松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

第7次・70才・オートバイひとり旅・アラビア半島・中東・東欧・西欧アイルランド 8月26日~9月1日

2014年09月03日 | 赤道直下と陸路国境148か所
スイス、パリなど・・・に寄っていると半月ぐらいすぐに過ぎてしまいそう・・オーストリア・ウィーン
からアイルランドまで一気に走ろう・・大都市を避けて・・ドーバー海峡はトンネル列車でイングランド
からアイルランドへはフェリーで・・・

アイルランド入国でヨーロッパ、東欧、北欧、中央アジア、中東はすべて訪れた・・今回の旅ははこれま
で走っていなかった、アラビア半島・ドバイ、オマーン、アルメニア、ベラルーシ、モルドバ、そして
最後はアイルランドについた。

全部合わせると118カ国目。2000年10月から走り始めて・・自分でもよく走ってきたものだと思
う。これまで走った距離は34万kmを越えた。











9月1日月曜      くもり        くもりうす曇り  
ネットのある場所は寝ていても支障はない広さ・・そこの床に寝かせてもらった。朝7時に北アイルランド
の港についた。

最初は北アイルランドの街に泊ろうかと考えていたが・・ナビで約100キロと近い・・やっぱりアイルラ
ンド・ダブリンに向かうことにした。

途中のガソリンスタンドでいつも使っている「ブッキング・ドット・コム」でホテルを探して予約した。
一泊1600円・・3泊で5000円ぐらいのゲストハウス。

ところが「駐車場はありません」と・・ここのガススタンドのレストランのネットは20分でおしまいにな
っている。ありゃ・・キャンセルが出来ない・・まぁーたどりついてから考えよう。

北アイルランドからタブリンまで田舎の風景が続く・・そしてガススタンドが出てこない・・100キロ走
っても出てこない。きのうもそうだった、幹線道路を走っていて目に見見える「スタンド」がない。

どうなっているのか・・不安になる。アメリカと同じで一旦・・幹線から降りてガソリンスタンドで給油す
るのか・・などと考えながら走っていると

「サービス」の看板が出て1マイル、20マイルと出てきた。ハハーン・・イギリスはマイルの国なんだ。
1マイル・・1600m・・注意してみると「スタンドの給油マーク」フォークとスプーンのマーク「レス
トラン」のマークの標識が出てきた。どうりで走っている道路からスタンドは見えないわけだ。

でもスタンドを見つけて給油出来てホッとした。アイルランドではその標識も出てこない・・いつも給油す
る200キロを過ぎるころ・・スタンドマーク、食事のマークが出てきた・・イヤーよかった。

そのレストランでネットを使いホテルを予約したいのだ。アイルランド・首都ダブリンについた。ゲストハ
ウスのアドレスを見せてタクシーに頼んだ。タクシーの運転手さんは中国出身と話す。

駐車場が心配だったがレセプションは路上駐車・・奥の方だったらかまわないと・・駐車出来て安心した。
ゲストハウス予約した1600円10人部屋から一泊2000円の4人部屋に替えてもらった。

なにせ荷物が多いから少ない人数の方がいい。いまはイタリア人と二人だけ。レセプションの人も感じがい
いが・・キッチンも二カ所、冷蔵庫も3台あるし・・ごちゃごちゃ積み重ねるようなことにはなっていない。

このゲストハウスは国際色豊か・・誰でも気兼ねなくあいさつをしてくれるし・・気分がいい。イタリ、中
国、アルゼンチン、ルクセンブルグ、フランス、コウリャン、アイルランド、スウェーデン、フィンランド
・・もっといたが・わすれた。

久しぶりに活気のある楽しい雰囲気で過ごすことができそうだ。アイルランドの土地柄が旅人をリラックス
させているのかもしれない。朝11℃昼20℃とゲストハウスのレセプションに書いてあった。








8月31日日曜          はれ     はれ
暗いうちに出発準備・・・ドーバー海峡・トンネル列車ゲート・入り口が何カ所もあるそのまま入った・・
誰もいない。カードでを入れて清算すれば済むのだろう・・。

となりに停まってスイ、スイ中に入っていく車を止めて、どうすればいいのか「おしえてくれーい」カー
ドの使い方・・。わたしが入ったゲートは無人でカード用のゲートだった。

人間がいるところを係官が教えてくれた、人間が対応しているゲートが半分あった。日本の高速道路の
「カード」をつけている車とカードを「つけて」いないゲートに別れているのを・・・

わからずにカード用、無人のゲートに入っていったのだ。わたしのうしろに来た車・・は一台だけでよ
かった。きのうみたいに渋滞している時だったら・・おおごとになっていただろう。

110ユーロ?払って(正確な金額忘れた)・・ようやく入場できた。そのあともゲートが国境、ボー
ダーでパスポートを提出、写真を撮っているのを見ていたのだろう。

国境を写した「カメラを見せろ」と係官・・国境だけの写真を削除されてしまった。まだ国境は旧いし
きたりに従っているイングランドの国だ。

このあともゲートが3,4カ所あった。最後のゲートから列車のホームに走ってゆく。座席をすべてと
っぱらった列車に入っていく。列車は8時35分動きだした・・9時8分にイングランドに到着。

そのままホームから一般道路に向かう。これからはイングランドからアイルランドに渡る船着き場に向
かう。何キロあるのかもつかんでいない。ナビに従って走るに走る。












途中のガソリンスタンドで若い人に・・アイルランドの港を聞くと・・ナビに「港の名前」を入れてく
れた・・オーあと100キロ足らずでつきそうな距離だ、あと2,300キロ走らなければと思ってい
たので・・気持ちがづっと楽になった。その港の街についた。

アイルランドのフェリー乗り場を聞く・・教えてもらった乗り場は閉まっている。地元の人に聞くと・・
反対側の港から出ていると・・とてつもなく遠く感じる。

道路の別れ道にオートバイを止めて・・車を止めようとするが、停まってくれない。オートバイが反
対側から走ってきた・・通りすぎてUターンしてわたしのところにやってきた。

「アイルランド」行きのフェリー乗り場・・。「あっちの方に行って・・左に曲がって・・・トンネル
・・」面倒になったのか、最後は「オレのあとについてこい」と走りだしてくれた。

10キロ以上走ってフェリー乗り場についた。ひっぱてくれた人は・・ヘルメットを脱いだ顔は50歳
台のおじいさんだった。ありがとうございました。

15時になっている。フェリーの出発は20時、受付は18時と係官。駐車場の広場でびしょぬれに
なっていた下着を取り替えてきのうの残りものハム、トマトだけ・・ガススタンドで買ったビールで
昼飯。

19時に受付が始まった・・エエーこのフェリーは「北アイルランド」の港に向かうとのこと・・な
んだー。わたしはてっきり「アイルランド・ダブリン」に向かうものと思っていたのだ。

仕方ないもう乗るしかない・・フェリー代8ポンド払って21時頃フェリーに乗り込む。船の部屋わ
たしにはない・・あったかい魚のフライ、ポテトビールを買って・・・

老夫婦がビールを飲んだらすぐに部屋の戻るだろうと長椅子をねらっていたが・今度はワインを注文
した・・12時近い・・寝るところを探そう。


(2000年10月から走り始めて・・2008年で28万km・・2014年8月30日現在のメータ
6万kmを越えたので全部で34万km走ったことになった・・10万km走ると0・ゼロになる)








8月30日土曜    くもり     雨     くもり
まだ暗い6時に出発・・きょうはドーバー海峡・・トンネルのところまで走れるか・・約700キロ。
走っている・・実際の道は・・・パソコンで見た地図で見たルートと違っているように感じる。

パソコンで見る道は空から見ているので「そうか・そうか」とわかりやすいが走りだすと・・となり
の道などわかりゃしない・・どこを走っているのか見当もつかない。ここは「ナビ」まかせ。

前回立ち寄った・・ブルッセルを過ぎた・・石畳のある・・きれいな街ケント(ヘント)。ドーバー
海峡についた・・ところはフェリーの港。

土曜日とあって大渋滞・・「トンネルで渡りたい」・・途中からUターンして・・ドーバー海峡トン
ネル・・列車で運ぶところへ二度三度聞きながら移動。

ここも渋滞・・きょうの列車の予約は満杯ですって。仕方ない・・近くのホテルに泊ることにした。
1万2000円・・ウヘ―たけ―。







8月29日金曜     はれ     くもり雨     はれ
あさ6時に出発・・いい天気だ。ドミトリ3人部屋・・泊っている3人の内・・一人だけ朝方3時
頃戻ってくる・・ゆうべも・・けさも同じだった。

5時に起きた・・南アフリカの青年も起きた・・ハンガリー・に向かうとのこと・・「グ一ラック
・・いい旅を」握手して別れる。

一路ヨーロッパ最後の国、アイランドに向かう・・どこかを通過・・ドイツを通過・・大きな街ミ
ュンヘンを避けて・・どこかに泊って。

ウィーンから走ってきた幹線道路・・きょうはどこかに泊っている・・ウィーンから550キロ走
った地点・・ガス・スタンド近くにあったモーテルに泊る。

69ユーロ・・8400円・・高けー・な。仕方ない。となりのガススタンドでソーセージ・・持
ってきた・・きゅうり、トマト、タマネギですませる。







8月28日木曜   はれ    はれ
朝から青空・・一日中久しぶりに晴れた天気だった・・。朝の散歩のあと・・午後からあしたから
アイルランドに向かうルートを探して・・いるうちに・・ゲストハウスに泊っている、ブルッセル
・・の人に「IPad・・」にGoogelを入れてもらった。

彼はコンピューターの仕事をしているらしい・・どうりで・・キーボードの打ち方が並みの打ち方
ではなかった。こんなに簡単に・・マップを探し、見ることが出来ることに驚いた。

彼も「日本語」を勉強しているらしい・・「ありがとう」に対しての言葉は・・「どういたしまし
て」とか・・。


8月27日水曜   はっきりしない天気  雨・・くもり 雨
朝から雨模様・・雨の隙間を縫って・・ウィーン市内の朝の散歩・・。はっきりしない天気雨が降
ったりやんだりの繰り返し・・。今の時期はこんな気候なのだろうか・・。


8月26日火曜     ハンガリー朝はれ   くもり   オーストリア雨  くもり    
6時になってようやく明るくなってきた・・6時15分ゲストハウスを出発。オーストリア・ウィン
まで240キロの予定。

温度計8℃・・ズボン下タイツを始めてはいて・・上はシャツの上に長そでシャツ2枚、それにジャ
ンバーを着こんで冬の走りになってきた。

それでも身体に冷たい風を感じる。使えなくなったナビの代わりに、きのうガーミンから提供しても
らったナビで、すんなりとM1幹線道路に乗ることが出来た。

120キロで走れるいい道路・・トラックが多いな・・。時々太陽は出ているが雲行きがおかしく
なってきた。急にカーブに入っていく・・料金所なのか??違った。

最近まで使っていた国境カスタムの建物が出てきた。もちろん誰もいない・・「チェンジ24H」の
看板は出ているがいまは空っぽだ・・確かめてみようと歩きだしたがぽつぽつと雨が落ちてきた。

ウィンまであと60キロだ・・それまで持ってくれ。結構な降りになってきた・・ガススタンドで給
油したあとカッパを着こんで「さー来い」なーんだ雨はやんでいる。

ウィーンの街に入ったガススタンドでゲストハウスを聞こう。オートバイが入ってきた「ソーリ・ゲ
ストハウス」のアドレスを見せた。出来ればホテルまで引っ張ってもらおうとの・・こんたんだった。

彼は「だいぶはなれている」「ナビ」にアドレスを入力してもらった・・わたしは英語での入力がで
きないので助かった。

これで「OK」と・・ありがとうございました。わからなかったらタクシーに頼んで探すつもりだった。
ナビに従ってすんなりとゲストハウスについた。

途中・・アーこの建物は見たことがある・・ここには来たことがある。13年前に初めて会ったのに
「俺にマンション」に「泊って行けと鍵を渡されてお世話になったところである。

船員だった彼は当時退職して離婚しているとか話していた。1943年10月生まれわたしとまったく
同じ年だった。当日も彼女と3人で食事、わたしは「寿司」をごちそうになった。

二人はどこかえ行ってしまったあと次の朝戻ってきた。ひとりでマンションに泊らせてもらった・・
お世話になった。なつかしい・・思い出が残っている。彼の住所は聞いていたと思うがいまはない。

1500円、ゲストハウスに荷物を運び14時になるまでキッチンで食事をすませる。「冷えた」ビー
ル、スーパーで売ってない・・ここまで来て「どうしてだ」・・

アルコール禁止のイスラム圏でも冷えたビールがあった。となりのハンガリーに比べてビールの種類も
少ない・・マーケット売り場の商品も品薄の感じ・・

仕方がないのでビールを多めに買ってホテルの冷蔵庫で冷やそう。値段は東欧と変わりないビール5
00m80円ぐらい・・。

ここのゲストハウスはすべて三人部屋の平らのベッドになっているようだ。寝返りしても動いてもゆ
れなくて気にしなくていい・・気持ちよく眠れそうだ。ホーランドの青年、夜遅く泊り客が入ってきた。