マスクの中で「ブツブツ…ボソボソ」

　
最近　外出する際は
必ずマスクを着用する
風邪予防対策なのだが
マスクをしてから
妙なクセが出来てしまった

独り言…である

前からその兆候はあったのだが
小さいながらも　口を動かすと
周囲に奇異な目で見られる
だから独り言は「心の中」だけにしていた
それが　口元を隠すマスクをしてから
周囲の目が気にならなくなり
ひとり「ブツブツ…ボソボソ」
とやってしまっているのだ

例えば電車で化粧をしている女がいると
「ここは洗面所じゃないってーの」
「ヒドイもんだね～品のなさ」
「ああ、あんなにアイライン塗って…パンダかよっ」

携帯メールをしながら歩く人には
「コラコラ、世間の邪魔」
「頭悪いんだから、せめて行儀だけは良くしなさい」

電車で大きなクシャミをするオヤジを見て
「うわーっ　勘弁してよ
　電車内がオヤジ病原菌だらけ」

またまた電車内でディープな
愛の行為をしているカップルを見て
「ったく、ブサイク二人が…」
「…ケダモノかっ！」

何人かのオバサンが
道を占拠して歩いているのを見て
「まったく小学生並みだ」
「コラコラ、端っこ歩け」

てな具合である

これを声に出したら
間違いなく白い目で見られるだろう
ブツブツ程度にしておいて良かった

と、思ったら
テレビを見ている最中に
カミサンから指摘された
「もー独り言　ウルサイ！」

僕は気づかず
ズーッと大きな声で
独り言を言っていたのだ

そういえば、電車で
僕をジロジロ見る人はいなかったが
皆がわざと僕を見ない風にしていたような…

信じられない光景

　
それは日曜の早朝だった
大学へ行くため
下り電車を待っていた

と…

下りホームの淵から
ペタッ、ペタッという感じで
二つの手が見えた

「え…え？！」
僕は二度見した

やがて頭がヌーッと出てきた
そして、「ヨッコラ…」とばかりに
若い男が線路からホームに上ってきた
頭が血だらけだ

男はフラフラしながら
こちらに向かってくる
時折「アーッ…アーッ」と奇声を発しながら
泥酔している
尋常じゃない

僕は駅員を探した
こういう時、ホームから
緊急を伝える連絡機みたいなものが
あるといいのに、と思った

男は、ダラリと下げた手から
ポタポタと血を垂らしながら
足が不自由な人のように
ジグザクな歩き方でこっちへ来る

そして…
僕の近くのエスカレーターに乗り
階下に下っていった…
交差するように駅員が上がってくる
「お客さん、大丈夫ですか！？」

下りながら男は
まるで答えるかのように
「アーッ…アー」と叫んだ

信じられない光景だった
やってきた電車も異常を知ったのか
ホームに差し掛かる前で停車した

そのことが原因で
電車が動くまでかなりの時間を要した
いつもより早めに家を出たおかげで
遅刻は免れたが、予定が狂った

しかし…

あの青年は　その後どうなっただろう
脳挫傷を起こし
最悪の結果になったかもしれない

大学から帰った際に
駅員にそのことを聞こうとしたが
万が一、最悪の結果を聞かされることになれば
後々まで暗い気持ちになる気がして
何も聞かず改札を抜けた

きっと馬鹿騒ぎして
朝まで飲んでいて
電車に乗りようやく駅に着いたはいいが
誤ってホームに落ちたのだろう
そして　もし　それで命を落としたとしたら
なんとも悔しい人生ではないか

明日は講義がある
学生たちに　このことを話し
「決して　度を過ぎた飲酒をしてはいけない」
と伝えるつもりだ
人生の失敗の三大要素

金と異性、そして酒だ
互いに気をつけよう…