美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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医者の腕前?

2012-12-12 17:49:30 | Weblog

 先々週大韓形成外科学会に招待され参加してきました。臨床発表の中でも特に美容手術の分野では、日本よりも症例数も豊富で、手術手技的にも進んでいる分野も多く、興味深いものでしたが、それ以上に招待いただいた大韓形成外科学会の金容培理事長はじめ、学会の理事の先生方と韓日の形成外科の現状や問題点について話す機会を持つことが何よりも今回の最大の目的であり、その意味では非常に貴重な時間でした。韓日両国の形成外科医は多くの相似点を持っている反面、開業医となった場合の両者の診療スタイルや治療内容の違いは、両国の医療制度、保険制度の違いによるところが大きいと感じました。

 日本の場合、国民皆保険制度が様々な疾患に対して広範囲で適応されているため、形成外科医も多くの治療を保険内で行うことができる反面、保険適応されない自費となる治療との併用つまり‘混合診療’は禁止されています。一方、韓国でも国民皆保険はありますが、日本より適応範囲が広くなく、その面 混合診療が認められています。その為、韓国の形成外科医は、特に個人的な開業となると保険診療だけでは経営的に病院を維持することは難しく、自費診療が中心となる美容外科を選択する比率が高くなります。韓国の形成外科医がほぼ美容外科をメインとして開業するのはその為だといえます。勿論韓国内での美容外科需要が高いこともこの傾向を後押ししている要因ではありますが、多くの形成外科専門医が美容外科診療の道を選択したことが逆に需要を増加させたとも考えられます。

 大韓形成外科学会理事の一人で大学の大先輩である教授と話しているとき、ちょうど通りがかった別の医師を大学時代の部下で非常に‘凄腕’スタッフだということで紹介されました。その教授の意味ありげな笑顔と、照れ臭そうに挨拶をするその先生の態度が気になり、彼が去った後に尋ねると、笑いながらその先生にまつわる昔の武勇伝を話してくれました。当時、大学病院内で形成外科と口腔外科の間で、患者の取り合いが頻繁にあり、医局同士で非常に険悪な、いわゆる一触即発状態になっていたそうです。そんなある日、口腔外科の医師二人がその医師のもとにまさに‘殴り込み’にきたところを‘返り討ち?’にしたうえ、事後処理も上手く行い、医局同士の抗争?を解決した伝説の男だということでした。その先生も今は開業し、その手腕からか非常に繁盛しているようです。朴教授は冗談交じりに話ながらも、現行の医療制度に関してはまだまだ改善点が必要だと話してくれました。

 医師の能力としては、当然医学的な専門性が基本ですが、実際の診療の場では、それと同じくらい患者さんはもとより周囲のスタッフとのコミュニケーっション能力が重要だと感じることは多くあります。しかしさらに‘腕っぷし’となると私も明日から道場通いですね。 

 

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医者の腕前?

2012-12-12 17:49:30 | Weblog

 先々週大韓形成外科学会に招待され参加してきました。臨床発表の中でも特に美容手術の分野では、日本よりも症例数も豊富で、手術手技的にも進んでいる分野も多く、興味深いものでしたが、それ以上に招待いただいた大韓形成外科学会の金容培理事長はじめ、学会の理事の先生方と韓日の形成外科の現状や問題点について話す機会を持つことが何よりも今回の最大の目的であり、その意味では非常に貴重な時間でした。韓日両国の形成外科医は多くの相似点を持っている反面、開業医となった場合の両者の診療スタイルや治療内容の違いは、両国の医療制度、保険制度の違いによるところが大きいと感じました。

 日本の場合、国民皆保険制度が様々な疾患に対して広範囲で適応されているため、形成外科医も多くの治療を保険内で行うことができる反面、保険適応されない自費となる治療との併用つまり‘混合診療’は禁止されています。一方、韓国でも国民皆保険はありますが、日本より適応範囲が広くなく、その面 混合診療が認められています。その為、韓国の形成外科医は、特に個人的な開業となると保険診療だけでは経営的に病院を維持することは難しく、自費診療が中心となる美容外科を選択する比率が高くなります。韓国の形成外科医がほぼ美容外科をメインとして開業するのはその為だといえます。勿論韓国内での美容外科需要が高いこともこの傾向を後押ししている要因ではありますが、多くの形成外科専門医が美容外科診療の道を選択したことが逆に需要を増加させたとも考えられます。

 大韓形成外科学会理事の一人で大学の大先輩である教授と話しているとき、ちょうど通りがかった別の医師を大学時代の部下で非常に‘凄腕’スタッフだということで紹介されました。その教授の意味ありげな笑顔と、照れ臭そうに挨拶をするその先生の態度が気になり、彼が去った後に尋ねると、笑いながらその先生にまつわる昔の武勇伝を話してくれました。当時、大学病院内で形成外科と口腔外科の間で、患者の取り合いが頻繁にあり、医局同士で非常に険悪な、いわゆる一触即発状態になっていたそうです。そんなある日、口腔外科の医師二人がその医師のもとにまさに‘殴り込み’にきたところを‘返り討ち?’にしたうえ、事後処理も上手く行い、医局同士の抗争?を解決した伝説の男だということでした。その先生も今は開業し、その手腕からか非常に繁盛しているようです。朴教授は冗談交じりに話ながらも、現行の医療制度に関してはまだまだ改善点が必要だと話してくれました。

 医師の能力としては、当然医学的な専門性が基本ですが、実際の診療の場では、それと同じくらい患者さんはもとより周囲のスタッフとのコミュニケーっション能力が重要だと感じることは多くあります。しかしさらに‘腕っぷし’となると私も明日から道場通いですね。 

 

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寝る子は育つ、寝る大人は・・・

2012-12-12 17:47:51 | Weblog

 先日 患者さんに「先生の特技は?」と聞かれ「何処でもすぐ寝れること」と答えました。勿論、特技などと言えるものではないし、逆に夜にゆっくり読みたい本は山のように積んであるのですが、寝床でページを開いて数分も立たずに夢の世界に旅立っています。ただ、患者さんだけではなく、知り合いの医師やスタッフの中にも、不眠で悩んでいる人が意外に多く、すぐに眠れるのも幸いかと思うようになりました。

 ところで、最も世界で最も眠らないのはどの国民かご存知ですか?2009年の国際生活時間調査によると、OECD諸国の中で睡眠時間が一番少ないのが韓国人で平均7時間49分、2番目が1分だけ長い日本人です。逆に最もよく寝るのはフランス人で8時間50分。ちなみにアジア太平洋諸国まで調査すると、上には上がいて中国が9時間2分とフランスは一位の座を明け渡すことになります。しかし韓国はこちらを含めても寝ない国一位は変わりません。平均労働時間も長い韓国ですから、当たり前に忙しいから眠れないと解釈できますが、労働時間では日本を逆転したアメリカがフランスの次に長い睡眠時間である点を見ると、必ずしも忙しさだけでは説明できません。そこには各国の生活習慣、価値観も深く関係しているはずです。一方、健康という観点から考えると、寝る間を惜しんで働けば、さぞ体に悪いと考えがちですが、極端な例は別として、長く寝れば良いというわけではないようです。アメリカの調査によると7時間睡眠を境に、それより多くても平均寿命が短いという統計結果が出ています。要は睡眠も量より質が大切です。

 なぜ動物は寝るのかという謎に実は研究者もまだ正確に答えられません。試験の前や、本当に楽しい時間を過ごしているとき、眠らずともすめば良いのに、眠ってしまうのがもったいないと感じたことは皆さんもあると思います。反面、夜に嫌なことをダラダラ悩まずに寝てしまうことで切り替えができたことも多く体験しています。睡眠時間と自殺率の相関関係は実際に証明されています。人間にはやはり‘夢’が必要なのでしょう。

 

 

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非手術的な美容外科治療の現状と可能性・・レーザー、高周波、超音波、注射(filler)

2012-12-10 15:42:07 | Weblog

 顔を中心としたアンチエイジング治療の潮流をみると、ヨーロッパを中心に全体的には、非侵襲的つまり非手術的な治療への比重が高まってきているのは間違いありません。そこには当然、外科的治療に対する抵抗感や不安、そしてダウンタイム(治療後回服までの経過時間)の必要性などを考えた場合、できるだけ負担がない中で効果を求める患者さん側の気持ちが反映されている為です。そしてそのような要望に応えられる、レーザーや高周波、超音波などの皮膚治療器や様々な注射による治療の技術的 発達が進んできたことが、非手術的治療法が増加してきている現実を支えているともいえます。

 しかし美容医療を続けてきた一人の形成外科医として、手術的治療と非手術的著量の二者選択ではなく、より患者さんの状態や、希望、条件に合った治療は何であるかという視点で考えなければいけないと思います。なぜなら、何にでも効果がある最新のレーザーなどというものが存在しないのと同じように、どんなケースでも手術をすればよいということではないからです。勿論、二重にしたり鼻の形を大きく変えたいという場合、手術的治療は必要です。また 目の周りや頬の部分のタルミが強い場合は、手術的な治療が一回の治療効果の面では優れている場合もあるかも知れません。しかし、その場合も正確な説明がなされて患者さんが十分に納得できたという前提があってこそです。

 シミ、くすみ、毛穴、張りなど皮膚の総合的な治療は、当然一回の治療ですぐに効果が完成するものではありません。それらに関しては、手術よりも非侵襲的な治療が中心になるのは理解しやすいと思います。そして その積み重ねが結局は大きな効果や変化を、長く維持させることができる面では手術と同様に 美容外科でも重要な治療になってきている理由です。

今回は当院進めている非手術的なアンチエイジング治療について説明します。

 年齢による肌の変化で考えられるのは、皮膚のターンオーバーの遅延や、内外の刺激によるメラニンの蓄積、皮膚水分量の低下、コラーゲンやヒアルロン酸量の減少や構造的弱化による皮膚の菲薄化、伸展力の低下です。 これらの変化により皮膚は、くすみ、部分的にはシミが生じ、肌は乾燥して小じわが増え、毛穴周囲組織も凹むことで毛穴も増大して見えます。そしてさらに進行することで、全体的な顔のタルミ現象が起きてしまいます。

 このような変化を予防したり改善するためには、皮膚を表皮、真皮、皮下組織、そして脂肪層と深さと構造に分けてそれぞれに到達する治療を何度か行う必要があることが理解していただけると思います。例えばコラーゲンを再構築させるためには主に 真皮の層に   刺激を与えることで、自らコラーゲンを造り直そうとするように誘導しなければなりません。その為には、レーザーでも真皮の層まで届く長い波長をもったレーザーや高周波が必要です。(ジェネシス、サーマクールCPT、パール) また口のまわり頬の下、首のラインに若干垂れ下がったような印象を与える部位には、皮膚のタルミと共に集まった皮下組織や脂肪層を減少させ引き締め効果を加える必要があります。この場合は、皮下組織、脂肪層に到達する高周波や超音波治療が有効です。(ウルトラアクセント、テノール)

 そしてメラニンの蓄積や皮膚表面のターンオーバーを改善してシミを薄く、代謝をよくして健康的で張りのある明るい皮膚を取り戻すためには、皮膚の表面からやや中間層まで到達できるレーザーやIPLが適しています。(エリプスPPT、I2PL、ライムライト)当然 同じ機器を用いて、同じ目的に使用したとしても個人個人の肌質や特徴に合わせて調節する必要があることは言うまでもありません。また、皮膚層に合わせて、上記の治療を組み合わせることもより有効な効果を得るためには必要です。

 これらレーザー、高周波、超音波の治療と合わせて、部分的な注射(ボトックス、ヒアルロン酸)を併用することで、一般的に考えている効果よりもはるかに高い満足度を感じてもらうケースは数多く経験しています。また、ヒアルロン酸などの肌に本来含まれている成分を用いた治療は、決して一時的な効果ではなく、数回繰り返すことで時には手術に匹敵する場合もあることは意外と知られていないかも知れません。

経験のある形成外科医であるからこそ、手術をおこなえる解剖的知識と、技術や経験があることで、非手術的な治療もより安全に効果的に行えるものであると自負しています。

アジアン美容クリニック 院長、帝京大学附属病院美容センター講師  鄭 憲

 

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流鏑馬と三つの的

2012-12-05 14:25:58 | Weblog

 

 休日にふと思い立って車で日光に出かけました。日光といえば、まず頭に浮かぶのはユネスコの世界遺産に認定されている日光の社寺と華厳の滝ぐらいの私ですから、とりあえずその一つ東照宮を訪れました。運よくその日は春秋の例大祭に催そられる流鏑馬(やぶさめ)神事が始まろうとしていました。私と違いこれを目当てに集まった人観衆の中、色とりどりの装束をまとった3名の射手が表参道に設けられた約220メートルの馬場を疾走、「インヨーイ」の掛け声とともに3つの的に次々と矢を放っていきました。

 流鏑馬は「天下泰平、五穀豊穣」を祈祷しておこなう神事ですが、その起源は三韓時代(二~六世紀)の朝鮮半島に深い関わりがあることが弓道の武田流司家に伝わる古文書に記されています。三韓とは東の辰韓、西の馬韓、南の弁韓を指しますが、当初はいずれも日本とはきわめて良好な関係を保っていました。しかし、欽明天皇の世に朝鮮半島で戦乱が起こり、その調伏を祈念して宇佐八幡が造営された際に、馬上より3つの的を射たことが流鏑馬の始まりとされ、つまり‘3つの的’とは三韓である馬韓、辰韓、弁韓を意味すると書かれています。一方、これもユネスコ文化遺産に登録された高句麗古墳群の壁画に流鏑馬らしい図が見られます。高句麗は紀元前1世紀から7世紀まで、満州から朝鮮半島にかけて栄えた国ですが、騎馬民族との関連が強いせいか、壁画にも多くの馬が描かれており、5世紀前半の徳興里古墳や薬水里古墳には、「馬射戯図」というまさに日本の流鏑馬を表わす壁画が残されています。その一つの絵をみると、やはり的が三つ描かれていますが、これは偶然でしょうか、何か不思議な感じがします。

 実は日光東照宮には江戸時代 朝鮮通信使も訪れています。 寛永13年(1636)、朝鮮通信使が初めて日光まで足を延ばした際は、当時将軍と天皇の勅使しか通行が許されなかった日光東照宮の「神橋(しんきょう)」を通信使一行は通ったといわれます。 朝鮮通信使は、豊臣秀吉によって一度は絶たれますが、家康が再び再開します。17世紀初めから19世紀初め、日本と朝鮮半島は世界に類を見ない平和な隣国関係を、確かに保っていたわけです。

 

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