読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

証券ビジネスの負の側面を描き出す、「偽造証券」(幸田真音著/新潮文庫)

2008-09-17 09:08:02 | 作家;幸田真音
<目次>
第一章 コネティカット・ニューキャナン
第二章 ミッドタウン・三十四丁目
第三章 グリニッチ・ヴィレッジ
第四章 ニュージャージ
第五章 シリコン・アレー
第六章 ラガーディア空港
第七章 マンハッタン午後三時十五分

<登場人物>
三輪祥子(元・アバン・ギャランティ投資銀行、現・作家、38)、秀介(祥子の夫)
倉丘美里(元・アバン・ギャランティ投資銀行、33)、純一(美里の夫、シカゴ本社米国系銀行・債券トレーダー→信託邦陽銀行部門米国現地法人、41)
多田優子(元・アバン・ギャランティ投資銀行→ファースト・インターナショナル銀行→同社子会社社長、32)、クリストファー(優子の夫、クリス)
ヒロ真壁(浩希、米国防総省→メジャー・カード→邦陽銀行53)、アンディ・ドノヴァン(メジャー・カード、31)*メジャー・カード;アメックス、ヴィザ、マスターに次ぐ全米大手クレジットカード会社
堀直子(邦陽銀行ニューヨーク支店、29)
榊原満(ミッシェル、フリー・グラフィック・デザイナー)
川島弘(倉丘純一の大学の先輩、邦陽銀行ニューヨーク支店副支店長)
ディック・オーウェンズ(元・米財務省、70)
ディック・オコーナー(米・財務省幹部)

本作は、1995年に作家デビューした幸田さんの三作目の作品。私にとっては九作目の小説ということになります。幸田さんの作品では日本の金融関係者の無能振りが、半ば当事者としての歯がゆさを伴って語られますが、本作でも榊原満を通じて次のようにを語らせています。

「日本っていうヤツは、本当に化け物よ。脳みそにあたる部分は、幼稚なエリートとか官僚とか、政治家っていう名札をつけた選挙屋とかの腐った細胞でできてるの。内側に向ってはふんぞりかえって、外側に遅れた化け物。ものすごい偏食で、たったひとつの価値観だけを食べて生きている。いろいろな価値観を受け入れられるほど、まだ大人になっていないのよ。ちょっとでも違った価値観のものを口に入れると、すぐにぺって吐き出してしまうの。アタシなんか、そのぺって吐き出された典型でしょ」(P315)


「・・・汚職や不正事件、不祥事などというのは、えてしてそういう力のある人間から、特別に無理を頼まれた場合に生じる例外から始まるケースが多いものだ。現場の最前線で働く底辺の人間が起こすことは意外に少ない。例外処置を許す背景が、その見送りを求める体質につながっていく。規則違反だと知りつつも、上からの無理を通してしまうという、最大級のことなかれ主義が、やがて始まる大きな落とし穴の最初の一歩となることを、真壁はこれまで何度見てきたことだろう」


さて、本作はニューヨークで働く日本女性の活躍とその後を描いていますが、本作の重要なモチーフになっているのは、1995年に発覚した大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件です。6/4付けの記事<魚群の群れを操るものたちが広げた「傷~邦銀崩壊~(下)」(幸田真音著/新潮文庫)>で取り上げた「傷」もこの事件を取り上げていますが、事件の背景は次のようなものでした。

「1983年、アメリカ合衆国でマツダ自動車のディーラー営業を経て大和銀行(現・りそな銀行)ニューヨーク支店の本社採用嘱託行員となった井口俊英(1951-)は、変動金利債の取引で5万ドルの損害を出す。損失が発覚して解雇されることを恐れた井口は、損を取り戻そうとアメリカ国債の簿外取引を行うようになる。井口は書類を偽造して損失を社内でも限られた人間しかしらないシステムコードで隠蔽していたため表面的は利益を出しており、上司の信用も増していった」。

「同支店の管理体制には、国債のトレーダーと支店の国債保有高や取引をチェックする人が同一人物という不備が存在しており、支店長は「海外で箔を付けにやってくる『飾り物』」という状態であったため、実質的に支店業務の全てを統括する、支店ナンバー2であった井口の不正は12年も発覚せず、1995年には大和銀行の損失は11億ドル(約960億円)にも膨れ上がった」。

「井口は膨れ上がった膨大な負債を処理しようとますます大きなトレードを行うようになった。あまりにビッグプレーヤーになってしまった井口の取引は、市場参加者に井口の手を容易に読まれて市場で捌ききれなくなり、完全に破綻してしまった。 1995年7月、井口はついに不正による巨額損失を大和銀行上層部に告白。銀行上層部はこの損失に関しては大蔵省への報告を優先させ、アメリカ金融当局への報告をせず隠蔽してソフトランディングを図ろうと画策する」。

「しかし、この隠蔽工作はFRBに発覚。FRBがかえって大和銀行に厳しい処分を下す結果をもたらした。1996年2月28日、大和銀行は16の罪状を認め、当時の米刑法犯の罰金としては史上最高額といわれる3億4千万ドル(約350億円)の罰金を払い、アメリカから撤退となった」。(ウィキペディア)

このところ、リーマン・ブラザーズの経営破たんで金融市場が揺れていますが、証券ビジネスが証券化ビジネスを特化することによって、レバレッジをきかせる過剰な資金調達が問題視されています。不動産ビジネスのリスキーな部分を証券化して是正したビジネスモデルだったと思いますが、やはりバブルは弾けてしまいました。


「仕事に、あるいは生活に、ひたむきに取り組む主人公たちと一緒に、ニューヨークを実際に旅するようなつもりで楽しんでいただければ幸いに思う」と著者が語るように、ニューヨークを街並みが随所に登場します。冒頭で主人公夫妻がオペラの前に軽い食事(プレ・シアター・メニュー)をとるレストランが、セントラルパークにある温室をモデルにした高級レストラン「タバーン オン ザ グリーン」。私も一度だけここで食事をしたことがあります。


<TAVERN ON THE GREEN(タバーン オン ザ グリーン)>
~Central Park at West 67th Street, New York~

Tavern on the Green is a restaurant located in Central Park on the Upper West Side of New York City, in the United States.
With 2007 gross revenues of $38 million, from more than 500,000 visitors, it is the second highest-grossing independently-owned restaurant in the United States (behind The Venetian's Tao restaurant in Las Vegas, at $67 million).[1][2] Of the several dining rooms, the most famous is the Crystal Room, which features windows overlooking the restaurant's adjacent garden in Central Park.

The restaurant is located in New York City's Central Park at Central Park West and West 67th Street on Manhattan's Upper West Side. It was originally the Sheepfold that housed the sheep that grazed Sheep Meadow, built to a design by Calvert Vaux in 1870. It became a restaurant as part of a 1934 renovation of the park under Robert Moses, New York City's Commissioner of Parks. In 1974, Warner LeRoy took over the restaurant's lease and reopened it in 1976 after $10 million in renovations. Since LeRoy's death in 2001, it has been managed by his daughter, Jennifer Oz LeRoy.


<備忘録>

「ゴッサム」;「ゴダム あるいは ゴッサム (Gotham) は、イギリスのノッティンガムシャー地方にある実在する村の名前。ニューヨーク市のニックネームとしても使われている。この村が有名になったのは『ゴダムの賢人 (Wise Men of Gotham)』という逸話による。英語で『ゴダムの賢人』といえば馬鹿者をさすが、この話では、村の近くに国道を建設しようとしたイングランド国王ジョンが村の支援を要求するために使者を送り、そのための費用を負担したくなかった村人は全員で物のわからない馬鹿者のふりをして難を逃れた、ということになっている」。(ウィキペディア)

「メートル・ドテル」;「[仏](maitre d'hotel)。メイン・ダイニングルーム(主食堂)でウェイターを指揮をするヘッド・ウェイター。レストランにおける現場サービスの責任者。食堂長」。(Weblio 辞書)

「フリケツ」;「振り替え決済制度、略してフリケツなんです。簡単に言えば、日銀が日銀の帳簿上で券面の受け渡しを管理し、決済する制度なんです。さっきの登録債(*)というのは、銀行や証券会社が自分の口座として自分で管理しますが、フリケツのほうは日銀に寄託して、日銀の管理で決済されるというわけです」(本書P250)

*「国債の売買に際して、実際に券面のやりとりをすることはほとんどなくなっているんです。いまは、登録債と言って、各銀行や証券会社が日銀に登録口座を持って、その口座を付け替えることで決済するんです」

「MICR」;Magnetic Ink Recognition;磁性インキ文字認識。小切手や約束手形などの番号の印刷に使われる。

「ブック・エントリー制」;「(アメリカでは)国債も政府機関債も、ブック・エントリー方式って言って、連邦準備銀行に保管されている帳簿上で把握されていて、実際に券面は存在しないもの。ブック・エントリー方式は1968年に導入されて、88年にはすでに総発行数の96パーセントの債権がブック・エントリー方式で保管されていると聞いたことがあるわ。つまり印刷された債権はたった四パーセントだけということになるわね」(P260)


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