読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

スタンピード時代の喧噪と内幕を描く、「凛冽(りんれつ)の宙(そら)」(幸田真音/(著)

2008-07-20 11:02:35 | 作家;幸田真音
<目次>
第一章 再会
第二章 獲物
第三章 罠
第四章 容疑
第五章決断

~ベストセラー「日本国債」に続く長編経済小説。国債のディーラーたちに取材を重ね、約14万部のベストセラーになった「日本国債」では、日本が抱える財政問題に焦点を当てて、日本国債のディーラーたちと政界・官界との熾烈な抗争を描き大変な反響を呼びました。今回の小説では、ここ数年来の経済の最も深刻な問題であり、いまだ全貌がつかみきれない「不良債権」にスポットを当て、バブル経済が破綻したあと、不良債権がどのように隠蔽されてきたか、そしてその弊害がどのように経済全体、ひいては国民の税金までをも蝕んできたかを、証券会社や投資顧問会社の内幕を通して描いています。前作に続いて、また話題になる一作であることは間違いありません。~
(Amazon)

<登場人物>
パウエル・アジア証券会社社長・坂木洋二(47)、妻・芳江(47)、長男・翔(15)、長女・かほり、
(パウエル・アジア証券会社);島崎稔(39)、水沢優、西山美知子
(S・T・パウエルフィナンシャルグループ);アラン・ミッチェル(ロンドン投資銀行部門トップ、グループNO3)、ヤコブ・ファーレン(アランの元部下で、坂木の元上司)
(オールドオーク・キャピタル・ホールディング);古樫(こがし)賢哉(39)、元妻・寺島絢乃(41)、秘書・武藤周三(51歳)、矢崎恭介(ヤメ検・弁護士)
(東洋実業銀行);江頭修一、林友則
寺島嘉一(絢乃の父、旧家の後継者、「西の震源地」と言われた関西で名うての投資家)
九条忠輔(元大蔵相事務次官、「ミスター・エン」)
井田浩司(37;ネット証券社長、ITの旗手)
新井孝造(関東生命社長)
ケネス富島(弁護士)、妻・ジェニファー()
永山正義(43、4歳;東京地検特捜部・主任検事)
チャールズ・ファンクーン(82;ヒルズグループ代表、ホテル王、28歳の古樫に投資会社V・K・インヴェストメントの日本代表を務めさせる)

<ストーリー>
~大金融総合会社S・T・パウエル・フィナンシャル・グループが、日本に新設した子会社パウエル・アジア証券会社社長坂木の物語。ロンドンのアラン会長(CEO)からの指示で、不良債権処理に悩む東洋実業銀行にステップダウンクーポン債(当初の表面利率20%償還時が近づくにしたがって限りなく0に近い私募債)を売る。数ヵ月後、ハワイでのグループ会社のトップセミナへ突然会長がお忍びで現れ、金融庁の査察が入るので全ての取引証拠を消せという指示。電話、Faxの指示は危険と見て、その場から直接帰国。金融庁の査察では、証拠はでない。検査は電子メールの記録のチェックから始まり、Fax、コンピュータの取引データに及ぶ。(ちょっと小説としても無理があるように思うが)数日後、坂木がハワイから東洋実業銀行の取引の全てをシュレッダに掛けろというメールが発見されたと知らされる。坂木は、アラン会長に不信を抱く。そうこうしているうちに、坂木が深夜一人で資料を整理しているとき、突然アラン会長が現れ、1千万ドル(13億円)で、金融庁の言い分を聞いたかたちで辞職しろという。・・・坂木は、自分の手でアランの企みを探ろうとロンドンに飛ぶ。ロンドンでは電話で話していた同僚の多くが最近会社を辞めたという。手づるをたよりに、ノルウェイへ。かっての東京事務所の上司と再会。そこで分かった真相は・・~
(SMAPP研  紺名文太)

物語は、ハワイ諸島最大のハワイ島北西部のコハラ・コースト沿い,フアラライ*山の山麓の緩やかな傾斜地,約360haに展開するハイエンドな長期滞在,居住型リゾートである1996年にオー尾ぷんしたフアラライ・リゾートから始まり、極寒のノルウェーの人口約6万3千人の都市、トロムスで終わります。

本書は、「文芸ポスト」の2001年冬号から2002年冬号までに連載されたものに、加筆修正された作品です。時系列的には「日本国債」(2000年)、「eの悲劇」(2001年)に続く作品。幸田さんは「あとがきにかえて」で次のように記しています。

「・・・私はひとつの言葉に出会いました。『凛冽』という言葉です。ええ、そうです。寒気の厳しいさま、とても寒いこと。日本はまさに凛冽の時代、経済も、世の中も、そして、ひとの心までもが冷え切っています。でも、そんななかで、ほかと違って正しいことをしようとうすると、もっと寒さを覚悟する必要があるのかもしれません」。

1998年6月22日、総理府の外局とし設置された金融監督庁は、2000年7月1日、金融監督庁を金融庁に改組され、金融監督庁設置後も大蔵省に存置されていた金融制度の企画立案にかかる事務を統合することになりました。2001年1月6日、金融再生委員会廃止及び中央省庁再編により、金融庁は内閣府の直接の外局となります。本作はこうした時代背景の基に書かれています。

本作に登場する「古樫賢哉」は村上世彰氏を、「井田浩司」はマネックス証券の松本大氏を思わせますが、この二人に堀江貴文氏のイメージがダブったりもします。本作から4年後の2006年、堀江、村上の両氏は証券取引法違反で逮捕されます。彼がこの小説を読んでいたのかどうかわかりませんが、たとえ読んでいたとしても、彼らはあのビジネスモデルを捨て去ることはなかったと思います。あの時代は、「大挙して逃げ出したり押し寄せたりする、群衆などの突発的な行動。パニック状態」の「スタンピード(stampede)」の時代でその先頭を切っていたのが彼らだったからです。

不良債権処理について本書で幸田さんが入れたメスにサービサー(債権回収を専門に行う会社)の回収方法があります。これに関して、「教えてgoo」に次のようなQ&Aがあります。

Q;「凛冽の宙」(幸田真音著)の中に買入消却・消却益という言葉が出てきます。「~、額面500億円の債務が半分以下の200億円の返済でチャラになるなら、買入消却で300億円の益がでることになる。」(p.249)

「新しい債権者となった買取業者に200億円を返済するだけで、これまで残っていた500億円という借金はきれいになり、おまけに300億円という消却益がでることになる。」(p.250)

これはサービサーの不良債権の処理についての説明の場面なのですが、いまいち理解できません。消却益(この場合の300億円)というのは、実際には無いんですよね?本を読んでいない方にはこれだけの説明ではわからないかもしれません。どなたか教えてください。
よろしくお願い申し上げます。

A;非常に簡単に説明しますと、自分の借金500億円が200億円返済すれば良いということになると、自分は300億円の儲けが発生することになりますね。これが本書で言うところの消却益となります。もっと乱暴な言い方をすれば、相手が300億円の借金の踏み倒しを了解してくれたということです。

では、何故このようなことが起きるかと言いますと、いわゆる債権回収業者(サービサー)は、原債権者から回収の見込みの少ない債権を200億円以下で買っているわけですから、200億円を貴方が返済(この場合正確には買取)してくれれば、しっかりと儲けが出るわけです。現実、バルクセールなんて言われているものは、原債権の数パーセントの金額でサービサーが買っているなんていうこともあるみたいです。

バルクセールスとは、「多数の不良債権をパッケージ化して、第三者(サービサーや投資ファンド)に一括して売却する手法のことです。米国のRTCがS&Lの不良債権を買い取って証券化したとき、証券化できない残りの部分を、公開入札で処分したことに始まるといわれています。バルクセールの『バルク』というのは、譲渡の対象となる債権が複数(それも多数)になることを示していますが、これに対し、債権の価値が大きいなどの理由により、金融機関が一つだけの不良債権を売却するケースもあって、『個別セール』と呼ばれています。買い手の側から見ると、さまざまな取引先の債権を一括して購入すると、リスクの分散が可能になります」。

「バルクセールは債権の売買ですから、債権の額面ではなく、時価で取引されることになります。担保価値が下がっていて、かつ企業の返済能力もないとなれば、10億円の借入契約を結んだ債権を、1万円で売却することもあります。一般的に、バルクセールを行うと、債権の価格は数分の一から十分の一になりますが、それは担保価値がゼロで、かつ返済能力もない取引先への債権価格も含めた平均値であり、中には、担保がなくても買値は債権額と同額というケースもあって、一概に判断できません。従って、うちの借入には担保がないから、百万円もあれば買い戻せるだろうと、短絡的に判断してはいけません」。

「また、バルクセールの価格付けには、DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー=割引現在価値)と呼ばれる手法が使われます。これは、例えば来年の百円と、今の百円を比べたときに、来年の百円は今の百円よりも価値が低くなる(=安い)という考え方です。この考え方は、バルクセールに限らず、収益不動産の購入や証券化などにあたって必ず使われる手法です」(企業再生のジーケーパートナーズ)


<備忘録>
「ソルベンシー・マージン」(P36)、「投資銀行の姿」(P51)、「金融庁の検査」(P168~170)、「仕組み取引」(P171)、「バルク売り」(P201)、「資産査定/デュー・デリジェンス」(P245)、「買入消却/不良債権処理」(P197、250、258)、「債権放棄」(P315)


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