読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

精神分析学者が処方する「官僚病から日本を救うために」(岸田秀 談話集/2009年)

2010-03-10 18:04:13 | 本;エッセイ・評論
<目次>
はじめに―官僚病はどのような組織にも発生する、官僚について、アメリカ観の葛藤、「現実」という「幻想」―対話者/井原甲二、思想の原点、靖国神社参拝問題、日本がアメリカから独立する日、来生たかお、岸田秀と語り合う―対話者/来生たかお、日本の「劣化」の原因―対話者/黒鉄ヒロシ、皇室の適応能力、親が憎くても親孝行はすべきです、人間の原風景に佇む、ギリシア文明は誰がつくったか、妻とのセックスはなぜ難しいか、中国の害毒から日本の山河を守れ―対話者/安田善憲・加藤徹、羊が狼になる日―現代中国の矛盾と葛藤―対話者/国分良成、福田首相「客観」と無念、日米関係の未来、この国はどこへ行こうとしているのか、「二分心」理論と精神分析―文学と自我の発生を巡って―対話者/三浦雅士

<対話者略歴>
井原甲二(月刊『MOKU』主幹)
来生たかお(1950年生まれ、シンガーソングライター・作曲家)
黒鉄ヒロシ(1945年生まれ、漫画家)
安田善憲(環境考古学者)
加藤 徹(1963年生まれ、中国文学研究者、小説家)
国分良成(1953年生まれ、政治学者、慶應義塾大学教授。専攻は現代中国政治)
三浦雅士(1946年生まれ編集者、文芸評論家、舞踏研究者)


<岸田秀 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E7%94%B0%E7%A7%80


岸田さんの著作はこれまでに読んだことはありません。「官僚病から日本を救うために」というタイトルに惹かれ手にしましたが、精神分析という手法で民族、集団を一つの政治体、文化体として分析をするユニークな対談集でした。著者をネットで検索して、そのお顔は以前テレビで拝見した記憶がありました。

私はときに、映画鑑賞や読書で、シンクロニシティ(共時性)を感じることがあります。前々回取り上げた菊地成孔さんの「ユングのサウンド・トラック」、野中郁次郎さん監修の「組織は人なり」、そして本書。何気なく手に取ったこの三冊の本に共通して登場するのが、フロイトでありユングでした。まぁ、「意味ある偶然の一致」を意味するシンクロニシティという言葉自体が、ユングが提唱した概念ですが・・・

岸田さんは「唯幻論」の提唱者です。私はこの「唯幻論」なる概念をこれまで知りませんでしたが、80年代前半から注目を集めておられたのですね。「唯幻論」について、日系ビジネスオンラインで麻野一哉さんが次のようにまとめています。

~フロイトの精神分析理論は一般的に個人向けのものと思われているが、著者はそれを国や民族のような大きな人間集団に当てはめる。人間は本能の壊れた動物であり、その状態で現実を生きるには共同幻想をもって補完するしかない。それが文化といわれるものの正体であり、宗教もイデオロギーもすべて共同幻想にすぎない。著者はそういった考えを「唯幻論」とよび、それを歴史に当てはめる「史的唯幻論」を説いた。~

この「唯幻論」の前提について著者の岸田さんは次のように述べています。

~動物は遺伝的なパターンに従って知覚し行動すれば自然環境の中で適応して生きていくことができるわけですが、その遺伝パターンが本能です。猫の本能、豚の本能、ライオンの本能、とすべて違うわけですが、猫、豚、ライオンそれぞれの種の中では一定の行動パターンがあります。人間は本能が崩れてしまったために、本来はみんな支離滅裂で滅びてもおかしくなかったのですが、どういうわけかよく知りませんが、代わりとなる「自我」をつくり、文化をつくって何とか辛うじて生き延びているのです。~

~・・・自我をもつがゆえに人間にはさまざまな不幸が始まります。そこで、その自我を滅却し、自我かアラ解放されたいと思う。しかし、人間は自我が行動の基準ですから、自我をなくしてしまえば、何をどうしていいのか判らなくなり、何もできなくなる。だから自我は必要なんです。必要悪のようなものです。~


さて本題。「官僚病から日本を救うために」というタイトルの結論を急げば、次のようなことになります。まず、「官僚病」は個人の問題ではなく、日本の「自閉的共同体」というシステムの問題であることを前提としています。

~日本人の自我の立て方が、近代化以来、戦中戦後を通じて、根本的に違っていたのではないか。もう症状に単に絆創膏を貼るといった対症療法では立ち行かなくなっているのではないか。そう考えるべき事態に立ち至っているということではないですかね。

結局、日本という国家が自立すること、そのためには国民一人一人も自立することが求められているのではないか。そう考えるほかないと思いますね。そうしなければ、外部の現実を直視することはできない。逆に言えば、外部の現実を直視しなければ、日本は自立することができない。

ペリー来航以来、アメリカは日本にとってもっとも重要な外部です。日本はアメリカを過度に恐れたり、甘く見てなめてかかったり、むやみに買い被って崇拝したり、不倶戴天の敵のように憎んだり、機嫌を取っておけば日本を守ってくれると信じたり、これまでアメリカについて現実離れしたイメージを抱き続けてきています。これからの日本はアメリカという外部を正確に見ることが必要です。~


つまり、「官僚病」という日本の病はアメリカとの関係によって起因していると岸田さんは述べています。では、この「官僚病」とはどんな病で、どのような症状なのでしょうか。

~ペリーらの圧力で開国した日本は、不平等条約を押し付けられ、植民地化される不安に怯え、それに反発して富国強兵に努め、日清日露の二つの戦争で勝利しました。しかし、その後の日本は列強に挟まれ、ABCDライン(米英中蘭)に取り囲まれているとの被害妄想を強くし、果てはアメリカなど何するものぞという誇大妄想をもって真珠湾を攻撃し、日米戦争に突入します。

当時の日本の集団心理は精神分裂病患者の心理によく似ています。敗色が濃くなったときの、竹槍で原爆に対抗しようとする、あまりに非現実的非合理的な作戦行動なども、精神分裂病患者の心理そのものです。~

~そうした日本人の精神の分裂状態について、私は外的自己と内的自己という言葉を使って説明しています。外的自己では、つまり、意識の上では、英語を身につけてアメリカともより親密になり、世界に通用する人間になりたいと思っています。

しかし、内的自己、つまり無意識では「何で英語なんか喋らなきゃいけないんだ」と口惜しく思っている。だから、どれほど勉強しようが英語を習得できない日本人が多い。・・・それとは逆に、英語ができない者が、できる者を「英語屋」などと言って軽蔑する場合もありますね。これも外的自己と内的自己が分裂しているがゆえの言動です。~

~日本は、アメリカの占領下にあるという事実です。なぜアメリカの言いなりになって、日本はイラクに自衛隊を派遣しなければならないか。日本がアメリカの占領下にあるからです。たとえ屈辱的であろうが、この事実を認めないことには何事も始まらないでしょう。~

つまり、「官僚病」を自覚し、アメリカが危機に陥っている現在、アメリカとの関係を再構築することが何を置いても先決なのだと岸田さんは述べています。で、その具体策をうかがいたくなるのですが、そこまでは言及しておられず残念です。

そこで私が岸田さんの解決策を「幻想」するに、まずは、アメリカに原爆投下を謝罪させ、日米安保条約を発展的に解消し、真の独立を果す。次に、日本の国家戦略として全方位外交とアジア圏に礎をおきながら世界経済市場へのコミットメントを促進するため財務、防衛、経産各省の構造改革を行なうといったところでしょうか。

<備忘録>
日本の近代史~被害妄想と誇大妄想~(P84)、個人の人格形成(P85)、日本人の精神分裂状況と英語教育(P95)、自我と仕事(P116)、虹の色(P117)、軍事力での敗北を経済力で仇を討つ(P139)、日本の思想(P140)、アメリカの反復脅迫(P152)、いじめ(P153)、「変な自分」とフロイト(P155)、ヨーロッパ民族の起源(P160-161)、唯幻史観とは(P166)、一神教と多神教の文化(P185-187)、共同体と機能体(P191)、一神教と多神教の経済(P198)、中国と日本(P213)、中国とアメリカ(P229)、田中上奏文(P237)


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