パオ・フア仏教寺とは、サン・ホゼ市にある仏教寺院である。暇な休日などにベイエリア南部を目的もなくドライブしていると、仏教寺院めいたものを見かけることがままある。移民として米国にやってきた不安な人々にとって、毎週日曜日に教会へ通う現地白人の生活を見ればなおのこと、祖国の宗教心やコミュニティの団結心に火がついて、寺院などの建物を作ろうと考えるのは想像に難くない。筆者はそんな施設を訪ねてみることも、週末の暇つぶしにはちょうどよかろうと気が付いたのだった。グーグルマップで調べると、サン・ホゼエリアだけでもけっこうな数の寺がある。二ンゲンの冒険心と科学技術により宇宙や遺伝子のことがあらかた判明しつつあっても、人権や自由の名のもとに古い宗教的価値観が駆逐されようとも、宗教自体がなくなる様子は今のところ見られない。そして訪ねたのがこのパオ・フア寺である。
このお寺の詳細は以下の通りだ。参考にしてもらい。
①立地・アクセス
パオ・フア寺はサン・ホゼ市の東端にある。割と交通量の多く、埃っぽいマッキー通りにを東に行けば、ふいに右手に立派な瓦屋根の山門が見えてくるのですぐにそれとわかる。門前に広幅の縦列駐車スペースがとられていたので、筆者はそこに車を停めた。山門や塀には行書体の漢字で文言が大きく書かれているため、どうやら中国系の仏教寺院のように見受けられる。立派な石造りの山門はまるで三国志に出てくる中国都市の城壁門のようだ。
②中の様子
山門をくぐるとそこは広い石畳のスペースで、立派な柳の木がポツンとあって中国らしい趣がある。実はこの広いスペースも駐車場であり、20台ほど駐車スペースがある。境内には立派な本堂の他に、観音様や関羽公(のような神)などを祀る小さなお堂、経を唱えるための建屋などがある。それらの瓦屋根やその軒先にあるサルなどの動物の像、それに竹林や金魚が泳ぐ池、熟した柿がぶら下がる柿の木や本堂裏の小さな畑など、細部に渡って中国風に誂えてあるので、まるで本当に中国の片田舎を訪ねたような気分になって楽しい。また、本堂の脇には“飯堂”という名の厨があり、女たちが中で料理をしている。どうやら時間帯が合えば、無料で精進料理がふるまわれるようだ。厨の傍にある池のほとりで金魚を見ていると、調理の音や女たちの会話が聞こえてきて心地が良い。
③本堂や観音堂
本堂はとても立派だ。広い堂内には豪華絢爛な仏壇があって、そこに立ち姿の菩薩風仏像が3体、座り姿のブッダ風仏像が1体祀られている。姿かたちは日本で見るそれと違いを感じない。仏壇の前のテーブルにはお供え物がこれでもかとわんさか並んでいる。それは主に果物なのだが、なぜかサラダオイルが多く供えられているのが目についた。また、本堂の壁にはぐるりと棚があって、そこにこぶし大の小さな仏像が無数に並んでいる。それぞれに名札がついているので、お堂建立時の寄付した人々のものか、死者の供養のものかと思われる。観音様を祀るお堂も果物と共にサラダオイルがたくさん供えられている。また、観音堂には無料のおみくじがあった。日本のものと同じく、円柱の籠から棒を1本選び、棒に記載されている番号の紙を棚から取るシステムである。せっかくなので挑戦するも、筆者が引いた5番の棚にはもう用紙がなかった。まさしく、“運がない”というわけである。
④人々の拝み方
パオ・フア寺は大きな寺だけあって参拝客が多く、人々の参拝の様子を眺めるのも興味深いものだ。参拝客は本堂前にある無料の線香をわんさと手に取り火をつけてから、各々のお堂へ参る。そして仏前にて膝をつき、祈りを込めた後に線香を立てる。ちょうど膝をつく場所に少し斜めに傾けたマットが敷かれているのが面白い。また、どのお堂にも賽銭箱はなく、線香も無料なのでこの参拝でお金を使うことがない。昨今の日本の寺社仏閣のように『小銭は手数料がかかるから高額硬貨でお願い!』などと生臭い真似はしていないのだ。
パオ・フア寺のホームページによれば、この寺は凌春法師によって1976年に建立されたものらしい。漢字では寶華禪寺と書く。米国の宗教法人のシステムを全く知らないが、それでも目立った営利活動をせずにこうして物価の高いベイエリアで活動を続けられるのだから、この残酷な世界の拠り所として多くの人々に支援されているに違いない。筆者もまたパオ・フア寺にいらっしゃる神々に日本風合掌と黙想方式で祈りを捧げておいた。図らずも2022年の初詣である。それにしてもサラダオイルをお供えするのはどういった意味であろうか、去ってしまった中国人同僚女にテキストで聞いてみようかしら、やはり止めておこうか。そんなことを考えながら帰路についた。
このお寺の詳細は以下の通りだ。参考にしてもらい。
①立地・アクセス
パオ・フア寺はサン・ホゼ市の東端にある。割と交通量の多く、埃っぽいマッキー通りにを東に行けば、ふいに右手に立派な瓦屋根の山門が見えてくるのですぐにそれとわかる。門前に広幅の縦列駐車スペースがとられていたので、筆者はそこに車を停めた。山門や塀には行書体の漢字で文言が大きく書かれているため、どうやら中国系の仏教寺院のように見受けられる。立派な石造りの山門はまるで三国志に出てくる中国都市の城壁門のようだ。
②中の様子
山門をくぐるとそこは広い石畳のスペースで、立派な柳の木がポツンとあって中国らしい趣がある。実はこの広いスペースも駐車場であり、20台ほど駐車スペースがある。境内には立派な本堂の他に、観音様や関羽公(のような神)などを祀る小さなお堂、経を唱えるための建屋などがある。それらの瓦屋根やその軒先にあるサルなどの動物の像、それに竹林や金魚が泳ぐ池、熟した柿がぶら下がる柿の木や本堂裏の小さな畑など、細部に渡って中国風に誂えてあるので、まるで本当に中国の片田舎を訪ねたような気分になって楽しい。また、本堂の脇には“飯堂”という名の厨があり、女たちが中で料理をしている。どうやら時間帯が合えば、無料で精進料理がふるまわれるようだ。厨の傍にある池のほとりで金魚を見ていると、調理の音や女たちの会話が聞こえてきて心地が良い。
③本堂や観音堂
本堂はとても立派だ。広い堂内には豪華絢爛な仏壇があって、そこに立ち姿の菩薩風仏像が3体、座り姿のブッダ風仏像が1体祀られている。姿かたちは日本で見るそれと違いを感じない。仏壇の前のテーブルにはお供え物がこれでもかとわんさか並んでいる。それは主に果物なのだが、なぜかサラダオイルが多く供えられているのが目についた。また、本堂の壁にはぐるりと棚があって、そこにこぶし大の小さな仏像が無数に並んでいる。それぞれに名札がついているので、お堂建立時の寄付した人々のものか、死者の供養のものかと思われる。観音様を祀るお堂も果物と共にサラダオイルがたくさん供えられている。また、観音堂には無料のおみくじがあった。日本のものと同じく、円柱の籠から棒を1本選び、棒に記載されている番号の紙を棚から取るシステムである。せっかくなので挑戦するも、筆者が引いた5番の棚にはもう用紙がなかった。まさしく、“運がない”というわけである。
④人々の拝み方
パオ・フア寺は大きな寺だけあって参拝客が多く、人々の参拝の様子を眺めるのも興味深いものだ。参拝客は本堂前にある無料の線香をわんさと手に取り火をつけてから、各々のお堂へ参る。そして仏前にて膝をつき、祈りを込めた後に線香を立てる。ちょうど膝をつく場所に少し斜めに傾けたマットが敷かれているのが面白い。また、どのお堂にも賽銭箱はなく、線香も無料なのでこの参拝でお金を使うことがない。昨今の日本の寺社仏閣のように『小銭は手数料がかかるから高額硬貨でお願い!』などと生臭い真似はしていないのだ。
パオ・フア寺のホームページによれば、この寺は凌春法師によって1976年に建立されたものらしい。漢字では寶華禪寺と書く。米国の宗教法人のシステムを全く知らないが、それでも目立った営利活動をせずにこうして物価の高いベイエリアで活動を続けられるのだから、この残酷な世界の拠り所として多くの人々に支援されているに違いない。筆者もまたパオ・フア寺にいらっしゃる神々に日本風合掌と黙想方式で祈りを捧げておいた。図らずも2022年の初詣である。それにしてもサラダオイルをお供えするのはどういった意味であろうか、去ってしまった中国人同僚女にテキストで聞いてみようかしら、やはり止めておこうか。そんなことを考えながら帰路についた。