に解決してピンチをチャンスに変え、北海道が持っている素晴らしい財産、魅力を存分に生かし活力あふれる北海道にしたい。そうした思いを各地域の皆さんと共に徹底した道民目線の下で成し遂げたい。こうした思いが重なり立候補を決断した」と述べた。
さらに、「夕張に残るべきか知事選に出馬すべきか悩んだが、自分の素直な心の声を聴いた答えは、『経験と持てる力をすべて注ぎ道民の知恵と力を結集して躍動する北海道の扉を力強く押し開けていきたい』ということだった」と話した。
月額報酬25万円、妻と愛犬の柴犬5歳と暮らす鈴木氏は、37歳と思えぬ落ち着きと誰にでもわかる言葉を淡々と熱量を込めて話し、市長というより凛とした志士の風貌だ。「首長の仕事はフットワーク。経験則が通じない社会の中で皆さんの声を受けて365日24時間がむしゃらに働くことができるかどうかだ」、「若さや経験不足、至らないところを武器に変えて役割を果たしたい」、「退路を断って自分の熱い思いを道民に訴えること」、「私のモットーは、大義ある逆境に挑戦すること」など響く言葉を発し続けた。
知事選出馬の決意を固めた理由を聞かれた鈴木氏は29歳で都庁職員を辞め、市長選出馬を決意した時に参考にした言葉を披露した。《お金を失うことは小さなことだが、名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことはすべてを失うことだ》
この言葉が今回も背中を押したという。
「決意したのは1月27日。妻に『もう1回ゼロになるけど、知事選に挑戦させてほしい』と話し、理解を得てこの場にいることができた」と述べ、「妻も働き二人三脚できたが妻には苦労をかけた。仮に知事になっても北海道の今の財政状況を考えると全国最低水準の報酬で知事をやらせてもらいたい。私は逆境の中で何かを目指す人間。私が妻の立場なら嫌だなと思う。人生を賭けた2回目の決断が間違いなかったと言われるように一日一日を頑張りたい」と最後はハンカチで涙を拭った。
この日は、若手経営者たち12人が支援のために同席するなど徐々に輪が広がりつつある。会見後、鈴木氏は自民党道連や公明党北海道本部に推薦要請を行った。やはりスズキの軽に乗ってーー。
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