読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

対北朝鮮インテリジェンス戦略の真実に迫る、「ウルトラ・ダラー」(手嶋龍一著/新潮社)

2007-12-26 09:38:06 | 本;小説一般
プロローグ
第一章 事件の点景
第二章 テロルの通貨
第三章 偽札洗浄器
第四章 仄暗き運河
エピローグ

本書の著者・手嶋龍一さんいついてはこれまで二冊の本を読み、10/25付けの記事「17年後の今ここにある危機の予言、『外交敗戦―130億ドルは砂に消えた―』(手嶋龍一著/新潮文庫)」、11/12付け記事「磨き抜かれた情報で国益を守れ、『インテリジェンス・武器なき戦争』(手嶋龍一、佐藤優著)」で取り上げています。私の取っての著者三作目になりますが、手嶋作品にはいつも脱帽物です。

まず、本書の執筆に至る経緯、想いについて少し長くなりますが、手嶋さんのHPから引用しておきます。(http://www.ryuichiteshima.com/)

「この作品は、世界のさまざまな街を旅しながら書き続けてきた長編のドキュメント・ノベルです。訪れた都市は、パリ、モスクワ、キエフ、ローザンヌ、ブラッセル、ロンドン、オクスフォード、ダブリン、ワシントン、ダルトン、香港、マカオ。日本は、函館、津軽、東京の下町、三ノ輪。京都では紅葉に包まれた沢の池をスケッチした日誌が手元に残っています。読者の皆さんもトレンチ・コートの襟をたてた英国秘密情報部員となったつもりで、裏街の石畳を行く気分を味わっていただきたく思います」。

「この作品の第二章『テロルの通貨』には謎の男が登場します。モスクワとダブリンを密かに行き来する偽百ドル札の運び人です。モデルとなったのは、IRA武闘派の陰の領袖として知られるジョン・ガーランド。先日、ベルファスト市内のホテルで逮捕されました。アメリカのシークレット・サービスの要請を受けて、北アイルランドの公安当局が身柄を押さえたのです」。

「私が筆を擱(お)いてしばし翼を休めようと思っていたさなかに飛び込んできたニュースでした。『ウルトラ・ダラー』の登場人物たちからは、ことほどさように眼が離せません。ちなみにガーランドは病気だと言い立てて保釈されたのですが、国境を越えてアイルランド共和国に姿をくらましてしまいました。国際テロ組織の手引きで、アメリカとの間に犯罪人引渡し条約がないアイルランドを潜入先に選んだのでしょう」。

「作品の主人公、スティーブン・ブラッドレー (Stephen Bradley)は、BBCの東京特派員です。へーゼル色の瞳をもち、篠笛を奏でる、この魅力溢れる英国人ジャーナリストとともに、読者の皆さんも国際政治の深層海流に分け入り、スリリングな体験を存分に味わってください」。

「『ウルトラ・ダラー』を執筆するきっかけとなったのは、あの『ドイツの小さな町』ボンでの出来事でした。九年ほど前のことです。当時、わたくしはNHKのボン支局長をしていたのですが、ある日、自宅に分厚い郵便物が日本から送られてきました。幾重にも梱包された封筒には『厳秘』という赤い印が押されていました。後に『宿命―「よど」号亡命者たちの秘密工作―』として新潮社から出版された原稿のゲラでした」。

「著者の高沢皓司さんは、ある種のインサイダーであったのですが、ハイジャック犯が関わった拉致事件の全貌を初めて白日のもとに明らかにし、公安当局を震撼させたのでした。それだけに出版社の側も出版ぎりぎりまで機密を守り抜こうと懸命でした。その一方で、新刊を紹介する月刊誌『波』用に書評原稿はだれかに依頼しなければならず、結局、私が引き受けることになりました。それはのちに『公安が震えた「よど号」の深層工作』として掲載されました」。

「私は一読して、そこに書かれている事実に深い衝撃を受けました。北朝鮮の工作当局は、『よど』号のハイジャック犯たちに日本女性との極秘結婚をすすめ、ついで夫妻をヨーロッパに派遣して日本人旅行者の拉致を企てたのでした。ザグレブ、コペンハーゲン、ウィーンそしてマドリッドが舞台となりました。日本の公安当局もまったくつかんでいなかった驚愕の事件でした」。

「『宿命』の最初の読者だった私は、ジャーナリストとしての自らの至らなさに深く恥じ入らなければなりませんでした。事件の存在を予感させる材料は私の周囲に数多くあったからです。横須賀の情報拠点だったスナック『夢見波』、米海軍情報部がつかんでいた不審船情報、コペンハーゲンから消えた日本人旅行者。いくつかの断片を結びつけて全体像を構想する思考の跳躍力があれば、事件の深い闇に遡及することが出来たものを―。いつの日か、リターン・マッチをと自らに言い聞かせたのでした」。

「東京の下町から突如姿を消した若い印刷工―。名門製紙会社から運び出された紙幣の原料―。消えた紙幣印刷用の凹版印刷機械―。失踪したハイテク印刷会社の経営者―。ジグソー・パズルのピースをひとつひとつ嵌めこんでみると、奇怪な全体像が姿を現しました」。

「そこには、凍土の独裁国家の黒々とした意匠が影を落としていました。にもかかわらず、日本の公安当局は積極的に動こうとはしませんでした。ひとたび国境を越えてしまった事件には容易に捜査の手を伸ばすことができずにいたのです。海外の情報機関と緊密に連携をとりながら、国民の生命・安全にかかわるインテリジェンスに迫っていく情報センスを著しく欠いていたのです」。

「そして、なにより事件の点景から全体像を紡ぎだす構想力をすっかり萎えさせていました。事件の深い闇に挑むには日常的な思考の引力から脱する跳躍力を必要とするのですが、そんな筋力は安逸に流れた戦後社会からはすっかり姿をひそめていました」。

「これに代わって、この事件のフロントに姿を現したのは、アメリカ財務省の地下に本拠を置く極小の捜査機関「シークレット・サービス」でした。そしてその同盟者は『ブリティッシュ・エキセントリック』と断じられていたBBCの東京特派員だったのです・・・」。

これから本書を読むという方の予備知識として、冒頭に登場する写楽の絵、歌麿の絵、スディーブンの愛車と趣味の楽器「篠笛」について紹介しておきましょう。

まずは、東洲斎写楽の「三代瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ」。写真右端。


喜多川歌麿の「団扇をもつ(高嶋)おひさ」。


イギリスのスポーツカーブランド、モーリス・ガレージ」(Morris Garages)のMGB


篠笛(しのぶえ)は「日本の木管楽器の一つ。篠竹(雌竹)に歌口と指孔(手孔)を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛である。伝統芸能では略して『笛』や『竹笛』と呼ばれることも多い。尺八やフルートと同じく『エアリード楽器』に分類される」。


<インテリジェンスとは何か?>
本書の主人公、スティーブン・ブラッドレーが英国秘密情報部が誇る伝説のリクルーター、リンカーン・カレッジのデーヴィッド・ブラックウィル教授に投げかけた「インテリジェンスとはとは何を意味するのか?」という質問に対し、次のように答えます。

「あの河原の石ころを見たまえ、いくつ拾い集めたところで石ころは石ころにすぎん。だが、心眼を備えたインテリジェンス・オフィサーがひがな一日眺めていると、やがて石ころは異なる表情を見せ始める。そう、そのいくつかに特別な意味が宿っていることに気づく。そうした石だけをつなぎ合わせてみれば、アルファベットのXにも読み取れ、サンスクリッド語に王にも読み取れ、漢字の大の字にも見えてくる。知性によって彫琢しぬいた情報。それこそ、われわれがインテリジェンスろ呼ぶものの本質だ」。

<外交とは何か?>
内閣官房副長官・高遠希恵が、「有り余る志と能力を持ちながら、それゆえに陽のあたるポストを歩かなかった」先輩外交官から学びとったことばとして回想するのが次ぎのセリフ。

「外交官とは国家の恥部をもあまねく記録に刻みつづけるものをいう――。こんなことを書いた英国の外交官がいた、その勇気がやがて国をあるべき針路に向かわせる」

本書には実名で登場する人物とフィクションとしての人物が入り混じります。ここでは、無粋になるかもしれませんが、内閣外交・安全保障政策担当官房副長官の「高遠希恵」、アジア大洋州局長・「瀧澤勲(いさお)」のモデルとされたと推測される実在の元官僚を二人を取り上げておきます。


中山恭子(1940年1月26日‐)は、「日本の政治家、参議院議員(1期)。大蔵省・外務省出身。内閣官房参与を経て、現在は内閣総理大臣補佐官(北朝鮮による拉致問題担当)。政治家の中山成彬は夫」。

「戦時中に群馬県東川町(当時は東川村)に疎開し、東川小学校に入学、群馬県立前橋女子高等学校を経て東京大学文学部仏文学科を卒業。東大文学部卒業後、一年間の研究生活を送る。1964年に外務公務員中級試験に合格し、一時外務省に勤務するが、東大法学部学士入学(他学士)ののち国家公務員採用上級甲種試験(経済職)を受け直して1966年に大蔵省に入省し直す」。

「なお、夫の中山成彬は大蔵省時代の同期。他に武藤敏郎、中島義雄、長野厖士(元大蔵省証券局長)など。国際通貨基金担当、大蔵省大臣官房調査企画課、大臣官房企画官、東京税関成田税関支署長を経て、1989年6月に大蔵省初の女性課長(理財局国有財産第二課長)となる。1991年6月には女性初の局長として四国財務局長になり、2年間を高松で過ごす。大臣官房参事官兼大臣官房審議官を最後に1993年9月退官」。


田中均(ひとし、1947年1月15日-)は、「元外交官。日本国際交流センターシニア・フェロー。2006年春より東京大学公共政策大学院客員教授。京都府生まれ。府立洛北高校を経て、1969年京都大学法学部卒業、外務省に入省(同期入省に外務事務次官の谷内正太郎)。1972年オックスフォード大学修士課程修了。父親は総合商社日商岩井(現双日)元会長の田中正一」。

「2002年9月の小泉純一郎首相の訪朝においても、アジア大洋州局長として2001年末から長く水面下の交渉を担当し、訪朝まで80回に及ぶ小泉総理・官邸スタッフとの面談を行ないながら官邸主導外交を演出した」。

「一方で田中はこれらの交渉の中で日朝国交正常化を優先し、拉致被害者問題を軽視したと言われており、普天間基地交渉でも行なわれた隠密交渉を好む『秘密外交』スタイルとも相俟って、マスコミに激しく糾弾されることとなった。なお、同年10月に帰国した拉致被害者5人に対し、北朝鮮の要求通り一旦送り返すよう主張したと言われている」。

「2003年9月10日には『建国義勇軍国賊征伐隊』を名乗る右翼団体によって、自宅ガレージに爆発物が仕掛けられる事件も発生した。この事件に対し、田中に対して批判的な石原慎太郎・東京都都知事からは『(売国的行為で)当ったり前の話だと思う』とコメントがなされた」。

「また、2003年12月12日の東京国際フォーラムで開かれた日本とASEANとの交流を記念したレセプションでは、拉致議連の顧問を務めている中川昭一経産相(当時)に対して『大臣、北朝鮮のような小さな問題ではなく、もっと大きな事に関心をもってくださいよ』などと発言し、中川は『北朝鮮による拉致で、子どもや家族が26年間も帰ってこない人たちがいる。それでも小さい問題なのか。あなたみたいに北朝鮮のスパイみたいなようなことをしていては駄目なのだ』と激怒したとされる」。(以上、ウィキペディア)


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