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小説『フォワイエ・ポウ』(第30回連載)5章「ニース滞在中の収穫は?」

2006-05-18 10:25:30 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>:My most favorite and traditional racing machine: Old Norton, from "Norton Owners Club, UK." Website.

*小説フォワイエ・ポウの著者「ジョージ青木」の個人的偏見なる趣味嗜好、並びに小説の主人公本田マスターの愛車は自転車。最高級ロードスター「愛称・赤いロールスロイス」に因み、且つ、小説愛読者のご要望により、何故かこのところの「小説カヴァー」は、ヨーロッパのバイクシリーズになってしまいましたこと、申し添えておきます。ご了承願いますとともに「バイクに興味の無い読者」におかれましては、暫くバイクのネタが尽きるまでの「ご辛抱+ご了解」方、どうぞ宜しく願い申し上げます・・・
(尚、少しでもオートバイの理解を深めていただく為、本日記事の最終に「基礎知識ご案内」の項目をご用意いたしました。是非ご参照下さい)
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「長編連載小説フォワイエ・ポウ」 著:ジョージ青木

           5章

2(料理との出会い)<前回記載より>

「うわ~、おいしそう。いただきま~す」
「この料理は特に、温かいうちに召し上がってください」
注文も受けていないのに、前もって冷やしておいた白ワインを一本開け、すでに用意しておいたグラスに注(そそい)いだ。
「ここは女性にお願いしよう」
本田は、五反田恵子に向かって、
「どうそ、このワインのテスト、おねがいします」
「ア~、おいしい。わずかにほのかに、甘いかな~」
「分かりますか?ドイツワインです。モーゼルワインで、この店ではドイツワインを専門に出そうか。と、思っています」
五反田によりテストされた同じワインを、今度は大田のグラスに満たした。
大田も飲んだ。
「おいしいです! よく知らないんですが、こんなおいしいワインを紹介して頂き、ありがとうございます」

(以上、前回掲載済分より)

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* 長編小説『フォワイエ・ポウ』の過去掲載分、全30回、、(ご参照希望の方、こちらから入れます!)

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(本日掲載小説)

ワインの味のよく分からない大田は、素朴に喜んだ。
「先生、これ、ハム料理なんですね?」
みごとに上品に、手馴れたしぐさである。両手にナイフフォークを持分けた五反田恵子は、すでに試食を始めていた。
「そう、珍しいものでも変わったものでもない。ただのロースハムです」
五反田恵子の手元は忙しかった。
「ロースハムに、よい味が付いている。でも、全くソースらしきものは使っていらっしゃらない。なんだろう、この味は?」
カウンターの中にさり気なく立って様子を伺う本田は、微笑んだまま、何も話さずに無言のまま、五反田の独り言には無駄に応答しない。
「・・・」
五反田のしぐさを眺めながら、あえて今、何も応えようとしない本田は、おだやかに頷くだけだった。
「この味付け、ハムにぴったり調和している」
「ノー・プロブレム?」
けっして冗談のつもりではなく、本田からさりげなく英語が出た。
「ノープロブレム! イッツ・OK! メルシー・ボクー」
五反田からも、英語とフランス語が出た。
「野菜の付け合せも、とってもおいしい。ハムの味付けとぴったりと調和している、合っています」

弱めに熱したフライパンにバターを溶かし、ハムの厚切り2枚を一度にフライパンに放り込み、バターが焦げないよう弱火と中火の間、よく火加減を監視しながら熱を通す。ハムの両面に、少し焦げ目が付いた頃を見計らって、仕上げにかかる。仕上げは、大匙2~3杯の白ワインをハムの上からふりかける。ワインが入った後は、フライパンにガラス蓋をし、ワインの水分が飛ぶまで蒸し焼きにすると、出来上がりとなる。塩コショウは使わないが、粉末パプリカを少々。ワインの水分が飛び、調理の終わった出来立てのハムを皿に盛り付けたすぐその後、みじん切りにしたパセリを少々振りかける。
その後直ちに、同じフライパンを使って野菜の調理に入る。
ソテーする野菜は、人参とアスパラガス。
それぞれ軽く茹で上げて下ごしらえした後、バターでソテーする。仕上げの味付けは、軽く塩コショウだけ。仕上げの極めつけは、同じ白ワインを少々ふりかける。わずか10秒程度か、ワインのアルコール分を飛ばすと調理終了。さらに、8等分にカットした半月形のレモンを載せる。
以上、全て最初にハムを装った同じ皿に盛り付ける。
なお、野菜の調理中に、同時に進めておく作業がある。
適度な厚さ、やや斜めにカットしたフランスパン2枚、やや焦げ目が付く程度にトーストする。プチトマトを半分にカットしたもの、5~6センチの長さに切ったきゅうりを、さらにスティック状態になるよう縦にカットし、クリームチーズを一緒に添え、すべて同じ皿に盛り付け、これで全て、試作料理はできあがった。

(誰でも、自分が作った料理を食べてくれる他人の姿を見るのは、うれしいものである)
2人が料理を食べ終わる頃、すでにモーゼルワインが空になっていた。
気が向けば、週末など時間のたっぷりある時、午後の早い時間からビールを飲みながら、酒の肴を作る雰囲気で勝手気儘に適当に気の向くまま、手料理を作っていた本田である。しかし、その料理はあくまでも自分と家族あるいは仲間内が食するものであった。けっして商売目的で作ったものではなかった。しかし今夜は初めて、店の商品としての試作料理を作った記念すべき日であった。それを2人が試食したのである。

 <Intermission(休憩!)>
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3(ニース旅行からの収穫)

すっかり空っぽになった2枚の皿をかたずけながら、本田は2人に尋ねた。
「いかがでしょう? これ、お店のメニューになりますかね?」
「うれしい! メニューに加えて頂けるのですか!そうしていただけたら、うれしい!」
「ありがとうございます。ウム、これで自信がついた」
「私、ほとんど毎日、帰ってから自分で料理しているのです。1人住まいですから。夕食は夜の9時頃になる。だからほとんど毎日、おなかペコペコ状態ですよ。もう少し早い時間に食べたほうが、身体によいこと分かっています。最近はコンビニで弁当買って帰ったりします。とてもとても、私一人だけで、つまり女一人でレストランなんて入れません。居酒屋なんて女性一人でいくところでもないし、お酒はあまり飲めないし。フォワイエ・ポウでこんな料理をいただけるのでしたら、うれしい。レストランのつもりで、また来ます」
五反田の反応に、本田は喜んだ。
「僕もおいしかったです。でも、こんな味付けの料理があるのは、知らなかった。今まで食べたことないです。そして本当においしかった。でも、マスター、失礼な事お聞きするんですが、いつ、どこで、こんな料理を覚えられたのですか?」
大田が訊ねた。
「そうそう、私も同じ事、お聞きしたいと思っていたの・・・」
五反田恵子も同じ質問をしてきた。
「2人ともうれしいこと聞いてくれるじゃないか。はい、喜んでお答えしましょう」
久しぶりに神経を集中させて料理を作った本田は、いささか疲れた。気分的に一呼吸したくなったところ、本田好みの質問が出たのでさらに機嫌がよくなった。ニコニコ笑みを浮かべながら、本田は勝手に生ビールを注ぎ、ひとまず二呼吸分のビールを、グイ、グイ、と、飲み干す。調理というなれない労働を無事に済ませた本田は、まず、みずからの喉を潤した。
ビールが喉を通った後、ようやく事の次第を喋り始めた。
「そう、今から10年くらい前になるのかな~・・・」
「いやね、おたくと競争になっちゃって、そう、当時のJGBの営業マンと競い合って、当時は今と違っていましてね、全く、海外旅行に行く気分の人は全くいなかったオフシーズンの12月上旬にね、ちょうど今と同じ時期だったかな。大きな団体旅行客をまとめたのです。ヨーロッパのツアーだったから、大きな仕事ですよ」
「バス2台。60名くらいの人員でしたっけ。女性ばかりの団体客を私と、もう一人入社2年目の若い者と2人で添乗し、パリとニースに行ったときのことです。ニースの5ツ星ホテルのレストランで出てきた料理がこれと同じ料理だったのです」
五反田恵子はすかさず質問した。
「昼食ですか?それとも夕食、どちらですか?」
「もちろん夕食です。なぜそうなったか?その時の話、聞いてくれますか?」
「エ~、この料理はたいへん美味しいけれども簡素ですよ?ニースのホテルで、しかもディナータイムに?・・・」
五反田は一人、話に夢中になり始めた。が、となりの大田君は退屈そうですでに眠そうな顔をしている。
五反田は、さらに質問を続けた。
「なんだか、おもしろいな!是非、お話し聞かせてください」

客に対する話題の良し悪しと雰囲気のバランスなど、確認する必要はなかった。すでに2人は真剣になって本田の話しを聞いていた。
また一口、一(ひと)呼吸分の生ビールが、本田の喉を通った。
「わかりました、続けます。話を進めましょう・・・」

<・続く・・>

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付録小編:<オートバイの話>
(ウイキペディア百科事典より)

A)オートバイについて
その歴史から・・
フランスのエンジニア・発明家のルイ-ギヨーム・ペローが考案、1868年に特許取得(当時の特許期間は15年)。1873年のウィーン万博に出品された。蒸気機関エンジン搭載のオートバイであった。内燃機関エンジン搭載のオートバイの原型はダイムラー(現ダイムラー・クライスラー)社により、1885年に作られた。1903年、現代のモペッドの原型となるオートバイをウイリアム・ハーレーとアーサー・ダビッドソンが製造した(後にハーレーダビッドソン社を創業)。
馬車よりも高機動・高性能であったオートバイは社会に浸透し、その後世界大戦において、側車を付けて指揮官の移動手段としてや偵察部隊などの機動部隊の装備として採用される事になる。第二次世界大戦終戦後日本においては、それまで戦闘機や軍用車を製造していた会社がこぞってオートバイを製造販売するようになった。本田技研工業が戦時中汎用エンジンとして製造していたエンジンを自転車に取り付けたのが同社における最初のオートバイ事業であった事は有名な話である。このオートバイの系譜は長く、現在はカブの愛称で親しまれる。オートバイは舞台をサーキットに移し、レースに世界各国のオートバイメーカーが参加した。精密加工を得意とする日本の企業は高回転高出力エンジンである並列多気筒エンジンを搭載したオートバイで参戦し、タイトルを日本で塗りつぶし、市場における優位性を確保した。こうして日本はオートバイ大国となる。
しかし、道路が舗装整備され、自動車が一般的な乗り物として普及すると、国内におけるオートバイ市場は頭打ちとなった。たくさんのオートバイメーカーが倒産、あるいは合併した。その後、東南アジアを中心とする発展途上国の市場が拡大し、オートバイメーカーの活路は世界を対象としたマーケットにシフトしていく。一方、日本ではオートバイは趣味の乗り物とされるようになっていく。しかし、高い機動性はビジネスバイクという形で社会に親しまれ、バイク便など高速輸送にも使われる。救急車よりもより早く緊急現場に駆けつけることが出来ることから救急バイクなども存在する。警察の交通機動隊が使用する白バイも、オートバイの高い機動性によるものである。(記事の続き、ウイキペディア百科事典にて。こちらから入れます・・・

B)オートバイのロードレース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ロードレースとは、ロードレース世界選手権 (MotoGP) を最高峰とする、オートバイによる舗装されたサーキットでのレースのこと。公営ギャンブルのオートレースとは別物。海外、特にヨーロッパでは爆発的な人気を誇る。日本国内では人気も知名度も芳しくないが、世界選手権で活躍するバイクのほとんどは日本製である。(詳細、上記WikipediaURLをお開き下さい・・・)
*歴史あるマン島TTレース現在呼称:Manx GP)など、オートバイ・ロードレースの歴史は、知的要素ありヨーロッパのモータースポーツ文化理解に必修価値あり、なのです。

<注釈>:
 冗談にもなりませんが、一言付け加えておかねばなら事があります。恥ずかしながら不肖・エセ男爵にして「自動二輪免許」は所持しておらず、原動機付き自転車(俗称:原チャリ)しか乗車できません。
所詮、所謂「書斎ライダー」なり。
未だに「ガキの心」にて、想像空想の世界に浸り、ひたすらモーターバイクの夢に憧れ、未だに小児性発育不良精神から抜け出せない「不良シニア」なのであります。
以って、
添付記事の試行錯誤甚だしく且つ、意味且つ目的とするところ、いかにも不明瞭。ひらにご容赦願います。
 そして、お願いです。
モーターサイクルのメカニズム・歴史・その他実際自動二輪乗車ご経験をお持ちの方等々、お詳しい読者さまには、如何なる事柄も大歓迎にてコメント欄に思いっきり書き込んでいただきますよう、重ねてお願い申し上げます。