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ベイエリア独身日本式サラリーマン生活

駐在で米国ベイエリアへやってきた独身日本式サラリーマンによる独身日本式サラリーマンのための日々の記録

エクスステンド・ステイ・アメリカ

2023-04-12 12:45:57 | 生活
エクスステンド・ステイ・アメリカとは、北米にあるホテルチェーンのことだ。コネチカット長期出張時に、筆者のメインの下宿先になっていたホテルである。北米でのホテル長期滞在で困るのが食事だ。まず基本的に米国は外食が高い。テイクアウト(“トゥーゴー”と言う)で値引きがある訳でもない。それに加えて“おひとり様文化”が未発達(廃れたという説もある)の非常に不便な世界なので、一人でも入りやすい食堂を見つけることが難しいのだ。であるからキッチン付きのホテルはありがたい。だがマリオット系列やハイアット系列のキッチン付きのホテルはやはり宿代も上がってくる。そこで会社に経費を請求する際にいつもビクビクしがちな30代独身日本式サラリーマンに、エクステンド・ステイ・アメリカをお勧めするのだ。



このホテルの特徴は以下の通りだ、参考にしてもらいたい。



①エクスステンド・ステイ・アメリカ
エクステンド・ステイ・アメリカは全米に展開するホテルチェーンで、アメーバのような緑色の五角形のマークが目印である。台所設備のあるのが特徴だ。しかもやけに安い。誰が格付けしているのか知らないが二つ星ホテルにカテゴリーされるので、普通の北米駐在員は利用することがあまりないに違いない。たとえば筆者の住むサンノゼ市エリアでざっと価格帯を調べてみると、グーグルマップには一泊80ドル~100ドルとの表示が出る。この価格帯ならベイエリアの駐在員が住む高級アパートメントの家賃の方がホテル代より高いほどだ。ちなみに“ハイアット”で調べると100ドルから200ドルの価格帯が出てくる。仕事ができない気弱な30代独身日本式サラリーマンは、こういうところで経費を浮かせることで会社に貢献した気になって、安心して眠れたりもするものだ。




②エクスステンド・ステイ・アメリカ 宿泊客
筆者はこれまで3件のエクステンドステイアメリカに泊まったが、不安な思いや不快な思いをしたことはほとんどない。やはりどこも長期出張者が多いようで、ホテルの駐車場にはたいてい電気工事や溶接工事を目的としたような特殊工事っぽい車両が止まっている。黄色い反射ジャケットを着る男たちと廊下でよくすれ違うのだ。一方安宿だけあってか、黒人の大家族や割と貧相な女が一人で長期に泊っていたりと、闇深い一面もある。特にスーパーなどの生活施設と近い位置にあるエクステンド・ステイ・アメリカは、車を持たない貧民の巣窟になりがちなので、できるなら郊外の高速道路出入口付近といった、徒歩圏内に何もない場所を選ぶことがおすすめだ。

③エクスステンド・ステイ・アメリカ 設備・サービス
設備やサービスは30代独身日本式サラリーマンには十分すぎる。キッチンには普通に大きい冷蔵庫に電気コンロが4つ、シンクとキッチンスペースも狭さはない。食器や調理用具はフロントで借りるシステムになっているので必要なものだけ借りればよい。これで外食に頼らずに経済的に、不自由なく料理を楽しむことができる。ちなみに朝はホテルのロビーにホットコーヒーとカップケーキが用意され、これも嬉しい。だがやはり安宿だけあって掃除係が勝手口裏でタバコをプカプカ燻らせていたり、フロントがキャンセルや延泊などの変更対応ができず、『本部に電話してくれ』の一点張りだったり、カードキーが磁気の影響に弱くてすぐにダメになったりもする。でもまぁ、そんなに実害はない。それと仕事用デスクの椅子が安物で腰を悪くするのには注意が必要だ。




出張のみならず、一人旅での利用にもおすすめだ。さて、普段は孤独の辛さに気づかないふりをしている30代独身日本式サラリーマンは、エクステンド・ステイ・アメリカのエレベーターなどで宿泊客と出会ったらば気軽に声をかけてみるといい。同じように繋がりに飢えた人たちとの束の間の会話が弾み、それが安らぎとなる。筆者などは、携帯での会話に夢中になっているヒスパニック系中年女とその息子と思しき少年がエレベータを降りるときに、『おやすみなさい(よい夜を)!』と覚えたてのスペイン語で声をかけたなら、巻き髪の少年が振り向いて『あなたもね』と返してくれただけで、しばらく幸福感に包まれてしまった。改めて孤独な自分を思い知った。ムツゴロウさんまでもが亡くなってしまった。

ランドロマット

2023-02-05 22:12:09 | 生活
ランドロマットとは、米国で衣類等を有料で洗濯及び乾燥することができる施設のことである。日本で言うところのコインランドリーだ。米国にはいたるところにこのランドロマットがあるので、宅に洗濯機を持たない家庭が多いことが想像される。とはいえベイエリア日本式駐在員の住むアパートメントは高級なので、洗濯機・乾燥機が備え付けられていたり、アパート内に共同洗濯所が設られている場合が多く、米国式公衆コインランドリーとは縁がない生活を送っている。今回筆者は長期出張のために日々の洗濯にランドロマットの使用を余儀なくされたので、その事情をここに記録しようというのが今回の趣旨である。日本では成田悠輔さんという30代所帯持ちイェール大准教授がマスコミで引っ張りだこのようだ。イエール大学は出張先の近くにあるのだが、あの忙しさならなかなかばったり会うこともなさそうである。


この施設の特長は以下の通りだ、参考にしてもらいたい。



①ランドロマット
ウィキペディアさんによればこのランドロマットとは、もともとはピッツバーグの家電会社が開発した洗濯機の商品名であり、それがいつしかコインランドリーの名称になったものだという。洗濯機の名前が洗濯場の名前になるほどなので、よっぽど売れた商品なのだろう。“あ! そろそろランドロマットしに行かなくちゃ!”などという表現が生まれていたに違いない。筆者はグーグルマップで“ランドロマット”というワードを初めて目にしたときには、てっきりベットマットを洗ってくれる専門業者のことを指すのだと勘違いしたものだ。



②米国市民の洗濯事情
しかし試しにグーグルマップでLaundromatを検索してみると、高級住宅街と思しき場所にもしっかりとランドロマットは存在することがわかる。米国では洗濯機を持たない家庭は本当に多いのだ。米国市民が洗濯機を所有しない理由を調べてみると、①借家のオーナーにとっては洗濯機の修理など手間や、②故障による近隣(階下)への水被害の訴訟を嫌うとある。さらに③スペースの問題、③家を替えることが多いため、④ランドロマットの方が楽、などが挙げられていた。①や②に関しては、アメリカの洗濯機がかつてたいへん壊れやすかったことが想像される。④に関しては、アメリカ人は毎日洗濯せずにため込んで一気に洗濯するのが一般的なのだと想像できる。また、現在のランドロマットは洗濯物を持ち込むと洗濯・乾燥・折り畳みなど全て代行してもらえるシステムもあって、ホテルやレストランで出てくる洗濯物を一括で請け負う役目も担っているようだ。



③やっぱり高級住宅地のランドロマットの方が良い
筆者はハートフォード地区の複数個所でランドロマットに行ってみたが、やはり高級住宅地とされている場所のものが良い。貧民・平民地区のランドロマットはクレジットカードが使えないマシンが多くて不便である。両替機も20ドル札しか受け付けず、そのうえ全て25セントに替えてくる不届きなマシンがあってイライラが募る。『カードが使えます』と謡っていても実際はプリペイドカード購入システムで、カード発行代がかかることが多くて出張仮暮らしの30代独身日本式サラリーマンには不向きである。何よりストレスなのが、貧民・平民地区のランドロマットは、壊れてた機械が放置されている場合があることだ。『お!空いてる』と思って洗濯物を放り込んだ後に動かないことが分かってイライラが急上昇するのだ。そしてあまり言いたくないが、客層の雰囲気もやはり違う。



④朝駆けがよい。
ランドロマットの洗濯機と乾燥機には大中小のサイズがあって、洗濯物の量によって適切なマシンを洗濯、じゃなかった選択する。値段は洗濯機で小が2~3ドル、中が5~7ドル、大が10~ドル程度、どれも洗濯時間は30~40分程度になる。乾燥機は約30分の運転で、小が1ドル、中が1.5ドル、大が2ドル程度と洗濯機よりは安くなる。一つの機械で稼げる金額が大したことないため、経営者としては相当な回転数がないと採算がとれそうにないことが分かってもらえるだろう。実際休日の昼時や夕方のランドロマットは客とその子供などでごった替えしている場合が多く、空いているマシンを探すのにストレスだ。なので休日の開店直後に行くのがベストである。




高給住宅街の朝の開店直後のランドロマットには平和な空気が流れ、客同士や店員にも顔見知りが多いようで、明るい会話が弾んでいる。何でもかんでもインターネットとドライブ・スルーで出来てしまう世界で、ランドロマットにはまだヒトとヒトが顔を合わせるコミュニケーションが残っているように見えた。昭和の風呂屋みたいな雰囲気がある。『1か月分はあるとでは!?』と思えるほどの大量の洗濯物を、黒人母子が仲良くたたんでいる様子も微笑ましいし、ベンチに腰を据えて洗濯物の出来上がりを待ちながら本を読む老婆も可愛らしい。とてもマス・シューティングで見ず知らずの人が毎日銃殺されている社会とは思えない。成田悠輔さん、イェール大の近くのランドロマットで洗濯してないかな。

タカハシ・エリ

2023-01-30 01:34:37 | 生活
タカハシ・エリとは、タカハシの家庭教師の教え子であり、キャバ嬢でもあり、タカハシが思いを寄せていた女性でもある。最近は若い人の “キャバクラ離れ” が加速しているというニュースから、ふと筆者が初めてキャバクラに行った日のことを思い出し、孤独で暇な週末にニヤニヤしたのだ。それはタカハシに連れられてタカハシ・エリに会いに行った時で、今回はその思い出を書こうと思う。筆者やタカハシが20代非モテ大学生であったときの話だ。人生で一番楽しく悶々とする時期だ。2023年二人目の大物の死亡ニュースがYMOのタカハシユキヒロさんだったことも何かの縁に違いない。



この思い出の詳細は以下の通りだ、参考にしてもらいたい。



①タカハシとタカハシ・エリ
苦学生のタカハシは長く某衛星予備校にてチューターバイトをしていた。そこの予備校生タカハシ・エリのキュートな瞳に心をときめかせたタカハシは、ついには生徒名簿からタカハシ・エリの個人情報を入手して連絡を試みたのだった。露見すれば赤っ恥をかいてバイトをも馘になりかねないその行為は意外にも功を奏し、タカハシ・エリは好印象なメールを返信してきた。そのときのタカハシの浮かれる様は今も鮮明である。筆者の記憶が確かなら、タカハシ・エリは田舎から美容師か何かを目指して町へ出てきたものの、心変わりをして大学を目指し始めたという割と苦労人だった。生活費を稼ぐために夜はキャバクラで働いていた。そんな都会の孤独さが、タカハシの魔の手に引っかかるきっかけを与えたに違いない。タカハシはあの手この手を駆使して、タカハシ・エリの“家庭教師”として宅に上がり込む関係にまでこぎつけていた。タカハシ・エリは気持ちの浮き沈みの激しい部分があったようで、タカハシはそれに振り回されながらも野心的・献身的な家庭教師ぶりを発揮していた。人生で一番楽しく悶々とする時期である。



②タカハシが大量のVHSデッキを入手する
そんなおりタカハシのバイト先の某衛星予備校が、設備のDVD化のため20台ほどのVHSデッキを処分するという話を聞きつけ、“それを引き取って一儲けしようか”という話になった。当時はレンタルビデオ屋でもVHSとDVDの比はまだ五分五分で、成人ビデオの視聴を求めた一人暮らし大学生からのVHS需要がまだかなりあると見込んだのだ。果たしてタカハシがバイト先からコツコツと小出しに運搬したビデオデッキは、二人でキャバクラで遊ぶに足る金に変わったのであった。秋の深まるキャンパス内で勝手に店を広げて行商行為をしたことは、とてもよい思い出である。



③タカハシ・エリの勤めるキャバクラへ行く
もうどこの駅だったか忘れたが、そこは高架下の雰囲気すらある場末のキャバクラで、その安づくりに筆者らは逆に安心したものだ。呼び込みの男にタカハシ・エリの在否を確認し、ずんずん入店した。場末のキャバクラに居たワンピース姿のタカハシ・エリは、タカハシが好きになるだけあって幼くも聡明な雰囲気を持つショートカットの女の子で、廻りにいた画にかいたようなキャバ嬢とは違っていた。“指名を受けたことはない”と言っていたし、着ぐるみを着て呼び込みもしているということだったりと、おそらくは他のキャバ嬢とは違うかたちで雇われていたのだろう。同時の筆者はバンコクのゴー・ゴー・バーでワイワイやってすっかり勘違いしていたので、そのノリで場末キャバクラでも割と盛り上がることができたのだった。



 確かタカハシはタカハシ・エリの大学受験まで献身的なサポートを続け、一緒に合格発表を見に行ったのだと思うが、これはタカハシの毎夜の妄想トークを筆者が思い出変換しただけの可能性がある。そしてその後タカハシはフラれたはずだ、それは確かだ。もう昔の話だし、タカハシは別のタカハシと結婚もしているので、このことをタカハシに根掘り葉掘り聞くこともないだろう。ただ初めて行ったキャバクラと、その資金を稼いだ思い出をここに残しておきたかっただけである。

Harvest Wine & Spirits Elmwoodのドイツ缶ビール

2023-01-28 14:30:52 | 生活
Harvest Wine & Spirits Elmwoodのドイツビールとは、コネチカット州ハートフォード地区にある酒屋と、そこで買えるドイツ缶ビールのことだ。2023年の新年はケンタッキー州ルイビルで迎えた。 “バーボンの町”ルイビルで格好をつけてバーボンロックを飲んでいたが、やはり筆者は醸造酒の方が好きなようで、ビールやワインが恋しくなる。さて、コネチカットに長期出張中の筆者は、遅ればせながらAIRBNBの楽しさを覚えたこともあって、宿場を転々として生活を楽しんでいる。そしてたまたまいい酒屋でおいしいドイツビールを見つけたので、ここで紹介するという企画である。


この酒屋とドイツ缶ビールの特長は以下の通りだ、参考にしてもらいたい。


①Harvest Wine & Spirits Elmwood
ニュー・ブリテン・アヴェニューを、ハートフォード地区にお住いの日本人にはお馴染みのアドン・スーパーマーケットから数ブロックほど西進すれば、Harvest Wine & Spirits Elmwoodがある。たまたま入ったこの店の品ぞろえは、このエリアの一般酒場とは一味違い、なかなか楽しい酒屋になっている。特にビールは見かけない銘柄が多く売られ、デザインの楽しさが際立つドイツ缶ビールが並ぶ冷蔵庫は目を引き、ついつい手に取ってしまう。缶ビールはシングル缶を4本以上購入すると1割引いてもらえるので、適当にデザインの良いものを購入した。ちなみにHarvest Wine & Spirits Elmwoodの店員は初老の男性かゲイ風の中年男性で、ゲイ風の店員は日によって接客態度に波があり『この前優しかったから・・』と思いニコニコしていると冷たくされるので恐ろしい。




②ヴェイヘンステフナー(weihenstephaner)社の缶ビール
ヴェイヘンステフナー社のベージュ色の缶ビールは、レトロなラベルが格好いい。左上に金色で描かれた王冠と獅子の紋章はバイエルン王国のもので荘厳だ。醸造所名やビールの種類を書いた文字のレタリングがまた、いかにもドイツっぽくてよい。下部には“1040年からの世界で最も古いビール醸造所”と書かれている。Harvest Wine & Spirits Elmwoodには“ヘフェウェシビア”と“フィストビア”の二種類の缶が売られていて、前者が緑色ラベル、後者が青ラベルとなっている。筆者の見識不足かもしれないが東海岸は欧州びいきな風習が残っていて、欧州直送品が多くみられる(ような気がする)ので楽しいものだ。

③ヘフェヴァイスビア
青ラベルのヘフェヴァイスビア(HefeWeissbier)は、ドイツでは小麦ビール(Wheat Bear)に分類されるそうだ。日本のビールの多くが大麦の麦芽で作られているのに対して、約40%ほどの小麦麦芽が含まれているものをそう呼ぶようだ。本商品のアルコール度数は5.4%で日本の有名ラガーと変わらないが、苦味指数14IBUはかなり低めだ。一口目は『あれ?味がない』と思うほどのすっきり味で、その後に嫌みのないフルーティーテイスト、そして最後にスモーキーな燻製臭が広がる飲みやすくも薫り高いビールである。コップに注いだ時のクリーミーな泡立ちも、アメリカビールではなかなか見られないもので、注ぐたびに『おっとっと』と楽しくコップに口をつけることができる。小麦であることの効果は筆者には分からなかった。



④フェスビア
緑ラベルのフェスビア(Festbier)は、美しい透明感のある黄色いビールで、ソリッドで雑味がほとんどなく飲みやすさが抜群で、それでも苦味がずしん(26IBU)とある素敵なビールだ。アルコール度数も6%弱とやや高めである。酒類はカテゴリー手法が複雑(土地だったり成分だったり)で調べるのがとても大変だ。どうやらこのフェスビアは、『ミュンヘンの上面発酵のアンバービール醸造業者が、フェスティバルでゴクゴク飲めるような軽いビールを求めて作った下面発酵ビール』ということらしい。ちょっとそれ以上のことは面倒なので調べることは止めてしまった。



うんちくはともかく、週末にドイツビールを買い込んで宿でグビグビゴクゴク飲みながら、ピザやチキン・ウイングといった不健康な食べ物をパクつく行為を幸福と思えるほどの若さを、まだ30代独身日本式サラリーマンは持っているようだ。筆者の長期出張も終わりを迎えようとしている。思いがけず再訪したニューイングランドには、まだまだ楽しいものがあるの違いない。昔、割と遊び人の筆者の叔父(当時40代)に『うらやましい』と言うと、『いやいや、こっちは必死になって遊んでいるんだから』と言っていたのを思い出す。

ルイビル

2023-01-21 23:36:12 | 生活
ルイビルとは、米国ケンタッキー州の都市である。2022年はケンタッキー州ルイビルで年を越した。AIRBNBでダウンタウンの東側にとった宿はオールドフォレスタのバーボン醸造所のすぐ隣で、付近のバーは大晦日でもそこそこの賑わいを見せている。だが何だか気持ちが晴れにくい天候だ、雲が低くて重苦しい。南部の臭いがするディナーを食べようと、グーグルでMerle's Whiskey Kitchenという店を見つけて入ったが、メニューにあるのはハンバーガーなどばかりで不審に思った。仕方なくナチョスを摘まんでバーボンを1杯飲んだらすぐに店を出て、二軒目はもっと東へ歩いてDasha Barbour'sという店に入った。ここはしっかりとした南部料理で満足だがさっきのナチョスで胃が既に重い。どうやら一軒目は間違えて隣のバーに入ってしまったようだ。“2022年最後の失態” である。



二日目(元旦)の記録は以下の通りだ、参考にしてもらいたい。


①エジソンの家
元旦の朝のルイビルはオハイオ川方向からやってくる霧でもやがかかっていた。ダウンタウンを東方向へ離れ、野球場を越えると低層住宅や町工場が並ぶエリアになり、人影も少ない寂しい雰囲気がある。そこにポツンと小さなレンガ造りの家屋があって、植え込みに立つ小さな看板によれば、あの偉い人(そんなの常識)エジソンが二十歳前後の頃にこの宅の一室を借りていたのだという。まだ駆け出しの電信係の頃だ。家屋の中は小さなミュージアムになっているのだが、残念ながら元旦は閉まっていた。たったの2年しか住んでいないところがミュージアムになっては、さすがの エジソンも困惑ではないかと思いつつ、数枚写真を撮って後にした。



②ビッグ・フォー橋
次に訪ねたのが“ビッグ・フォー橋”だ。これはオハイオ川に架かる1895年に完成した旧鉄道橋で、現在は歩行者と自転車用に改造されて市民の憩いの施設になっている。エジソンの家からオハイオ川へ向かって北上すると、周囲は生コン工場や打ち捨てられたような空き地ばかりで、『本当に憩いの橋に着くのか』とやや不安になるが、高速道路のランプをくぐると立派な黒い鉄橋が見えてくる。橋の下を船舶が往来できるようにかなりの高さで作られた橋は、川岸で大きくらせんを描く新たな橋と接続されて歩行者や自転車でアクセスができるようになっている。らせん部も併せてソリッドな黒い橋全体が曇り空を塗りつぶした様でやけに映えていて、なかなかの見ものである。元旦の“渡り初め”なのか、橋上には多くのツーリストやジョガー、散歩者が見える。筆者も渡ってみることにした。日が高くなるとオハイオ川の靄は消え失せ、川面が見える。緩やかな流れに土砂を載せた工業用いかだが曳かれて下っていく景色もなかなか壮観で、気持ちがいい。この橋を渡りきるとインディアナ州ということだったので、筆者は頑張って10分ほど歩いて州をまたいだのだった。年明けのどんちゃん騒ぎの後だろうか、橋の真ん中には酒瓶やクラッカーの屑などで散らかっていた。何故“ビッグ・フォー”なのかは橋を渡りつつ考えたが判明せず、ウィキぺディアを見ればもともとの鉄道橋時代の鉄道会社の名前が由来のようだ。森田、北野、明石家、あともう一人のビッグ・フォーは全く関係ない。



ビッグ・フォー橋からリバーサイドを歩いてダウンタウンへ戻ると、割とモダンなアパートが並んでいて都会の雰囲気がある。その後も南へ下ってオールドルイビルの雰囲気を味わったり、ダウンタウンのメインストリートを歩いたりして、それなりに楽しかったのだが始終気持ちが晴れやかにならなかったのは、年末年始で開いてる施設が多くなかったこと、とにかくあまりグルメ運に恵まれなかったこともあるが、大きくは重苦しい天気のせいだったと思われる。帰りの便では空港のKFCで朝食をとった。いろいろありますが、今年も自分と近しい人が健康でありますようにと、ベンチに腰掛けるサンダース氏に願をかけておいた。