ベイエリア独身日本式サラリーマン生活

駐在で米国ベイエリアへやってきた独身日本式サラリーマンによる独身日本式サラリーマンのための日々の記録

ネグリル その2

2019-11-01 16:23:59 | 生活
 ネグリルとはジャマイカ島西端にあるリゾート地だ。ここはナイン・マイル・ビーチという名の夕日の景色が有名な長い砂浜があり、それに面してリゾートホテルが延々と並ぶ。筆者は“オール・インクルーシブ”という“食べ放題・飲み放題”のシステムの宿を選んだので、朝昼晩、気兼ねなく呑んだくれていた。運よく天気は快晴で、暑さが心地よい。これまであえてエアコンなし、テレビなし、ベッドのみの木賃宿に泊まっていたのでリゾートホテルでの幸福感は倍増していた。しかも朝食が7時半から食べられる。



以下もまた前回に引き続き旅行の記録である。


①リゾートホテル
だが、退屈だった。そして気後れしていた。ホテルの従業員はよく教育されていて愛想よく接してくれるが、どこか虚しい。朝食で潰したマカレルのソテー等と味わった後、部屋に戻り本を読んでいてもどこか居心地がよくないので、町に出て散髪をすることにした。星野文夫の『旅をする木』を読んでいたら、彼が旅先で床屋へ出向くという話が出てきたので、“なら筆者も行こうかな”と思ったのだ。さっそくホテルのゲートに居るガードマンに部屋番号を告げて外に出してもらい、筆者はリゾートから解放されたのだ。



②床屋へ1
床屋はリゾート街ではなく、町にあるに違いない。宿は町から随分と北に位置しているので、タクシーに乗らなくてはいけないのだが、とりあえず南へ向かってスタスタと歩いてみた。欧米からネグリルへやってくる人々はリゾートから外へ出ることはほとんどなく、出るとしてもホテルが組むツアーで各地へ出かけるため、ずらりとリゾートが並ぶ通りには誰も歩いていない。時折タクシー運転手が声をかけてくるが、しばらくは無視を決め込んで歩くことにした。



③床屋へ2
やがてガソリンスタンドに着いたので、そこで働いている赤い服のおばさんに「髪を切りたいのですが、近くに床屋はありますか」と尋ねた。安全な旅のコツは、身元がしっかりしている人に“こちらから”尋ねることだと筆者はタイで学んでいた。おばさんは「あら、ちょっと待ってなさい。」と言って仲間のおばさんと相談し、そして「ついておいで」とタクシー運転手のところまで連れていかれた。痩せた小男の運転手はおばさんと話して筆者の依頼を理解したようで、“20ドルで床屋まで行って、ホテルまで戻ってやる”と言った。筆者はそのタクシーに乗り込み、町へ向かったのだ。小男の運転手はジョーダンと言う名で、明るく親切な男だった。筆者が連れていかれたのは浜辺にある掘っ立て小屋が並ぶエリアで、その掘っ立て小屋のひとつが“ラスタ・バーバー・ショップ”という名の床屋だった。その掘っ立て小屋は、赤青白の世界共通の“床屋カラー”でストライプに塗られたケバケバしい外観で、髭もじゃでうつろな目をした店員が店の前に腰を掛けて客を待っていた。


 うつろな目をした髭もじゃは床屋らしく床屋道具がプリントされた黒いシャツを着ていた。その風貌と物言いが面白かったのと、店の外観も面白かったので、店の前で二人一緒に写真を撮ってくれないかと依頼した。髭もじゃは“いいだろう”とポーズを決め込んだのでなお面白かったのだ。筆者はさっぱりした髪で宿に戻ったところ、ゲートのガードマンに“お、髪を切ったね”と声をかけられた。やはりリゾートでぐうたらよりは、どこか生活じみたところを出歩く方が面白いものだ。そんな縁で帰国の空港までの移動はジョーダンに任せることにした。翌朝、ジョーダンは約束通りに8時にホテルの前に現れ、筆者はおそらく人生最後のジャマイカの景色を眺めていた。

ネグリル その1

2019-11-01 16:23:23 | 生活
 ネグリルとはジャマイカ島西端にあるリゾート地だ。マウンテン・エッジ・ゲストハウスの女主人はピーグル犬の雑種を撫でまわしながら、「ネグリルへ行くなら長距離バスがよい」と勧めてくれた。筆者もキングストンからネグリルまでは随分距離があるので、タクシーだと高くなるだろうと思っていたところなので彼女に従い、ウェブでチケットを予約した。



以下もまた前回に引き続き旅行の記録である。



①マウンテン・エッジ・ゲストハウスから長距離バスのターミナルまで
予約したバスの出発時刻が午後1時であり、宿をチェックアウトしてそのままバス停に向かうと2時間ほど時間を潰さなくてはいけない。筆者は停留所付近の店やカフェをウロウロしようと思っていた。朝食時、女主人に“ボブ・マーリーには興味あるのか”と尋ねられたので、“ない”ともいえず仕方がなく笑顔で頷くと、“あぁ、ならせっかくだからボブ・マーリー記念館に立ち寄ればいいのよ!そうしよう!”と予定を決められてしまった。彼女に手配してもらったタクシーに乗り込んで山を下り、ボブ・マーリー記念館で時間を潰す。その後バスターミナルへと送ってもらった。


②ナッツ・フォード・バス
長距離バスはナッツ・フォード・バスという会社が運行している。このバスはジャマイカの人々にとっては比較的高級な乗り物なのだろう、エアコン完備で清潔感があって、ペットボトルの水まで貰え、無音だが前方にテレビがついていて映画が流れている。運転手は白シャツに槐色のベストの制服姿だ。ネグリルまではオチョ・リオス、モンテゴ・ベイを経由する北回りの経路で約5時間、筆者にとってはこれまで来た道を戻ることになる。てっきり南周りで直接ネグリルへ行くと思っていたのでややがっかりしたが、黒服のすらりとした黒人モデル風美女が乳児を伴い乗り込んできて、通路を挟んで隣の座席についたので、マウンテン・エッジの食堂の女のように、授乳のためにふいに乳房を露わにしないものかと期待が高まった。


③バス移動
バスはオチョリオスに向かい出発する。ガラガラの自動車専用道路を北上し、マイクタイソンと出会ったボブスレーの施設を通過してオチョ・リオスの町に着く。町はリゾート船の寄港があったようで、数日前より賑わって見えた。その後スリーピーのタクシーで通った道を西進し、モンテゴベイへ向かう。あの日は夜で見えなかったが、通り沿いには人が住んでくるかどうかわからない廃墟や簡素な家々が並び、丘の上にはいくつもの豪邸がそびえる。道沿いには放し飼いにされた無数のヤギが歩いている。ジャマイカでもゴミのポイ捨てが問題になっているようで、清掃員がヤギに混ざってゴミ拾いをしていた。また、山から採掘されたボーキサイトを船舶に荷卸しするためのベルトコンベアが海上まで延びていて、バスが幾度かその下を通過した。モンテゴベイに近づくと急に雨模様となり、これから向かう南西方面には稲光が絶えずきらめくので、筆者は嫌な予感がしていた。それに隣の席の乳児はいたって大人しく、美人モデル風の母親に乳をせがむ様子がないことに筆者はいら立っていた。結局美人モデル風美女はモンテゴベイで下車したので、ついにその乳房を拝むことはなかったのだ。


 モンテゴ・ベイの町で何故かバスを乗り換えることになり、その乗り換えで一時間ほど待たされたので、ネグリルに着いたときには夜の7時を回っていた。バス停で待ち構えているタクシー運転手に予約したリゾートまで連れて行ってもらい、30代独身日本式サラリーマンは人生で初めてのリゾート・ホテルに宿泊することになった。だがバックパッカー風のアジア人の来訪に、フロント従業員はいささか狼狽したように見えた。フロントから奥に見えるオープンスペースのレストランに見えるのはドレスアップした白人客ばかりで、筆者は気後れしたものの、それを悟られないように振る舞ったのだった。

マウンテン・エッジ・ゲストハウス その2

2019-11-01 16:22:41 | 生活
 マウンテン・エッジ・ゲストハウスとは、ジャマイカのブルー・マウンテンの麓にある宿場である。この宿は急峻な谷の斜面を削り、建屋を段々に作った山賊の砦のような恰好で面白い。崖下には川があるようで水音が聞こえるが、鬱蒼とした木々で隠れて見えない。それに谷間にあるので日の入りが早く、宿に到着した頃合いには既に辺りは薄暗くなっていた。



以下もまた前回に引き続き旅行の記録である。


①マウンテン・エッジ・ゲストハウス 夕食
宿に併設された食堂はラストオーダーが6時半ということだ。運よく5時過ぎに到着した筆者は夕食にありつけた。アキー&ソルトフィッシュを載せた薄焼きのパンとジャークチキンを肴にレッドストライプをゴクゴク飲み干す。食堂は彫刻や置き物でカリブな雰囲気を醸し出していて楽しいのだが、湿気で蚊が大量に羽化したらしく足を刺されまくって閉口した。女店員が蝋燭式の香取線香を持ってきてくれたときには既に足を10箇所ほど刺されていた。食事を終えて急な階段を下りて部屋に戻るともうすることはない。ベッドの廻りにしっかりと蚊帳を張り、中で本を読んで過ごす。虫と鳥の声が夜に響き、知らないうちに寝てしまった。



②マウンテン・エッジ・ゲストハウス 朝食
ジャマイカの朝はやはり遅いようだ。女主人や従業員は朝の9時過ぎにやってきて清掃やテーブルの準備を始める。宿からの眺望は広くなく、谷の終点方向に遠くキングストンの町と海がうっすらと見える以外は空と崖下しか見えず、崖下には鬱蒼とした木々と狭い段々畑があるばかりだ。だがハチドリが木々を行き交い、ライオンハウスに居たものよりずっと大きな緑のトカゲが建屋の壁でじっとしていたり、宿の飼い犬のピーグル犬の雑種がよたよたろ歩いていたりするので退屈はしない。ただ蚊がいるので、常に蝋燭式蚊取り線香を持ち歩く。キングストンへと続く山道は時折大型ダンプがファンファンとクラクションを鳴らして通り過ぎていく。山の奥に鉱山か砕石場でもあるのかもしれない。筆者は飲みやすいのに香りが豊かな朝食のコーヒーに幸福を感じ、アキー&ソルトフィッシュを食べた後、UCCコーヒー農園へ出かけることにした。





③UCCコーヒー農園まで
UCCコーヒー農園は宿からキングストンまで続く悪路沿いにある。宿の前でルートタクシーを待っていてもなかなか来ないし、宿の前は湿った藪になっていて蚊が出てくるので、散歩がてら徒歩で山を下りながらタクシーを待つことにした。しばらく歩いていると追いついてきた車が止まり、窓からやはりドレッドヘアの中年男の男が「どこか行くのか」と声をかけてきた。「UCCコーヒー農園まで」と言うと、「乗るといいよ」と乗せてくれた。何でもマウンテン・エッジ・ゲストハウスよりも少し山の上で新しくゲストハウスをオープンするらしく、その準備をしているとのことだ。この日はモンテゴベイまで息子夫婦を迎えに行くとのこと。おかげですぐに目的地にたどり着いた。


 UCCコーヒー農園では若い細身のグレージーンズの男に農園について説明を受けながら見学を楽しんだ。コーヒーの実を齧ったり、上島氏の肖像を写真に収めたりもした。有意義な見学を終え宿へ戻ろうかと思い、出店に佇む母娘に「タクシーは来るものか」と尋ねると「この時間は町へ向かうのは来るが、山へ向かうのはあまりない」との答え。仕方がないのでこの辺りで食事をしながら時間を潰そうと思い、食堂の所在を尋ねれば、少し道を下りればあるとのこと。行ってみると小さな掘っ立て小屋があり、乳児を背負った女が一人で働いるようだった。メニューは「カレーチキンしかない」とのことだったのでそれを注文すると、女は出店のカウンターから隣の小さく暗い調理場に移って大きな寸胴鍋に入ったカレーチキンを温め始めた。筆者は店先のカウンターに腰を掛け、たいへんに旨いカレーチキンをすぐに食べ終わり、食べ終わったプラスチックの器をどうしたものかとごみ入れを探していると、「私が片づけておくよ」と声が聞こえたので振り向けば、さっきの女店員が乳房を丸出しにして乳児に乳を与えながら、こっちを見ていた。

マウンテン・エッジ・ゲストハウス その1

2019-11-01 16:22:06 | 生活
 マウンテン・エッジ・ゲストハウスとは、ジャマイカのブルー・マウンテンの麓にある宿場である。筆者はオチョ・リオスのライオン・ハウスからこのマウンテン・エッジ・ゲストハウスへと向かわねばならなかった。ライオン・ハウスの居心地は悪くなかったのだが、キングストン付近の空気に触れたい、そしてUCCブルーマウンテンコーヒー農園も訪れたいと思ったので移動することにしていた。


以下は前回に引き続き旅行の記録である。


①ライオン・ハウスでの二度目の朝食
ジャマイカの朝食はこの日も遅い。前日と同じように筆者は、獲物を探して歩く緑色のトカゲや放し飼いにされている雄鶏を眺めたり、筵に敷かれて乾燥されているスパイスの実を齧ったり、本を読んだりしながらライオン・ハウスで朝飯と若い女従業員の到着を待っていた。ドレッド・ヘアの調理人は宿舎のすぐ下にある掘っ立て小屋で暮らしているようで、その娘と思しき10歳位の女の子がその掘っ立て小屋とホテルの従業員の部屋を行ったり来たりしている。やがて彼女はベージュの制服に着替え、黄色いシャツと半パン姿の調理人が彼女を学校に送りに出かけ、20分くらいして戻って来た。昨晩からこの宿に来ている若い白人男女も朝食を待ちきれないようでウロウロしている。やはり9時45分に若い女従業員が現れたが、この日は「今日は雨が降らないからね」と言ってビニルカーテンを開けてくれたので、爽やかな風と景色の中で朝食を食べることができた。食事を済ませてチェックアウトするときに黄色のシャツとパンツ姿の調理人はわざわざ表に出てきて「また来なよ、ワン・ラブ」と言って見送ってくれたのが嬉しいものだった。


②マウンテン・エッジ・ゲストハウスへ長距離タクシーを捕まえる
まずは信頼できる長距離タクシー運転手を捕まえるべく、オチョ・リオスで一番のアトラクションスポットであるボブスレーに乗れる施設へ出向いた。だがボブスレーはメンテナンス中でオフシーズンのこともあり、あまり賑やかではない。暇そうに手すりに座っている係員の若い男に“ブルーマウンテンまで行きたいのだが”と伝えると、「あの男に聞いてみるといい」と小型バスの側に立つ大柄の男を指さした。その男はリゾートホテル専属のバス運転手で、小ずるい表情でくりくりした目をパチパチさせて「それは遠いぜ、3時間位はかかる。知り合いでタクシー運転手をしている男がいるから電話してやろう」と親切に対応してくれた。筆者は150米国ドル程度で行けるだろうとたかをくくっており、それを伝えると彼はくりくりした目をさらにパチパチさせながら大仰に身振り手振りを交えて、「それは無理だよ、一度キングストンの町を通ってそれから山道を登るんだぜ。着いたら夕方だ。300ドルはするはずだ」と騒ぎだし、そのやり取りと聞きつけた目つきの悪い白いTシャツ男もやってきてささやくように同様のことを言い始めた。大柄の男は300ドルは適正価格だと言い続ける。筆者はこの大柄の男の小ずるい表情の愛嬌に笑いをこらえきれなくなり、“まぁ300ドルでもいいか”という気分になったので「わかったよ」と伝える。そうして大柄の男が友人に電話してくれ、結局250ドルで行ってくれるという話で落ち着いた。十数分後に現れた友人というのが、マイクタイソンのような目つきの鋭い大男で、金のネックレスにサングラスのいかにも悪役俳優のような風貌であったので恐ろしくなったものの、彼はマウンテン・エッジ・ゲストハウスの住所と電話番号を調べ、わざわざ電話をかけて道順を尋ねていたので、“これは信頼できる”と思い、白いアルファードに乗り込んだのだ。


③マウンテン・エッジ・ゲストハウスへ長距離タクシーでの移動
オチョ・リオスからキングストンまでジャマイカ島を南北に縦断する道は、ジャングルや牧草地や村を抜ける。マイクタイソンは友達が多いようで時折外に向かってたむろしている男たちに大声で声をかける。途中でコンビニに立ち寄り、筆者は“ティン”というグレープフルーツサイダーを、マイクタイソンはグレープ味のゲートレードを購入した。その後、建設されて間もないと思われる自動車専用道路へ入りスピードを上げて南下する。専用道路はガラガラで、なんでも「わざわざお金を払ってまで急ぐ理由がない」とのことだ。専用道路に入ると30分ほどでキングストンへ辿りつく。



④車窓からのキングストン~ブルーマウンテン
キングストンはちょうど下校時間で幹線道路は大渋滞だ。路上のバス停は学生で溢れかえり、物売りたちは果物や菓子を籠に入れて渋滞で止まった車に売り込みをかける。日本ではもう見られない勢いのある風景だ。マイクタイソンはそんな混雑も何のそので、するすると車線を変えながら前進していく。郊外の庭付きの邸宅エリアからいかにも貧困層が住んでいそうなバラックが密集したエリアなど、キングストンの人々の暮らしぶりを眺めて過ごす。マイクタイソンは“ここは裁判所、ここは大学”などと適度に案内をしてくれるのでいちいちリアクションしてやらねばならない。そしてついに町を抜けてブルーマウンテン方面へ登る道に入る。地図上では割と太く描かれる主要道路なのだがこれが谷を削った悪路で、いたるところで落石が放置され、草が伸びきって隠れてしまっている標識もたくさんある。それに加えて対向車や犬、出店の客などの障害で運転は困難を極まると思いきや、マイクタイソンは“ジャマイカではよくあること”とばかりにスイスイと、ヘアピンカーブではクラクションをガンガン鳴らして山をぐいぐいと登って行き、キングストンの街並みは次第に遥か眼下へ遠ざかる。



 マウンテンエッジ。ゲストハウスに着いたのはクリクリ目の大男が言ったとおり午後5時過ぎになった。クラシックカーが置かれた割とお洒落な外観のエントランスから、美人で小柄な中年のヒスパニック系の女が出てきて出迎えてくれた。どうやら彼女がこの宿の主人のようだ。マイクタイソンは興味深そうに宿の中を除き込んで、女主人と何やら話した後に280米国ドルを受け取り、“何かあればこれに電話しろ”と言って名詞を置いて去っていった。やはり筆者は上客であったようだ。

ライオン・ハウス その2

2019-11-01 16:21:32 | 生活
 ライオン・ハウスとはジャマイカのオチョ・リオスにあるゲストハウスのことだ。筆者は最後の3日間に滞在するリゾートホテルでビーチを十分に味わうつもりであったので、それまではできるだけ海から離れた場所で過ごそうと思っていた。だから山あい(といってもオチョ・リオスの港町から車で10分ほど)に位置するライオン・ハウスは魅力的であった。


以下は前回に引き続き旅行の記録である。


①ライオン・ハウス 朝食を待つ
翌朝は7時過ぎに空腹と暑さで目が覚めた。朝食付きということなので、建屋の上階にある食堂へ行ってみようとドアを開けると、日の当たる張出の廊下に痩せた茶色の中型犬が寝転んでいた。階上の食堂は北側と東側の壁がなく、眼下のジャングルの景色を楽しめるようになっているが、ビニル製のカーテンが閉じられていて中は蒸し暑く、しかも蚊が居るので筆者は一目散に退散し、部屋で本を読んだりして何とか時間を潰していた。午前9時頃にやっと外でごそごそと音がし始めたので再度様子をうかがうと、やはりドレッドヘアの痩せた中年男が何やら準備をしている。さっそくその男に「朝飯はまだなのか」と尋ねるも、聞き取りにくい英語でニコニコと「女の子が来るはずなんだ、女の子が来るはずなんだ」と言うばかりで要領を得ない。「そういえば昨日のタクシーの料金を払わなくてはいけない」と言ってもまた「女の子が来るから。女の子が来るから」と言う。仕方がないので宿の前の通りをウロウロしながら、学校へ通うと思われる少年らや木の棒で果実を獲る老父などを眺めていた。そんなこんなで朝食を待つ間に気温はぐんぐん上がり、さっきの飼い犬は車の下の陰に潜り込んで出てこない。


②ライオン・ハウス 朝食を食べる
ジャマイカの朝は遅い。すこぶるスタイルのいい若い女従業員が宿にやってきたのが9時45分、朝食がテーブルに出てきたのは午前10時だ。だがコーヒーと、カラルーと呼ぶほうれん草のような野菜を炒めたものが美味で満足した。ドレッド・ヘアの男がニコニコしながら「このアボカドは今朝収穫したものなのだ」と言った。彼がこの宿の調理人なのだ。若い女従業員はステレオでボブ・マーリーを流すと奥のバーでスマホを眺めているばかりでビニルカーテンを開けてはくれず、景色がよく見えないうえに暑いし蚊に刺されるので閉口し、勇気を出して『開けてくれてもいいものを!』と不満を表明しようとした矢先、突然の豪雨が始まり、横殴りの雨に打たれてビニルカーテンはバチバチと音を立てた。豪雨は10分ほどで止み、再び炎天となった。筆者は食事を終えたあとに。「そういえば昨日のタクシーの料金を払わなくてはいけない」と若い女従業員に伝えると、「あぁ、スリーピーのことね」と言い金を受け取り、領収書を作ってくれた。あの小便をしたタクシー運転手のあだ名らしい。


③ライオン・ハウス 町の様子を見に行く
豪雨が上がりオチョ・リオスはぐっと蒸し暑くなったが、せっかくなので出かける必要がある。それに石鹸や髭剃り、何より虫よけスプレーを購入する必要があった。若い女従業員に山を下りる方法を訪ねると、ただ宿の前に立っていれば乗り合いタクシーが通りがかるので200ジャマイカンドル(2米国ドル)で町まで行けるとのことだった。彼女の言ったとおりほどなくして乗り合いタクシーはやって来た。そこにはおめかしした二組の母子が既に乗っており、筆者が乗ると車内はぎゅうぎゅうだった。


 ドラッグストアで必要物資をそろえ、ドラッグストアの隣にあったスーパーマーケットを見学した後、町をウロウロしてみた。クルーズ船が寄港していない日の町は閑散としていて観光客はおらず、開いているお店も少ない。数少ない客をモノにしようと、市場や土産物屋の店員らは「コーヒーが無料だ」「安くしてやる」などと必死になって筆者を呼び込もうとするのがかえって恐ろしく、作り笑顔で素通りすることしかできなかった。それに蒸し暑くて汗だくになったのでもう宿へ戻ることにした。通りがかる車から男たちが「タクシー?、タクシー?」と常に声をかけてくる。彼らにライオン・ハウスに戻りたい旨を伝えると20ドルや30ドルなどとなかなかいい値段を吹っかけてくるので難儀する。リゾートの前で待ち構えるタクシー運転手にも同様の声をかけられたので、「来るときはたった2ドルで来たんだ」と言うと、彼は悲しそうな顔をして、「それは俺たちのタクシーじゃないんだ。あっちで乗れるよ」と乗り合いタクシーの場所を教えてくれた。基本気のいい人ばかりなのかも知れない。乗り合いタクシーには筆者しか客がいなかったので結局10ドルで帰ることになった。宿に着いたらすぐに若い女従業員にレッド・ストライプを二本注文し、それを瞬く間に飲み干した。